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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「Hi♪」

 驚くほど一直線にこちらへ向かって来た。

「次の時間、Japanisch(国語)の教科書、貸してよ」

 日本語ペラペラのくせにわざと母国語を織り混ぜて話すのが鼻につく。

 ただ一昨日、たまたま声をかけられて音楽室まで案内しただけだ。

 それなのに何故そんなに親しげに見つめてくるのだろう。

 藍色の目で。

 そして他の無数の視線が今、四方から突き刺さってきてもいた。
 男女を問わず、教室中のほとんどの人間がこちらを見ていた。

 やめてほしい。
 誤解しないで。

 冗談じゃない。
 こんなもの。

「……なんで私に言うのよ。友達でもないのに」

 藍色の瞳は楽しげに笑う。

「Na und?(だから?) 僕は全く構いやしない」

「私が構うわよ」

「当てにしてたツレが見当たらないんだ。別にいいだろ?」

「よくない。よく知らない人には貸したくないの」

「Ja? じゃあたった今から友達になろう」

「遠慮します」


「Schade(残念)……じゃあ、恋人でも構わないよ」


「……は?」


「君はなかなか可愛いし、僕はすごくいい男だからそれでも構わないよね」

 わからない。
 ドイツ語混じりだったからではなく、そんな言葉をあっけらかんと言い放つこの男の考えていることがわからない。

「だから教科書、貸してよ」

 ただ忘れ物をしただけでしょう?

「いいよね、Mein schatz?(ダーリン?)」

 どうかしてる。
 なんなんだこいつ。

「……っ、もういいからコレ持って自分の教室戻ってよっ」


 国語の教科書を鞄から引っ張り出して、思い切り投げつけてやった。

 無駄に端正な顔面に当たって落ちた教科書をキャッチして、奴はまた、小さく笑った。

「Ja♪」









序章 いつかその目に映る虹―Sternebogen― 【2】







 そうだ、忘れようがない。

 「教科書を貸してほしいから恋人になれ」と、そう言った男だ。

 マキナの、あまり明るくない青春時代において、唯一無二の強烈なインパクトを残した……奴のあの腹の立つ笑顔が、時空を超越したかのように目の前にあった。

「……アイ、ン……?」

 信じられない。
 いくらなんでもこれは……。

 目を見開いて固まるマキナに、男……アイン・ライスフェルトは、驚く様子もなく口を開いた。

「オリカサ・マキナってやっぱり君か」

 他人のそら似などではないのだと。

 紛れもなくその人なのだと。

 そう証明する言葉だった。

「……君が僕のManager(メニジャ)に、なってくれるんだって?」

「アインの、じゃない。マキナは『Sternebogen(シュテアネボーゲン)』のマネージャーだろう」

 呆然としたまま、物も言えないマキナに静かに追い討ちをかけるかのように、もう1人の青年が彼の後ろに現れた。

「また面倒をかけるが、よろしく頼む」

 左耳にピアスを開けた、小柄で無愛想なつり目の青年……。

「……え?」

 それは確かに記憶の中に存在していた。

「嘘、渕崎(フチザキ)くん……?」

「おや、揃っていましたか。念のため4人分用意した甲斐がありましたね」

 このタイミングで戻って来た藤群は、

「……何かありましたか?」

 室内に漂う何やら異様な空気を察して、3人の顔をそれぞれ見渡した。

 マキナは相変わらず驚き顔で固まっており、アインはにやにや笑っていた。

 もう1人のポーカーフェイスの青年は、至極冷静な口調で答えた。

「藤群、マキナは今、自分の担当するバンドのボーカリストとベーシストが、高校時代の交際相手と同級生だったことを知って驚いているところだ」

「はあ……?」

 何のことやら意味がわからない、という顔をする藤群と対照的に、マキナはさーっと我に返っていった。

 彼の言葉は簡潔に、明確に今の状況を言いあらわしていたからだ。

「『Sternebogen』の……メンバー、なの? ……アインと渕崎くんが……??」



















『リサ@花粉前線上等↑↑:そっかー、すごいじゃん。世の中、広いようで狭いよねえ』

『マキナ@引越し完了★:感心してる場合じゃないって……! 私これから連中と同じ職場で毎日のように顔を合わすことになるんだから!』

『リサ@花粉前線上等↑↑:確かに気まずいよね、元カレと、付き合ってた当時を知ってる共通の友達ってことでしょ??』

『マキナ@引越し完了★:……ありえないよね、やっぱり』

 モニターに映る「書き込んでいます」の表示を見つめながら、マキナはまた深く深く溜め息をついた。

 新しい部屋に引っ越して、ようやくネットが繋がって、2週間ぶりのリサとのメッセが盛大な愚痴の連発になるとはさすがに思わなかった。

 思えば2週間前も、前の事務所のことで盛大な愚痴を聞かせてしまっていたことだし、流石に申し訳ないような気もしたが、誰かに愚痴らなければやってられなかった。

 顔も知らない、ネットだけで繋がった女友達は、愚痴の相手としてはこの上なく便利な存在とも言えた。

 まだ荷解きの半分終わっていない段ボールの積まれた1DKで、悶々としたまま、ぶつぶつ夜明けまで独り言を続けるよりは、いくらか健全だし、建設的な行為だった。

 リサの言葉は前向きで、いつも励まされる。


『リサ@花粉前線上等↑↑:いっそのこと、ヨリ戻しちゃえばいいじゃん』

 前向き過ぎることもなくはなかったが。

『マキナ@引越し完了★:絶っっっ対無理!!』

『リサ@花粉前線上等↑↑:なんで??』


「なんで、って……」


『マキナ@引越し完了★:嫌いだから。あんな最低なやつ。たった1ヶ月とはいえ、付き合ったこと自体後悔してるんだよ、私!』


 1ヶ月……自分がキーボードで打ち出した言葉だったが、改めて考えると本当に短い時間だ。

 短い時間だが、アイン=ライスフェルトと折笠マキナは確かに恋人同士だった。

 思い出したくなくても。

 認めたくなくても。

 それは事実だった。


『リサ@花粉前線上等↑↑:でも、そんなこと言いつつ、仕事は引き受けるつもりなんでしょ?』

『マキナ@引越し完了★:まあ、ね……仕事は仕事だから……』


 本当は明日にでも言うつもりだったのだ。
 「この仕事を下りさせて下さい」と。
 せっかく期待をしてくれた藤群には悪いと思ったが、いくらなんでもこんな状況ではきつ過ぎる。

 しかし、言えそうもなかった。
 いや……言うつもりがなくなったというべきか。

 視線をモニターから少しだけずらす。

 マウスの脇に無造作に置かれた、白いミュージックプレイヤーが目に入る。

 そのイヤホンをそっと、耳につけて、その中に保存されたたった一曲を再生する。

 動揺するマキナに「今日はもう帰って構いませんが、落ち着いたらこれを聞いてみて下さい」と言って、藤群が手渡したそれは、ドイツのアンダーグラウンドでひっそりと活動していたというアインの唄う歌だった。

 ピアノの伴奏に合わせて紡がれる、ドイツ語のバラード。

「ムカつく……」

 日本でも屈指の名プロデューサーを唸らせ、虜にしたというその、歌声。

「……アインのくせに」

 とろけるほどに甘く、酔いしれるほどに艶のある、それでいてせつなく、鼓膜を包む。

「……なんて、いい声してんのよ」

 まともな耳をしていれば、素人だってわかる。

 これは、売れる。
 間違いなくものになる。

 アイン=ライスフェルトは間違いなく、将来音楽業界を席巻するシンガーになる……売り込み方さえ誤らなければ、必ずだ。

 そんな金のタマゴを目の前に差し出されている。

 温めて孵すのを手伝ってくれと。

 そう言われているのだ。

 アーティストマネージャーとして、これほど魅力的な仕事があるだろうか。


「……こんなチャンス、きっと2度と来ない……」



















「よかった、引き受けてもらえるんですね」

「はい……是非、やらせて下さい」

 翌日、昨日と同じ部屋で、マキナは藤群に正式にマネジメントを引き受ける旨を伝えた。

 すでに全てを察している様子の藤群は、心底安心したふうだ。

「……よかったでしょう。アイン君の歌は」

「はい……正直、驚かされました。藤群さんが選んだだけのことはあります」

 素直に感想を伝えると、眼鏡の奥の瞳が満足そうに笑った。

「貴女ならわかってくれると思いました。……高山獅貴(タカヤマ・シキ)の推薦するマネージャーですからね」

 高山獅貴は、マキナにとっては以前の雇用主にして上司、藤群にとっては昔の仲間……業界から突如姿を眩ましたカリスマミュージシャンだった。

 そんな大それた人物を引き合いに出されるまでもない……あの音源を聴いて、わからないようならもはやこの業界にいる資格がないだろう。

「しかし、何故藤群さんは彼をバンドのボーカリストとしてデビューさせようと考えたんですか?
ソロでも特に問題はないと思うんですが……」

「それには……まあ、いくつか理由があるのですが」

 藤群はクスリ、と微笑む。

「僕の趣味、と言ってしまえばそれまでかもしれません」

「はあ……」

 やはり藤群高麗は相当風変わりな人物のようだ。

「そうそう、バンドのメンバーですが」

 不意に話の矛先は、空席になっているバンドメンバーの問題へと動く。

「知り合いのつてで、ギタリストを2人紹介されましてね」

「ギタリスト……2人、ですか」

 確か「Sternebogen」のメンバー構成は、ボーカル・ギター・ベース・キーボード・ドラムで5人。ギターはツインではない筈だ。

「どちらか1人を正式にメンバーとして迎えるんですね」

「どちらを選ぶか、あるいはどちらも選ばないか……貴女や、あの2人にも一緒に考えてもらいたいんです。
急で申し訳ないんですが、本日の夕方、都内のスタジオで直接会ってみることになりました」

「急でちょうどいいです。残りのメンバーの選出は、さしあたっての急務ですしね」

 私情を捨て、一旦腹をくくったからには、このプロジェクトを必ず成功に導かなくてはならない。

 プロデューサーである藤群がバンドで、と決めたのならバンドという形で、あのボーカリストを売り出さなくてはいけない。

 それが自分の役目。

 失敗は許されない。

 「二度と」は許されないのだ……。

















「Tag(やあ)、マキナ。お迎えご苦労様」

 アーティストを車で迎えに行くのも、マキナの大切な仕事だ。

 指定されたカフェの前で待っていたのはアインひとりだけ。
 渕崎翠人(フチザキ・スイト)はバイクで現場に向かうということだった。

 2人きりでいるよりは3人でいるほうがいくらかマシだったのだが、仕方がない。

 後部座席に乗り込んで、嫌みなくらい長い脚をもてあまし気味に組み、ふんぞり返っているアインを、ミラーごしに軽く睨む。


「タークじゃないわよ、タークじゃ。一応あんたも業界人のはしくれなんだから、挨拶は『おはようございます』にしてちょうだい」

「じゃあ他の人にはそうするよ」

「私にもそうしなさい」

 線を引きたい。
 なるべく太くて、消えない線をここに、引きたい。

「僕と君の仲なのに?」

 線を踏むんじゃない。
 その足を、どかして。

「アイン……最初に言っておくわ。
私とのこと、人前では絶対に話さないでほしいの」

「Ja?」

「渕崎くんはもともと知ってるし、藤群さんにもバレちゃったけど……それ以外の人には秘密にするって約束して。
じゃなかったら、あんたとは仕事ができない」

 ミラーに映った金髪の男は、やはりミラーごしにマキナを真っ直ぐ見つめ、腹の立つ美声で一言、呟いた。

「Jawohl,Mein manager(了解です、僕のメニジャさん)」











《つづく》
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