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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「お姉さん……可愛い!!」

 玄関のドアが開いたかと思うと、挨拶よりも何よりも真っ先に、万楼は声を上げた。

 真っ赤なコートに、シンプルな白いニットの帽子、ショートブーツと手袋は黒。

「今日のわたくしはサンタさんですのよ」

 にっこり微笑む日向子だったが、万楼は不思議そうに首を傾げた。

「でもお姉さん、今はまだ11月だよ?」

「ええ、世間的に言いますとまだ早いのですけれど、実は……クリスマス企画に参加して頂けないかと思いまして」

「企画?」

 日向子はにこにこしながら、後ろ手に持っていたポラロイドカメラを見せる。

「プレゼントと交換に、お写真を撮らせて下さいませ」








《第6章 11月のキャロル -May I fall in love with you?-》【1】












「ああ、よくあるよね。サイン入りポラを読者にプレゼント、って」

「はい。ご協力頂けますか??」

「うん、それはいいんだけど……さっき言ってた『プレゼント』って何?」


 万楼は、ざっと一ヶ月半は気の早い小さなサンタクロースをとりあえず部屋に招き入れた。

 ほかほかのココアと手製のシナモンパイを振る舞われて、ますますにこにこしながら日向子は先の問いに答えた。

「ただ頂くばかりでは申し訳ないので、わたくしからも何か差し上げるべきではないかと思いまして」

 万楼はフォークでサクサクとパイを刻みながら、感心したようにしきりにうなずく。

「そうなんだ、お姉さんって義理堅い人だね。
それで、プレゼントってなあに?」

 一口大というにはかなり大きなそれを、万楼は幸せそうに口に運ぶ。

 日向子はそれを微笑ましそうに見つめながら、

「はい、わたくしです」

 あまりにもさりげない調子で言われたので、

「ほえ?」

 パイを頬張ったまま、万楼はかなり間抜けなリアクションを返した。

 日向子は上品な仕草でココアを頂きながら、またなんでもない口調で告げる。

「万楼様にわたくし自身をプレゼント致します」


 万楼の唇からポロッとパイの欠片がこぼれ落ちた。

「……お姉さんが、プレゼント……??」

「はい。わたくしに出来ることならなんでも、万楼様のご要望に答えたいと思いますの」

「……ちょっと、待ってくれる?」

 万楼は瞬き一つせず、無言のままティッシュで唇を拭い、

「それって、お姉さんがボクのお願いを何でも叶えてくれるってこと?」

「はい、公序良俗に反していないことでしたら」

 日向子はここ数日クリスマス企画の内容にずっと思い巡らせていて、ようやく決定したこの提案にはかなり自信を持っていた。

 heliodorメンバーたちへの日頃の感謝を表すには自分に出来ること全てを尽すべきに違いないと。

 万楼は色々な感情がミックスされたような、形容し難い表情で唖然と日向子を見つめていたが、

「……本当に、何でもいい?」

 じっと見つめながら、もう一度尋ねる。

「はい……万楼様のお願いは何ですか?」

 日向子もじっと見つめ返す。

「じゃあさ……今夜、ボクとデートして」

「デート……ですか?」

 日向子にとっては予想外の答えだった。

 万楼は、荒れともくすみとも無縁な、陶器のように綺麗な頬をうっすらと桃色に染める。

「……お姉さんと一緒に行きたかった場所があるんだ。そこに、今夜行こう」












「どこへ連れて行って頂けますの?」

「内緒~」

 手袋をはめた右手と左手をしっかり繋いで、二人はすっかり日の落ちた夜の街を歩いていた。

 仲むつまじく歩く美形ツーショットは、明らかに人目を集めていて、通行人の大半が二度見してくるような有り様だった。

「ねえ、お姉さん。ボクたちはどんなふうに見えてるかな?」

「そうですわね……仲良しな姉弟とか」

「姉弟かあ」

 悪意は全くない日向子の純粋な解答に、万楼は少し膨れた。

「……ねえ、寒いからもっとくっついてみない?」

「はい?」

 万楼は悪戯っぽく笑って、日向子と繋いだままの手を、自分のからし色のコートのポケットに突っ込んだ。

「あ」

 必然的に腕と腕が密着し合う。

「……こういうのは嫌かな?」

 斜め上から見下ろす万楼の眼差しはどこかアンニュイで大人びて見えた。

 日向子はそれに目を奪われながら、首をそっと左右した。

「……とても温かいですわ」

「……うん、ボクも」

 万楼は満足そうに微笑みを浮かべた。















「万楼様、ここ……」

「待ってて。チケット買ってくるから」


 万楼は一度日向子の手を離してチケットカウンターへ走っていった。

 それを目で追ったあと、日向子は目の前の建物をもう一度眺めた。

 この季節には少し寒々しい、寒色を基調としたその入り口には、魚や海洋生物を象ったモニュメントがいくつもある。

「……水族館……」

「お待たせ。はい」

 走って戻ってきた万楼は、日向子にそっとチケットを差し出した。

「……あ」

 チケットに大きな文字でしっかりと綴られている言葉を、日向子は半ば反射的に読み上げた。

「……ナイト・アクアリウム」

 万楼を見やると、先程と同じ、少し大人っぽい笑顔がそこにあった。

「この水族館の売り。18時以降、カップル限定で、夜の海底を散歩できるんだって。ロマンチックだよね」

「え、ええ……ですが」

 日向子は戸惑いを隠せなかった。

 スノウ・ドームでの一件で、万楼の身に何が起きたかは蝉やいづみから聞いていた。

 夜の湖を見て、ひどく心を乱された万楼は、一時間あまりの間我を忘れて蹲っていたという。

 それほどまでに万楼は、夜の海が苦手な筈なのだ。

「……万楼様」

「怖いことから逃げてしまうのは、嫌だから」

 万楼は静かな声で囁く。

「……ボクが夜の海を恐れるのは、きっと、そこに何か不都合な思い出を封印しているからじゃないかなって思う。
それと向き合う勇気がなければ、いつまで経ってもボクの記憶は戻らないよ」


 覚悟を決めた男の瞳。

 日向子は万楼の圧倒されそうなほど強い意志に、胸が苦しくなるのを感じていた。

「……怖いけど、最後まで頑張ってみせる。だからボクに、お姉さんの力を貸してほしい」

 今度は手袋を外して差し出してきた手。
 日向子は自身も片方の手袋を外して、もう一度強く握った。

「……はい……!」












 間接照明の中にぼんやり浮かぶ水底の世界。

 底しれない闇を一条の光が微かに照らす。

 日向子が持つ小さな懐中電灯の灯だ。

 もう一方の手がしっかり繋ぎとめる指先はひどく汗ばんで、今にもすり抜けてしまいそうで、日向子は必死に離れないように握っていた。

 心地好いヒーリングサウンドに混ざって、まるで高い熱にうなされるような苦しそうな息遣いが聞こえてくる。

「……はぁ……はぁ……」

「……万楼様?」

 呼び掛けても返事は返ってこない。

 この闇の中では伺い知れないが、おそらく万楼の顔はすっかり青ざめた色をしているに違いない。

 宝石のような綺麗な瞳は苦痛にすがめられ、眉間には皺が寄っている。
 冷や汗がサイドの髪を湿らせているのが、なんとなく見てとれた。

 ゆっくりとはいえ、着実に前に歩んでいることが奇跡的にすら思える。

「万楼様……」

 水槽の中の、本来鑑賞の対象である不思議な色をまとう魚たちが、まるで日向子たちを見守るかのようにすぐ横を行き来する。

「……万楼様」

 呼び掛けても届かない。

 どうすれば万楼を支えられるのか、日向子は一生懸命考えていた。

 けれど思い付かなくて、つかまえた指にただ思いを込めて強く握ることしかできない。


 どのくらいの時間が過ぎたのか。

 どのくらいの行程を歩いたのか。


 ふと万楼が口を開いた。

「……ひとつ……思い出した」

 かすれた呟き。

「……夜の海が怖いのは……子どもの頃からずっとだった……」

 どこか虚ろな呟き。

「……海に連れていってもらったことなんかなかったのに……小さいボクはいつも海の夢を見ていた」

 日向子は黙って、何ひとつ聞きもらすまいと耳を傾ける。

「……温かい、でも暗い海の底にボクはいて……遠くから聞こえる色々な音や、誰かの話声を聞いたりしてて……。
……ボクはできれば、ずっとそこにいたいと思っていて……そこにずっとはいられないこともわかってて……。
怖くて、悲しくて……絶望するんだ。
誰にも会いたくないし……何も見たくない……何も知りたくない……地上に上がっても何もいいことなんかないと、ボクはもう知ってた……から」

 日向子にはなんとなく、万楼が語る夢が何を意味しているかわかった気がした。

 それは成長する過程で多くの人がいつのまにか捨て去る、けれど誰もが知っている、一番古い記憶。

 人は皆その暗い海からいづるのだから。

「……夜の海を見ると……あの夢の中の感覚が戻ってくる……怖くて、指に力が入らなくて……あの人も助けられなかった……」

 まなじりからすっと、涙の雫がこぼれる。

「……万楼様……」

 日向子は懐中電灯を一度切ってコートのポケットに入れた。

 そして、その手を伸ばして、すっと万楼の涙を指先で拭う。

「大丈夫。もう大丈夫です」

 万楼は立ち止まり、ぼんやりとした顔付きで日向子を見つめる。

 日向子は、微笑む。

「もう万楼様は知っていらっしゃるでしょう?
この世界には、価値のあるものがたくさんあります。愛すべき人がたくさんいます。
あなたは出会うことができました。だからもう絶望しなくていいのです」


「……あ」


 万楼の瞳に、喪われていた光が蘇る。

「……っ」

 握りしめていた指先に力が込められた。

「万楼様……」

 万楼はしっかりと日向子を見つめて言った。

「……暗闇の出口へ行こう。あなたが光を照らしてくれるなら、きっとボクは辿り着く」

 日向子は強く頷いて、ポケットの中から懐中電灯を取り出し、再び道の先を照らし出した。

 細く、白く伸びる希望の光。

 その先を目指して二人は走り出した。

 他の利用客、無論カップルである二人組の男女はみんな日向子たちを奇異な目で見るか、迷惑そうに見るか、はたまたまるで目に入らない様子で戯れるかしていたが、そんなことはお構いなく、二人は走った。


 そして。


 黒いカーテンで覆い隠された、人工の海の果てに、ようやくたどり着いた。


 くぐり抜けた瞬間、一気にさしこんだ真っ白な光の洪水が日向子の視界を奪った。

 ぎゅっと目をつぶった瞬間、

「……え……?」

 頬に、柔かな感触。

「……ありがとう、サンタさん」

 すぐ耳元で囁きかける声。

 声のほうを振り返って、うっすらと目を開けると、明瞭にならない視界の中は万楼の笑顔で占められていた。

「……ほら見て。ボクたちの出会った世界はこんなに綺麗だ」


 日向子は顔を上げて、万楼とともにその景色を眺めた。


 朝の光のようなイルミネーションに包まれた、鮮やかに透き通る青いガーデン。


 美しい、希望の色。



 二人は無言のまま、世界の美しさに見とれていた。

 繋いだ手は、離すことなく……。











《つづく》
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 三度目のチャイムでようやくゆっくりドアが開いた。

「おはようございます!」

 日向子サンタは、もちろんそこにはこの部屋の住人のどちらかが立っているものと信じ、元気よく挨拶した。

「あら……?」

 しかし、日向子の視界には何故か誰もいなかった。

 ドアを開けた人物は、実はもう少し下にいたのだ。

「……だあれ?」

 何故か足元から可愛らしい声がする。

 日向子はゆっくりと視線を下方へスライドさせた。

「まあ」

 小さい男の子が日向子を見上げていた。

 初めて見る子どもの筈だが、なんとはなしに見覚えがあるような気がする。

 日向子と男の子はお互いに不思議そうな顔をして見つめ合っていた。

 と。


「おいクソガキ、何勝手に開けと……」


 奥から有砂が姿を見せたが、日向子の姿を見つけるなり、一気に顔を引きつらせた。

「お嬢……っ」

 
 日向子は何気無く男の子と有砂を交互に見比べた。
 似ている。


「有砂様……お子様いらっしゃったのですか??」
 







《第6章 11月のキャロル -May I fall in love with you?-》【2】










「……帰れ」

 すっかり目をすわらせて、即座に玄関のドアを閉めようとする有砂に、日向子は少し慌てて、

「も、申し訳ありません! お待ち下さいませ!」

 なんとかそれを制する。

「では、この子は一体どこの子なのですか?」

「それは……」

 有砂は彼にしては珍しく当惑したように目を泳がせる。

「……まあ、ここではなんやから」










 どうにか入室を許された日向子は、本来の目的はひとまずおいておいて、

「……それであの、この子はこの状態でよろしいですか?」

 と、自分の膝の上を示す。
 有砂にどことなく顔立ちの似た、謎の少年は日向子がソファに座るなり、その膝の上にどかっと頭を乗せて寝転がってしまったのだ。

「……このガキは生意気に……」

 有砂はなんだか面白くなさそうだったが、

「まあ、おとなしゅうしとんのやったらええか……」

 と溜め息をついた。

 何やらリラックスした様子だったが、目線はじっと日向子の顔へ向いたままだ。

「お可愛らしい。甘えん坊さんですわね?」

 にこっと笑いかけると、びくっと反応していきなり、うつ伏せ寝に切り替わった。

「……あら?」

「……何を照れとんねん、ガキのくせに」

「うふふ」

 日向子は、少年の頭を撫で撫でしてあげながら、

「……お話、聞かせて頂けますか?」

 と有砂を見やる。

 有砂は相変わらず、何故かひどく気まずそうな顔をしている。

「……そいつは、菊人(キクヒト)。薔子さんと親父の子……やねんけど……今、ちょっと預かっとんねんか」

 回りくどい言い方だったせいで日向子は一瞬考えてしまってから、

「では有砂様の弟様ですの!?」

 思いきり驚いた。

「弟ゆうても、コレが生まれる頃にはオレは家を出とったから……ほとんど初対面やな。
しかも薔子さんともども半年近く前に沢城の籍抜けとるから、姓もちゃうし」

「そうですか、薔子様が引き取られたのですね」

 日向子がそう言うと、何故か有砂はますます決まりの悪そうな顔になった。

「あの……何か、お気に障りまして?」

 心配して尋ねると、

「……別にそういうわけちゃうけど……」

 などと曖昧に答えながら、そんな有り様が自分でも嫌になったのか、一つ息をついて、切り出した。

「オレは、菊人を薔子さんから預かったんやで」

「?……ええ」

「ということは、未だに薔子さんと会おたりしとるんやで」

「はあ」

「はあ、て……お嬢は、別に気にならへんのか?」

「……はい、特に」

「……あ、そう」

「あの……気にしたほうがよろしいですか?」

「……別に結構や」


 有砂はどこか不満そうに見えたが、日向子にはその理由がよくわからなかった。

 だが本当は、有砂にも自分が苛立っている理由がよくわかっていなかった。

 よくわからないまま無言の気まずい空気が流れ出し、

「……あの……」

 日向子は何か別のことを尋ねようとしたが、その瞬間、いつの間にか仰向けになっていた菊人が、なんの前ぶれもなく口を開いた。

「……おねえちゃん、おとななのにおっぱいないの?」

 言うが早いか手を伸ばして、もふ、と日向子の胸にタッチした。

「ぺったんこ」


 色々な意味で大人二人は絶句した。

「このガキは……ホンマ……」

 呆れ果てる有砂。一方、日向子はしばらく固まった後で、じんわり顔を真っ赤にしてうつむいた。

「……ぺったんこ」

「密かに気にしとったんやな、お嬢……」

「……ぺったんこ」

 あまりにも深く沈んでしまったAカップの令嬢に、流石の有砂も同情せずにはいられなかったようで、

「別に、そない気にすることないやろ……こいつの場合基準のハードル高いからな」

 どうやらフォローらしき言葉を口にしたのだが、日向子はしょんぼりしたままじっと有砂を上目で見つめた。

「薔子様のお胸はそんなに豊かでいらっしゃるのですか……?」

 有砂は一瞬間をおいて、

「……まあ……結構」

「……今、どんなだったか思い出してらっしゃいました?」

「っ、違っ……」

 有砂はとっさにソファから若干腰を浮かせた。

「……冗談ですわ」

 と、日向子は苦笑して見せた。

「あまりにもショッキングだったので、ちょっぴり八つ当たりしてしまいました。申し訳ありません」

 有砂は黙って、一つ息を吐いてから、まるで取り繕うように座り直した。

「……まったく、特に気にならへんとかゆうて、案外気になっとるんちゃうやろうな、ジブン……」

 口をつくのは文句だったが、何故か有砂は先刻までよりいくらか機嫌がよさそうに見える。

 日向子は、そんな有砂をどこかとらえどころなく感じつつも、改めて充実しているとはお世辞にも言い難い胸に手を当てた。

「……やはり殿方はお胸が大きいほうがお好みなのでしょうか……?」

「……さあ、人によるんちゃうか」

「有砂様はいかがですか?」

「……別に」

 有砂の口許に、意味深な笑みが浮かぶ。

「後腐れなくヤレるオンナやったら誰でも」

「有砂様!」

 日向子は思わず菊人を見やった。

 いつの間にか、膝上を占拠した大胆不敵な少年は少し身体を丸めて寝息を立てていた。

 どうやら今の、幼児にはちょっと聞かせられない過激発言は耳に届いていないようだ。

 日向子は少しほっとして、微笑した。

「けれど、今は違うのですわよね?」

「……ん?」

「蝉様からお聞き致しました。このところ有砂様が無断外泊せずに毎晩ちゃんと帰っておられると」

「……それは……」

 何も不都合な話をしているわけではないのに、有砂は何故か居心地の悪そうな顔をする。

「……今は職探しで忙しいねんで。遊んでる暇がないだけや」

 何故か言い訳を求める。

「なかなか癖が直りませんのね……?」

 日向子は呟く。

「……癖?」

 有砂はいぶかしげに反芻する。

「そのように天邪鬼に振る舞って、進んで誤解を受けようとなさいますでしょう?」

「……なんて?」

「本当はお心の温かい、真面目な方だと、人に知られるのがお嫌なのですか?」
「……また説教か……」

 有砂は明らかに当惑している様子だったが、日向子は構わずに続ける。

「……薔子様とのこと、気にはならないかとお聞きになりましたでしょう?
本当言うと、お会いしたばかりの頃の有砂様を思い出すと、たくさん泣いた時のことがよぎって、胸が苦しくなります。
けれど、今はもう大丈夫です。有砂様は少しずつ本来のお姿に戻られようとなさってますものね」

 有砂に言い訳の隙を与えないように、日向子は切れ間なく畳み掛ける。

「薔子様と連絡を取っていらっしゃったのも、菊人ちゃんとお会いになったのも、ご心配でいらしたからでしょう?
かつての妹様のような不幸が起きないように、見守ってらっしゃるのでしょう?
そのくらいはわたくしにとてわかりますわ」

 日向子がなんとか遮られることなく全てを言い切ると、有砂は頭痛をこらえるように苦しげな表情で、片手で顔を覆った。

「……あんまり、オレを甘やかすな」

 戸惑い、微かに震える声。

「……全然あかんねん。ガキ連れて帰ったんはええけど、何をしたらええかわからん。
こいつも何したい、とか一切言わへんし……」

「有砂様……」

「……優しくする、てどうしたらええんや?
……愛したいと思っても、オレには愛し方がようわからん」

 それはようやく有砂からこぼれ落ちた、一欠片の真実の思い。
 隠していた素直な言葉。

 そしてそれ自体が、彼が素直になれない理由でもあった。


「焦らないで下さい、有砂様」

 微かに垣間見えた素顔に、日向子は語りかける。

「……ゆっくり思い出せばよろしいではありませんか。お一人では難しければ、わたくしがお手伝い致しますわ」

 有砂はしばしの沈黙の後、顔を覆っていた手をどかして、日向子を見やった。

「……お嬢には、みっともないところ見せてばっかりやな」

「……いいえ、また一つ有砂様のことがわかった気が致します」

 そう言って微笑む日向子に、有砂もまた、小さく笑った。

「……オレもオレのことが少しわかった気ぃする」

「はい?」

「……自分が何を必要としとったんか、とかな」

「……あの?」

「まあええ……ところでジブン、今日は何しにきたんや?」

 不意に問われ、日向子はすっかり忘れていたクリスマス企画の件を思い出した。

「実は……」

 日向子はポラロイド撮影の許可を得たいということと、その代わりに何でも有砂の希望に応えたいということを、説明した。

「なるほどな……」

「はい、有砂様のお願いはなんでしょうか?」

 有砂は特に迷うこともなく、即答した。

「八時に、薔子さんが迎えに来る……それまで、ガキのお守りを手伝ってくれるか?」

「ええ、もちろん……どの道この状態では立ち上がることもできませんし」

 膝上のあどけない寝顔を見つめてくすくす笑う。

「……そういえば、わたくしや有砂様にもこのくらいの子どもがいてもおかしくないのでしたわね?」

「……そうやな。その前に、結婚せなあかんけどな」

「結婚……」

 日向子にはまだ少し、リアリティのない言葉だった。
 その相手といえば今まで伯爵以外考えられなかったが、しかし伯爵との結婚を今リアルに想像出来るかと聞かれればかなり難しい。

 なんだか考え込んでしまう日向子だったが、有砂はそんな様を見て、意地悪く笑った。

「……まあ心配せんでも、世の中には『ぺったんこ』が好きなオトコもようさんおるからな」

「……ぺったんこ」

 せっかく忘れていたことを蒸し返されて、日向子はまたしゅんとうなだれてしまった。

 有砂は、一瞬笑みを打ち消して、小さな声で呟いた。

「……万が一行き遅れたら、オレが引き取ったってもええ」

 日向子は顔をあげる。

「はい? ……何かおっしゃいましたか?」

「いや……ただの独り言や」



 この極めて天邪鬼な男が、本当に素直になるにはやはりもう少し、時間がかかりそうだ。












《つづく》
『んー……あぁ、ごめん。今日と明日もちょっと都合つかないなぁ……』

「そう、ですか……わかりました」

 通話がそっけなく切断された携帯を握って日向子は溜め息をついた。

 このところ蝉が忙しいらしいことは有砂から聞いて知ってはいたが、やはり時間を作ってもらうのは難しいようだった。

「今回の企画は蝉様抜きでいくしかないのかしら……」

 溜め息が静かにもれたその時、コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。

「……お嬢様。そろそろご用意をなさって下さい」

「……雪乃……はい、今参りますわ」

 携帯をテーブルの上に置いて、日向子は立ち上がった。

 鏡の前で一周くるりと回ってみだしなみを確認する。

 赤いイブニングドレスの肩に、淡いピンクのファーショール。

「少し派手……かしら」










《第6章 11月のキャロル -May I fall in love with you?-》【3】










「いいえ、大変品良く着こなしておられます」

 先刻の独り言をそのまま投げ掛けると、雪乃は大変無難なリアクションを返してきた。

「ありがとう、雪乃。あなたも素敵ですわよ」

 しっかりと正装した雪乃にエスコートされて、日向子はあまり得意ではないヒールをカツカツ鳴らして歩みを進める。

「お父様の代理でパーティーに出席するのも久々ですわね」

「相変わらず、華やかな席は苦手でいらっしゃいますか?」

「ええ……なんとはなしに品定めされているようで……」

 肩をすくめて笑う。

 ドレスで飾り立て、釘宮の名を背負って社交の場に出て、レディらしくそつなく大人の付き合いをこなす……日向子には肩の凝る役目だった。

「それにしてもお父様は、今回は国内にいらっしゃいますのに、どうしてご出席なさらないのかしら」

「先生は……お仕事がございますから」

「わたくしにもお仕事はありましてよ」

「それは存じておりますが、今夜のところは私の顔を立てては頂けませんか?」

 生真面目な顔で問う雪乃に、日向子は首を縦にした。

「わかっていますわ。それに……雪乃とワルツを踊るのは好きですの。足を踏んでしまっても許してくれますものね?」

「……ええ」

 短く答える雪乃の横顔には、どこか翳りが見える。

「……どうかしましたの? お身体の具合でも?」

「いいえ……特には」

 ほとんど完璧なポーカーフェイスを誇る雪乃ではあったが、このところ日向子は、以前より雪乃の感情の動きを察することができるようになってきていた。

 雪乃のほうにわずかな隙が出来てきたのか、日向子のほうが鋭くなってきたのかはわからないし、あるいは両方なのかもしれない。

 この時も日向子は、半分直感的に彼が隠し事をしていることを悟っていた。

「……何か、困っているならわたくしにも相談して下さいね」

「……どうぞ、お気遣いなさらず」

 そっけない答えに、日向子はそれ以上何も聞くことができなくなってしまった。












「はい、そのように父に申し伝えますわ」

「ええ、そうして下さいな」

「それにしても、日向子さん、随分お綺麗になられて」

「本当に、高槻さんもどこに出しても恥ずかしくないとご自慢に思っていらっしゃるのでは?」

 日向子は立て続けに向けられる奥さま方の「社交辞令」をいつものように謙遜と笑顔でかわしていたが、

「ところで、日向子さん。私共の長男の達彦が、是非日向子さんをお招きするようにとこのところうるさく申しておりますの」

 と一人が切り出した途端、空気が変わった。

「日向子さん、それより私共の息子と……」

「出来の悪いせがれですが、是非……」

 いきなり奥様連中は目の色を変えて、自分の子息を猛烈に売り込み始めた。

 日向子は「はあ」「ええ」「機会があれば」などと曖昧に答えながら、完全に圧倒されつつあった。

 そればかりではなく、

「日向子さん、始めまして。私は勅使河原勝昭と申します。かねてより釘宮先生にはお世話になっておりまして……」

「あなたが釘宮高槻先生のご令嬢でいらっしゃいますか? お話に聞く以上に可憐で優雅な方だ」

「こんばんは、日向子さん……赤いドレスが大変よくお似合いですね」

 日向子と同じか少し上の世代男性たちがよってたかって話しかけてくる。

 そして。

「是非、私とダンスを」

「いいえ、私と!」

「私と踊って下さい」

 争うようにさしのべられる手に、日向子は思わず、

「も、申し訳ありません……また後程……!」

 逃げた。











 今夜のパーティーはどうも何かがおかしいと日向子も気付いた。

 よく見れば来賓は適齢期の男性か、適齢期の息子を持つ奥様方ばかりだ。

 フロアから逃れ出て一息ついていた日向子に、

「……お嬢様、お戻り下さい」

 雪乃が歩み寄る。
 どうやらあとを追ってきたようだった。

「……雪乃……あなた、何か知っているでしょう?」

 日向子の問掛けに、雪乃はあくまで冷静な口調で答える。

「先生はこのところお嬢様がお仕事に根を詰めておられる様子なのをご心配なさっております。
お嬢様には一日も早く、釘宮の令嬢に相応な家のご子息とご縁談を……」

「……では今日のパーティーははじめから、結婚相手の候補を集めて、わたくしに選ばせることが目的ですのね……?」

「……はい」

 日向子はカツンとヒールを鳴らして雪乃に詰め寄った。

「雪乃も、わたくしは今すぐ仕事を辞めて、結婚するべきだと思っていますの?」

 雪乃は日向子の真っ直ぐな視線を受け止めて、静かに告げた。

「……先生がそう望まれるというなら、私には何も意見申し上げる権限はありません」

「お父様に意見しろと言っているのではありません! ……あなたがどう思っているのが、あなたの本心が聞きたいだけです……!!」

 真剣に声を震わせて問う日向子に、雪乃は無言のままその目を、そらした。

「……もう、結構ですわ」

 日向子は悲しみを込めて雪乃を見つめ、ドレスをひらりと翻した。

「……どちらへ?」

 問いには答えず、雪乃に背を向けたままフロアとは逆の方向へ。

「……お嬢様!!」

 振り切るように、逃げ出した。















 溜め息がまた一つ、夜風に溶けた。

 噴水庭園を臨むバルコニーは、寒々しい真冬の二十日月に淡く照らされ、ブルーグレーの影を作る。

「……雪乃は、わかってくれていると思っていましたのに……」

 最近は、口ではお説教してきても、日向子の仕事のことは理解してくれていると信じていただけに、雪乃の冷たい態度がショックでならなかった。

 日向子にとっては家同士の繋がりのためによく知らない相手と婚約することも、そのために仕事を辞めることも許容し難いことだ。

「……わたくしの味方は……この家にはいないのかしら」




「……こんばんは、ジュリエットちゃん」





 ふと、明るい声が孤独な静寂を破った。


「こんなところにいたんだ? 探しちゃった」


 日向子は手摺から思わず身を乗り出した。

「蝉様……!?」

 カジュアルなジャケットを身に付けたオレンジの髪の青年が庭園に立って、日向子のいるガーデンを見上げていた。

「違う違う、ロミオだよ♪」

 おどけてみせる蝉に、日向子は目をしばたかせる。

「何故ここにわたくしがいると? どうやってお屋敷の中に? それに今夜はお忙しいと……」

「そりゃあ、今日のおれはロミオだからさぁ、どんな障害があってもヘーキなワケよ」

「あの……全く答えになっていないような……」

「いいじゃん。おれはキミに会いたかったし、キミもおれに会いたかったんじゃないの?」

「は、はい」

 日向子はあまりにも予想を越えた展開に、まだ混乱していたが、完全に蝉のペースにのせられていた。

「……こっちにおいでよ、ジュリエットちゃん?」









「ふうん……政略結婚ってやつかあ。イマドキまだそんなんあるんだね~」

「そうですの……時代錯誤も甚だしいと思いますでしょう?」

 石造の噴水の外縁に腰掛けて、水音と月光がつくる幻想的な空間で二人はくっついて並んでいた。

「日向子ちゃん、マジで絶対負けちゃダメだよ!」

 蝉は、日向子が誰かに言ってほしかった言葉を臆面なく告げた。

「日向子ちゃんはバリバリ記者の仕事頑張って、いつか心から好きになった一番大事な人と結婚しなよ!!」

 けれど、そう言い切った後で何故か蝉の表情に微かな影が生まれた。

「蝉様……?」

 心配になった日向子は蝉の顔を覗き込む。

 蝉は日向子の眼差しを受けて不意に苦笑した。

「おれ、ズルイわ」

「……え?」

「ズルイ。超ズルイよ」

 蝉は長くて綺麗な指先をのべて、日向子のサイドの髪にそっと触れた。

「……『おれ』には無関係だから言えるんだよね。こんな無責任なこと、軽々しくさ……」

「蝉様……」

 苦しげに視線をそらした仕草が、先刻の雪乃と何故か一瞬重なって見えた。

「……キミの将来のことはさ、おれからは何にも言えないよ……おれの不用意な言葉で、マルかバツかの答えを出しちゃダメだ」

 髪に触れていた指が、頬にかかった。

「おれには何も言えないけど……だけど、キミの幸せを願ってるよ。それだけは、100パーセントの本心だから」


 強い思いを感じる輝く双つの瞳に、日向子は吸い込まれるように見入っていた。

「……そう、ですわね……何も言わない、という形でしか表せない誠意もありますのね……」

 雪乃を責めていた暗い気持ちが、ゆっくりと消えていく。

 日向子の立場は第三者が簡単に結論を出せるほど簡単ではない。

 ましてや釘宮家に深く関わる雪乃には、安易な発言は許されない。

 日向子を守るためにも……。


「……さて、難しい話はここまでにして、と」

 蝉は努めて明るく笑う。

「なんでもおれの願い事、聞いてくれるんだよね?」

「え、ええ」

 いきなり頭の隅においやっていたクリスマス企画の話を持ち出され、日向子は一気に我に返る。

「じゃーさ」

 蝉は頬に触れていたその手で日向子の手をとった。

「おれと踊ってくれる? ジュリエットちゃん」

 指先に唇を落とす。

 日向子は思わずどきりと、胸が高鳴るのを感じた。

「……ええ、喜んで。ロミオ様」


 月明かりに照らされた庭園で、フロアから流れる円舞曲に合わせて、二人は踊り始めた。

 こなれたステップを踏む蝉に、どこでダンスを覚えたのかと聞いても「ロミオだからだよ」と受流すばかり。

 全く不思議な、夢のような時間だった。


 それが瞬く間に終わってしまうと、日向子は少し名残惜しさを感じながら蝉から離れた。

「……戻らなくては。今日は雪乃の顔を立てる約束ですの」

「そっか……おれも、人に見付かる前に戻るよ。今日は、ありがと。マジで楽しかったよ♪」

「ええ、わたくしも……お会い出来てよかったですわ」

 笑って手を振る蝉を何度も何度も振り返りながら、日向子は魔法の庭園を後にした。






「またあとでね、ジュリエットちゃん♪」

















「雪乃」

「はい」

「聞きわけのないことを言って困らせてごめんなさい」

「……いえ、私こそお嬢様のお心に沿えなかったことをお詫び致します」

「いいの。わかっているから」

「……左様で、ございますか」

「ねえ……雪乃?」

「はい」

「あなた、先程から足を少し引きずっていませんこと?」

「……はい。これは、その……先程、ワルツのパートナーの方にヒールで思いきり踏まれてしまいましたので……7度ほど」

「まあ……可哀想に。では今夜はわたくしとのダンスは無理かしら?」

「いえ……お望みとあらば。私は、何度でも……」














《つづく》
「すごくいい街なんです。海も、山もあって……都会に比べれば不便なことは多いけど、都会にないものもたくさんあって……日向子さんも気に入ってくれるといいんですけど」

「まあ、楽しみですわ」

 よく晴れた高い空の下、関越道を軽快に滑るミニバンの車内は、心なしかいつもより弾んだ青年の声と、楽しげな相槌、そして二人の大好きなハードロックのBGMで満たされている。

「……案内したいところはたくさんあるんですけど、今日は難しいですよね」

「ええ……残念ですけれど、どうしても日帰りでしか都合が」

「いいんですよ。元々兄貴のわがままに付き合ってもらってるんですから。
……見ず知らずの人のお墓参りのためにわざわざすいません」

 日向子は、後ろの座席を振り返った。

 かすみ草と淡いオレンジ色の百合を合わせたブーケが甘い香りを微かに放ちながら横たわる。

「……いいえ、わたくしはサンタさんですから」






《第6章 11月のキャロル -May I fall in love with you?-》【4】










 来たる命日に、自分の替わりに墓前に花を手向けてほしいというのが紅朱の口にした願い事だった。

 先日の事件で怪我をしてからまだ一週間、抜糸すら済んでいない紅朱はメンバーたちから絶対安静を強いられていた。
 半ばやむなしといえどライブの出演時間に遅れた件もあって、さしものジャリアンも今回はおとなしくメンバーの声を受け入れ、日向子に代理を頼んだのだ。
 そしてその日向子を地元まで案内するようにと、玄鳥に依頼した。

 もっとも紅朱に言われなくてもそうしたに違いなかったが。


「兄貴、本当は自分で来たかった筈ですよ。
上京してから実家の敷居は一回も跨いでいないのに、叔母さんの命日だけは毎年こっそり帰ってましたからね」

 「叔母さん」……玄鳥がなにげなく口にした言葉に日向子はなんとなくドキッとした。

 浅川兄弟の母方の叔母……これから行く土地に眠る女性が実際は玄鳥のなんであるか日向子は知っている。

 玄鳥自身すら知らない事実……兄弟の秘密。

「……叔母様は、どのような方だったのでしょう」

「……実は亡くなったのは俺が物心つく前だから、全然覚えてないんです。
でも、いい人だったのは間違いないと思いますよ」

 玄鳥は苦笑する。

「兄貴の初恋の人らしいですからね」

「え?」

 そんな話は初めてだったので、日向子は少し驚いた。
 確かに紅朱は叔母によく懐いていたこと、その死が非常にショックだったことを口にはしていた。

 幼い頃とはいえ、憧れていた女性が亡くなったのならそれは、忘れられない悲しい記憶になるのは当然だろう。

 日向子は自分の獅貴への思いを重ねてしまい、胸が痛んだ。

 紅朱はどんな思いで初恋の人の遺した命をすぐ側で見守ってきたのだろうか、と。

「……日向子さん?」

 玄鳥は日向子の顔が曇ってしまったのに気付いて、少し慌てる。

「あの、どうかしましたか……? 俺、何か変なことを……あ」

「玄鳥様……?」

「日向子さん……もしかして……」

 玄鳥はハンドルに絡む指先にきゅっと少し力を込めた。

「……兄貴のそういう話は、あまり聞きたくなかったですか……?」

「そういう、話……とおっしゃいますと……?」

「それは、だから……なんていうか……」

 日向子は玄鳥が何を危惧しているのかわからないまま、苦渋に歪む彼の横顔を見つめていた。

 沈黙が訪れる。

 「mont sucht」のロックバラードが、二人の沈黙を彩る。

 一分半にわたる叙情的で壮大な間奏を経て、大サビに差し掛かったところで、

「……日向子さん」

 改まったような声で玄鳥が口を開いた。

「俺の願いもひとつ、聞いてくれるって言ってましたよね」

「ええ……」

「……少しだけ、寄り道をしましょう」

 進行方向をじっと見つめる玄鳥の真剣な眼差しは、何がしか決意を秘めているようだった。















「……寒く、ないですか?」

「少しだけ……でも、風がとても気持ちいいですね」

 髪やコートの裾を揺らめかせながら微笑む日向子に、玄鳥も微笑を返す。

 冬の澄んだ海原は、晴れた空の下、ゆったりと波音を響かせている。

 二人の佇む岬からは、ずっと遠くの島までが見渡せた。

「……結構、いい景色でしょう? 今日が晴れでよかった」

「玄鳥様はよくここへいらしていたのですか?」

「いえ……実は初めてなんです。来たくても、一人ではなかなか……」

「え?」

 言われて辺りを見回すと、日曜の昼過ぎとあって人もそれなりにいるが、それにしても一人できている者は全く見当たらない。

 世代を問わず男女二人連れか、子連れの夫妻ばかりだ。

「……ここ、恋人岬っていうんです」

「恋人岬……」

 玄鳥は北風のせいではなく、赤くなった顔を、立てたコートの襟で少しだけ隠した。

「伊豆やグアムにあるのと同じです……恋人たちがここで愛を誓うと必ず幸せになれるっていう……」

 成程男一人では二の足を踏んで当然だった。

「まあ……そのような場所にわたくしと来てしまってよろしかったのですか?
素敵な恋人の方とご一緒なさるべきでは……」

 かなり的外れな気遣いをそれと全く気付かず口にする日向子に、玄鳥は思わず笑って、それからゆっくりとコートの襟から手を放した。

「……日向子さん」

「……はい?」

 ひとつ息を整え、玄鳥はゆっくりと告げた。


「……あなたが、なってくれませんか? ……俺の、その……」


 あと一息。

 たった一言。


 わずか数文字付け足すことができれば玄鳥の告白は完成できた。


 しかし。


 この男、こんなタイミングで邪魔が入らなかったためしがなく……。



「あのォ」



 決死の戦いに挑む男の背後からなんとも間伸びした呑気な声がかけられる。

「……玄鳥さん、ですか~?」

 二人が振り返ると、どうやら観光客ではなく地元民らしい親子連れのお父さんが声の主だった。

「はあ、そうですけど」

 緊張を強制的に解除された玄鳥がぽかんとしていると、

「おい、やっぱり玄鳥さんだって」

「やっぱり本物!?」

 今度はその妻らしき女性が目を輝かせてすごい勢いで玄鳥の前にしゃしゃり出る。

「きゃー、ファンなんですぅ、応援してますぅ!! やぁん、かっこいいっ!!」

「え……あ……はい、ありがとうございます」

 幼稚園か小学校低学年くらいであろう娘二人も母親に続いて駆け寄って、

「くろろだ~」

「くろちょだ~」

 不正確な発音で玄鳥の名前を大声で呼びながらはしゃいでいる。

 その声が潮風に乗って辺りに響くと、

「ねえ、くろと、って……」

「heliodorの玄鳥?」

「玄鳥が来てるらしいよ」

「この辺りの出身ってマジだったんだ?」

「すご~い、本人だ~」



 すぐさま10人ほど集まって玄鳥をぐるりと囲んだ。

 まだ呆然としたまま握手を求められたり、質問責めにあったりしている玄鳥を、日向子は少し離れて見ていた。

 みんな玄鳥にばかり気を取られてのことか、日向子の存在にはどうやら気付いてなさそうだった。

 玄鳥がファンに声をかけられたり、囲まれたりする光景を見ること自体は珍しいことではなかったが、バンドの拠点である東京から離れてもファンがこれだけいるのかと思い、日向子は純粋に感嘆していた。

 もちろんここは玄鳥の地元からそう遠くないところだから、他の土地よりはいくらか知名度が高いのかもしれないが、それでも驚くべきことだった。

「ねえ、あなたも玄鳥さんのファンなの?」

 ふと声をかけてきた一人の女性に、日向子は「はい」と答えた。
 heliodorが好きで応援しているのだから別に嘘ではない。

「私は名前くらいしか知らないけど、彼氏が好きらしくって」

 女性は、群れにまざって何やらギターの奏法や機材について質問しているらしい金髪の青年を指差す。

「よくわかんないけど、すごいんだってね。heliodorだっけ? メンバー個人のスキルは全員一定以上のレベルに達してるけど、ギターの玄鳥は飛び抜けてるってあいつは言うけど……そうなのかな?」

「そう……なのでしょうか」

「アマチュアバンドのギタリストとして埋もれるような人じゃないのに~、ってしょっちゅう愚痴ってくるんだけど、私に言われたって困るんだよね~」

 日向子は相槌を適度に返しながら、真っ赤な顔で何故かぺこぺこ会釈しているシャイで腰の低いギタリストを見つめていた。

 玄鳥が巧いのは当たり前だ。もちろん元々相当な才能があるのだろうが、加えて尋常ならざる努力をしているのだから。

 そんな玄鳥が評価されるのは正しいことであり、喜ばしいことである。

 それなのに不吉にざわめいてしまう自分の心が、日向子にも不思議だった。

 何故だろう。

 いつか玄鳥が遠くへ行ってしまいそうな気がする。

 少しずつ。

 少しずつ。

 手の届かない、高い場所へと。


「……そんなこと……あるわけありませんのに」


 何があっても信じると誓った小指がかじかんで、痛くて。

 寂しくなった。

 一歩、二歩あとずさって、そのまま日向子はきびすを返した。

 玄鳥を見つめていることが、今は少し辛かった。

 だからこの場を離れたかったのだ。



「待って!」



 呼び止める声とほとんど同時スタートで駆け出した足音と、騒然とする人々の声。

「待って……日向子さん」

 黒いコートの右腕が、翼を広げて包み込むように日向子の肩を引き寄せた。

「玄鳥……様」

「みなさんすいません、今日はこのへんで。よかったらまたライブ見に来て下さいね。また、会いましょう」

 早口で、けれど最大限の感謝の気持ちを込めてファンにそう挨拶し、一礼すると、玄鳥は日向子の肩を抱いたまま歩き出す。

「く、玄鳥様……あの……これ、誤解、されてしまいませんか?」

 思わず小声で尋ねる日向子。

「……あなたの背中が、あまり寂しそうで、つい……」

 玄鳥の顔は先刻までより更に更に、赤く赤くなっていく。

「俺……誤解されていいです……」

「え……?」

「……あなたは、嫌ですか?」

 真面目な顔で問う、斜め上の眼差しに、日向子はそっと首を横に振った。

 玄鳥は少し安心したように溜め息をついた。

「日向子さんのことほったらかしみたいになってしまってごめんなさい……退屈、でしたよね?」

「いいえ……退屈などではありませんでした」

 日向子はまた首を左右した。

「先程玄鳥様もおっしゃいましたでしょう?
わたくし……少し、寂しかったのです」

「日向子さん……」

 玄鳥は一瞬目を見開いて、その後どこか困ったような笑みを浮かべた。

「……heliodorはどんどん有名になってます。ライブの動員も信じられない勢いで膨れ上がってきています。どうしてだかちゃんとわかってますか?」

「え……?」

「アンケート見ると、新しいお客さんの大半は『RAPTUS(ラプタス)見てheliodorを知りました』って……書いてあるんです」

 『RAPTUS』……日向子の記事が載っている音楽雑誌だ。

「だから、日向子さんのおかげなんですよ」

 知らなかった。
 雑誌の部数自体はメインの記事如何で多少左右されることはあっても、そうは変動しない。
 読者アンケートの結果は悪くないとは聞いていたが、日向子が自分の書いている記事の影響を実感することは今まで全くなかったのだ。

「日向子さんは、俺たちにとって幸運の女神様みたいなものなんですよ」

「そんな……いくらなんでも大袈裟ですわ」

「はは、ちょっと恥ずかしい言い回しでしたね。でも、本当に……あなたが見ていてくれるなら、俺は……」

 玄鳥は不意に果てしない空を見上げる。

 遠くを、見つめる。

「……もっと高く、飛べるかもしれない……」








《つづく》
「……プロポーズを、なさったのですか?」

「ああ。本気でな」

 紅朱はいたって真面目な顔で語る。

「俺は綾の父親になるつもりだった」

 幼く淡い恋の記憶を辿る紅朱はそれを恥じらうどころか、誇らしげにすら見える。

「叔母様は、何と?」

 日向子もそんな紅朱をもちろん嘲笑ったりしなかった。

「フラれた」

「まあ」

「幼稚園バッグ引っ掛けたガキに面と向かって、『年下には興味がないの。ごめんね』だってよ」

 まるで今しがたの出来事を語るかのように不機嫌そうに口をへの字に曲げる紅朱に、日向子は微笑する。

「叔母様は……紅朱様を子供扱いなさらなかったのですね?」

 紅朱もそれに、小さく笑った。

「そうだな。あの人はいつだって俺を一人の人間として扱ってくれた。
……もっとも、俺はやっぱりガキでしかなかったがな」












《第6章 11月のキャロル -May I fall in love with you?-》【5】











「紅朱、様……?」

 意味深な言葉の意味を問おうとした日向子に、紅朱は笑って、おもむろに割箸を差し出した。

「……冷めるぞ、とりあえず食え」

「あ、はい。頂きますわ」

 二人の前には少し前に運ばれてきたばかりの杉屋謹製牛丼とみそ汁、それにサラダがある。

 ランチタイムを少し外した中途半端な時間のせいで、杉屋店内は比較的閑散としている。

 向かい合ってもくもくと牛丼を食べるこの二人連れは、通りかかる度に店員にチラ見されている。

 日向子は相変わらずこういった店が全く似合わないし、連れている男も相当ミスマッチである。

 間違いなく、異色なのだ。


 さながら月と太陽が同じ空で輝くような。



 当の二人はそんなことを気にする様子もなかったが。

「たまごと絡めるとお味がまろやかになりますわね」

「うまいか?」

「はい、とっても」

「そうか。よかったな」


 何とも和やかな空気をかもし出しながら、楽しそうに食事している。


「ところでお前は東京生まれの東京育ちなのか?」

 お茶を呑みながら、ふと思い出したように紅朱が口を開いた。

「はい、そうですの。お母様は北海道の生まれですけれど」

「ふーん、オヤジさんとどうやって出会ったんだ? やっぱり親の決めた相手同士だったり、見合いとかか?」

「知り合ったのは病院ですわ」

「……病院?」

「お母様は看護婦でしたのよ。お父様が胃を患って入院した時に出会ったと聞きました」

 紅朱は箸を止めて日向子を見やった。

「……もしかして病院ってのは、あの病院か?」

「はい。我が家のかかりつけの病院のことですわ」

 紅朱にとっても、つい先日運びこまれたばかりの記憶も新しいあの病院。

「……もしかしてお前のおふくろさんて、普通の家の生まれだったりするか?」

「はい。お母様の実家は由緒ある家柄でもなければ、資産家でもありませんわ」

 日向子は、紅朱が驚いた顔をするのも無理はないと思った。
 日向子の話を聞いていれば、その父親は家柄や世間体を何より気にする厳格な人物というイメージを抱かざるをえない。
 そしてそれは実際その通りなのだった。

「お母様が亡くなってからというもの、お父様は口酸っぱくおっしゃるようになりましたわ……人にはそれぞれ生きるべき世界があると。
生きるべき世界からはみだすと人は必ず不幸になると……。
お母様は、家の名に恥じない妻になろうと気を張りすぎて寿命を縮めたと思っていらっしゃるのかしら……」

 平凡な家庭で生まれ育った女性が、名家……とりわけ釘宮のような特殊な家で生きていくのは、けして楽なことではなかっただろう。
 若さと、抑えきれない想いにつき動かされて、周囲の反対を押し切って結婚した結果が、最愛の人に死に至るほどの苦労を背負わせることになったのだとしたら……父が深く後悔するのは無理もないことだ。

「……だからオヤジさんはお前がマスコミみたいな特殊な仕事についたり、俺たちみたいな連中と関わるのが面白くねェんだな」

「ええ……そうかもしれません」

 娘を不幸にさせないためにあらゆる災いの種を遠ざけ、排除する。

 いばら姫を呪いから守るために国中の糸車を燃やしてしまった王様のように。

「お前が時々変にお嬢様らしからぬ言動をとる理由はよくわかった」

 紅朱は苦笑し、けれどすぐに真顔になった。

「……人にはそれぞれ生きるべき世界があるって意見は俺も賛成だな。そこからはみだすと不幸になるってのもわからなくはない。
……だがその世界、ってのは血筋や家柄で決まるもんじゃねェよ。生まれた瞬間から運命が決まるなんて俺は信じねェからな……だってガキは親を選べねェだろ?」

 日向子は頷いた。
 万楼や有砂のように親の都合に振り回されて苦労する者がいれば、玄鳥や蝉のようにあっけなく家族を失ってしまう者もいる。

 とても理不尽な不幸を意思に関係なく背負わされる。

「生きるべき世界ってのは、生まれとは関係なく、生きながら自分で見付けるもんだと俺は思う。
より自分らしく、より気持ちよく生きることができる世界……俺にとってはheliodorだけどな」

 日向子はまた頷いた。紅朱は満足そうに笑う。

「今heliodorを手放せば間違いなく俺は不幸になるだろうしな」

 日向子には紅朱の語る「世界」に純粋に共感することができた。

 「生きるべき世界で生きる」、それはその人のけして譲れない、大切な、心の真ん中にあるもを守って生きること。

 それは簡単なようで難しいこと。

「メンバーも、ライブに来るファンもそれぞれが違う生きるべき世界を持ってるのかもしれねェが、少なくともheliodorの音楽を共有している間はな……繋がって、ひとつになる。
その瞬間の快感は半端ねェよな」

 日向子は更にまた頷いた。

 その感覚は、初めてheliodorと出会ったあの時から何度も感じてきた。

 紅朱はいつの間にか空になった丼の縁に割箸を置きながら、日向子を見つめる。

「heliodorが好きか? 日向子」

「もちろんですわ」

「なら大丈夫だ……俺とお前の世界はちゃんと繋がってる」

 heliodor……熱狂と歓喜、そして燃え盛る情熱と温かい想いを抱いた太陽の国。

 二人の世界が交わる場所。


「わたくしにとって、heliodorはいつの間にか本当にかけがえのないものになってしまいましたわ」


 今まで高山獅貴……伯爵への憧れだけが日向子の世界の中心だった。

 伯爵にいつか食べてもらいたくて料理を練習し、伯爵を想う故に他の男性に興味を持つこともなく、伯爵のもとにたどり着くために父親と対立してまで音楽雑誌の記者を志し、伯爵と少しでも関係のあるものは何でも手を出し、ただ伯爵と再び出会うことだけを目的に生きてきたようなものだったのに。

 今はもうそれだけではない。

「わたくしは記者を志してよかったと心より思いますわ」

 紅朱はそんな日向子を、色素の薄い瞳で優しく見つめる。

「……確かにお前の記事は読んでるほうが恥ずかしくなるほど愛に満ちてるよな」

「まあ……お読み頂いてるのですか?」

「そりゃ読んでるさ、全員な」

 日向子があまり大袈裟に驚いたので、紅朱はいかにも愉快そうに声をたてて笑った。

「いい加減しっかり自覚しろよ……俺たちはみんなお前が好きなんだ」

「好き……ですか」

「……あ」

 大して深く意味もなく発した言葉を反芻されて、紅朱は今更のように、

「いや、好き……ってのは、変な意味じゃねェけど」

 慌てて注釈する。

 だがそのことがかえって日向子に「好き」という言葉を意識させた。

「……」

「おい、お前なんで無言で頬染めてんだよ」

「……え」

 日向子は自分の頬に思わず手を当てた。

 確かになんだか体温が少し上がった気がする。

 温かいお味噌汁や、牛丼に振掛けた七味のせいではなく……。

 紅朱は、何故かぼーっとしてしまっている日向子をじっと凝視した。


「……お前、まさかうちのメンバーの中に誰か気になる奴がいるのか?」


 いきなりストレートにぶつけられた質問に、日向子はとっさに答えることができず、混乱してしまっていた。

 その沈黙をどう受け止めたのか、紅朱はぐっと身を乗り出した。

「なあ、そうなのか? 誰だ? お前は誰が好きなんだ??」

「いえ、その……」

 あまりの勢いに圧倒されて、日向子はどんどん思考回路を混線させていった。

「わたくし……わたくしは……伯爵様しか好きになりません……」


 ほんの数ヵ月前まで真実だったそれは、まるでとってつけたような逃げの言い訳のようだった。

 本当の気持ちを無意識に隠そうとしているかのような、建前の言葉。

 自覚した瞬間に壊れてしまいそうな、微かな恋の兆しをその裏側に秘めた言葉。

「……そんなに高山獅貴が好きなのかよ」

 紅朱はそれを文字通りに受け取って、不機嫌そうに目をそらした。

「……面白くねェ」

「紅朱様……」

 冷めたお茶を飲み干すと、ようやくなんとか頭が回り始める。

「紅朱様は何故それほど伯爵様を嫌われるのですか?」

「お前こそあんな奴なんかのどこが好きなんだ」

 紅朱は苛立ちを隠そうともせずに語気を荒げる。

「高山獅貴がどういう男かちゃんとわかってて言ってんのか?」

 鋭い問掛けだった。
 日向子にとって伯爵と過ごした時間など幼い頃のほんの数日間……それも真夜中の僅かな時間だけのこと。

 伯爵のことをちゃんとわかっているなどとは間違っても言い切ることはできない。


「……わたくしは伯爵様のことをよく知らないかもしれません……だからこそ、近くに行って、もっと知りたいのです。
そして自分の気持ちも、確かめなくては……」

「……初恋なんて、綺麗なまんましまっておいたほうが幸せかもしれないぞ……?」

 紅朱は呟く。

「……真実なんて、知らなくて済むなら知らないはうがいい……」

 日向子に対してのみ向けられた言葉ではないように聞こえた。

 それは玄鳥のことを言っているのだろうか?
 それとも……彼自身が真実と引き替えに何か大切なものを壊してしまったということなのか。

 誰にでも秘密があり、誰にでも苦悩があり……日向子はheliodorのメンバーたちを取材し、交流することで少しずつ彼等の真実を知ってきた。

 ステージの上に立つ姿からは想像もできないほど、弱い一面も見てしまった。

 そんなことは当たり前のことかもしれない。

 彼等は普通の人間で、普通の……男、なのだから。

 もしもあの颯爽として優雅で、欠点などなにもなさそうな伯爵にもそんな真実があるなら、日向子はやはり知りたいと思う。

 それが例えば、耳を塞ぎたくなるような残酷な真実でも。

「……それでもわたくしは、伯爵様を好きになったことを悔やんだりは致しませんわ」

 はっきりと告げた言葉に、紅朱はしばらくの沈黙の後で溜め息をついて、苦笑した。

「……強情な奴だ。オヤジさんの苦労が偲ばれるよな、まったく……」

「ふふふ」

「……まあいい。俺は負けてやる気はねェしな」

「……はい?」



「……あんな奴なんか忘れちまうくらい、夢中にさせてやるからな」



 ファンなら腰が砕けるような美声の囁きに、日向子は目を丸くして固まった。

「……heliodorに、な!」

 と紅朱が付け足す瞬間まで。










 穏やかな時が流れていた。

 しかしゆっくりと、カウントダウンは始まっている。

 運命の日に向かって……。













《第7章につづく》
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