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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「お姉さん……可愛い!!」

 玄関のドアが開いたかと思うと、挨拶よりも何よりも真っ先に、万楼は声を上げた。

 真っ赤なコートに、シンプルな白いニットの帽子、ショートブーツと手袋は黒。

「今日のわたくしはサンタさんですのよ」

 にっこり微笑む日向子だったが、万楼は不思議そうに首を傾げた。

「でもお姉さん、今はまだ11月だよ?」

「ええ、世間的に言いますとまだ早いのですけれど、実は……クリスマス企画に参加して頂けないかと思いまして」

「企画?」

 日向子はにこにこしながら、後ろ手に持っていたポラロイドカメラを見せる。

「プレゼントと交換に、お写真を撮らせて下さいませ」








《第6章 11月のキャロル -May I fall in love with you?-》【1】












「ああ、よくあるよね。サイン入りポラを読者にプレゼント、って」

「はい。ご協力頂けますか??」

「うん、それはいいんだけど……さっき言ってた『プレゼント』って何?」


 万楼は、ざっと一ヶ月半は気の早い小さなサンタクロースをとりあえず部屋に招き入れた。

 ほかほかのココアと手製のシナモンパイを振る舞われて、ますますにこにこしながら日向子は先の問いに答えた。

「ただ頂くばかりでは申し訳ないので、わたくしからも何か差し上げるべきではないかと思いまして」

 万楼はフォークでサクサクとパイを刻みながら、感心したようにしきりにうなずく。

「そうなんだ、お姉さんって義理堅い人だね。
それで、プレゼントってなあに?」

 一口大というにはかなり大きなそれを、万楼は幸せそうに口に運ぶ。

 日向子はそれを微笑ましそうに見つめながら、

「はい、わたくしです」

 あまりにもさりげない調子で言われたので、

「ほえ?」

 パイを頬張ったまま、万楼はかなり間抜けなリアクションを返した。

 日向子は上品な仕草でココアを頂きながら、またなんでもない口調で告げる。

「万楼様にわたくし自身をプレゼント致します」


 万楼の唇からポロッとパイの欠片がこぼれ落ちた。

「……お姉さんが、プレゼント……??」

「はい。わたくしに出来ることならなんでも、万楼様のご要望に答えたいと思いますの」

「……ちょっと、待ってくれる?」

 万楼は瞬き一つせず、無言のままティッシュで唇を拭い、

「それって、お姉さんがボクのお願いを何でも叶えてくれるってこと?」

「はい、公序良俗に反していないことでしたら」

 日向子はここ数日クリスマス企画の内容にずっと思い巡らせていて、ようやく決定したこの提案にはかなり自信を持っていた。

 heliodorメンバーたちへの日頃の感謝を表すには自分に出来ること全てを尽すべきに違いないと。

 万楼は色々な感情がミックスされたような、形容し難い表情で唖然と日向子を見つめていたが、

「……本当に、何でもいい?」

 じっと見つめながら、もう一度尋ねる。

「はい……万楼様のお願いは何ですか?」

 日向子もじっと見つめ返す。

「じゃあさ……今夜、ボクとデートして」

「デート……ですか?」

 日向子にとっては予想外の答えだった。

 万楼は、荒れともくすみとも無縁な、陶器のように綺麗な頬をうっすらと桃色に染める。

「……お姉さんと一緒に行きたかった場所があるんだ。そこに、今夜行こう」












「どこへ連れて行って頂けますの?」

「内緒~」

 手袋をはめた右手と左手をしっかり繋いで、二人はすっかり日の落ちた夜の街を歩いていた。

 仲むつまじく歩く美形ツーショットは、明らかに人目を集めていて、通行人の大半が二度見してくるような有り様だった。

「ねえ、お姉さん。ボクたちはどんなふうに見えてるかな?」

「そうですわね……仲良しな姉弟とか」

「姉弟かあ」

 悪意は全くない日向子の純粋な解答に、万楼は少し膨れた。

「……ねえ、寒いからもっとくっついてみない?」

「はい?」

 万楼は悪戯っぽく笑って、日向子と繋いだままの手を、自分のからし色のコートのポケットに突っ込んだ。

「あ」

 必然的に腕と腕が密着し合う。

「……こういうのは嫌かな?」

 斜め上から見下ろす万楼の眼差しはどこかアンニュイで大人びて見えた。

 日向子はそれに目を奪われながら、首をそっと左右した。

「……とても温かいですわ」

「……うん、ボクも」

 万楼は満足そうに微笑みを浮かべた。















「万楼様、ここ……」

「待ってて。チケット買ってくるから」


 万楼は一度日向子の手を離してチケットカウンターへ走っていった。

 それを目で追ったあと、日向子は目の前の建物をもう一度眺めた。

 この季節には少し寒々しい、寒色を基調としたその入り口には、魚や海洋生物を象ったモニュメントがいくつもある。

「……水族館……」

「お待たせ。はい」

 走って戻ってきた万楼は、日向子にそっとチケットを差し出した。

「……あ」

 チケットに大きな文字でしっかりと綴られている言葉を、日向子は半ば反射的に読み上げた。

「……ナイト・アクアリウム」

 万楼を見やると、先程と同じ、少し大人っぽい笑顔がそこにあった。

「この水族館の売り。18時以降、カップル限定で、夜の海底を散歩できるんだって。ロマンチックだよね」

「え、ええ……ですが」

 日向子は戸惑いを隠せなかった。

 スノウ・ドームでの一件で、万楼の身に何が起きたかは蝉やいづみから聞いていた。

 夜の湖を見て、ひどく心を乱された万楼は、一時間あまりの間我を忘れて蹲っていたという。

 それほどまでに万楼は、夜の海が苦手な筈なのだ。

「……万楼様」

「怖いことから逃げてしまうのは、嫌だから」

 万楼は静かな声で囁く。

「……ボクが夜の海を恐れるのは、きっと、そこに何か不都合な思い出を封印しているからじゃないかなって思う。
それと向き合う勇気がなければ、いつまで経ってもボクの記憶は戻らないよ」


 覚悟を決めた男の瞳。

 日向子は万楼の圧倒されそうなほど強い意志に、胸が苦しくなるのを感じていた。

「……怖いけど、最後まで頑張ってみせる。だからボクに、お姉さんの力を貸してほしい」

 今度は手袋を外して差し出してきた手。
 日向子は自身も片方の手袋を外して、もう一度強く握った。

「……はい……!」












 間接照明の中にぼんやり浮かぶ水底の世界。

 底しれない闇を一条の光が微かに照らす。

 日向子が持つ小さな懐中電灯の灯だ。

 もう一方の手がしっかり繋ぎとめる指先はひどく汗ばんで、今にもすり抜けてしまいそうで、日向子は必死に離れないように握っていた。

 心地好いヒーリングサウンドに混ざって、まるで高い熱にうなされるような苦しそうな息遣いが聞こえてくる。

「……はぁ……はぁ……」

「……万楼様?」

 呼び掛けても返事は返ってこない。

 この闇の中では伺い知れないが、おそらく万楼の顔はすっかり青ざめた色をしているに違いない。

 宝石のような綺麗な瞳は苦痛にすがめられ、眉間には皺が寄っている。
 冷や汗がサイドの髪を湿らせているのが、なんとなく見てとれた。

 ゆっくりとはいえ、着実に前に歩んでいることが奇跡的にすら思える。

「万楼様……」

 水槽の中の、本来鑑賞の対象である不思議な色をまとう魚たちが、まるで日向子たちを見守るかのようにすぐ横を行き来する。

「……万楼様」

 呼び掛けても届かない。

 どうすれば万楼を支えられるのか、日向子は一生懸命考えていた。

 けれど思い付かなくて、つかまえた指にただ思いを込めて強く握ることしかできない。


 どのくらいの時間が過ぎたのか。

 どのくらいの行程を歩いたのか。


 ふと万楼が口を開いた。

「……ひとつ……思い出した」

 かすれた呟き。

「……夜の海が怖いのは……子どもの頃からずっとだった……」

 どこか虚ろな呟き。

「……海に連れていってもらったことなんかなかったのに……小さいボクはいつも海の夢を見ていた」

 日向子は黙って、何ひとつ聞きもらすまいと耳を傾ける。

「……温かい、でも暗い海の底にボクはいて……遠くから聞こえる色々な音や、誰かの話声を聞いたりしてて……。
……ボクはできれば、ずっとそこにいたいと思っていて……そこにずっとはいられないこともわかってて……。
怖くて、悲しくて……絶望するんだ。
誰にも会いたくないし……何も見たくない……何も知りたくない……地上に上がっても何もいいことなんかないと、ボクはもう知ってた……から」

 日向子にはなんとなく、万楼が語る夢が何を意味しているかわかった気がした。

 それは成長する過程で多くの人がいつのまにか捨て去る、けれど誰もが知っている、一番古い記憶。

 人は皆その暗い海からいづるのだから。

「……夜の海を見ると……あの夢の中の感覚が戻ってくる……怖くて、指に力が入らなくて……あの人も助けられなかった……」

 まなじりからすっと、涙の雫がこぼれる。

「……万楼様……」

 日向子は懐中電灯を一度切ってコートのポケットに入れた。

 そして、その手を伸ばして、すっと万楼の涙を指先で拭う。

「大丈夫。もう大丈夫です」

 万楼は立ち止まり、ぼんやりとした顔付きで日向子を見つめる。

 日向子は、微笑む。

「もう万楼様は知っていらっしゃるでしょう?
この世界には、価値のあるものがたくさんあります。愛すべき人がたくさんいます。
あなたは出会うことができました。だからもう絶望しなくていいのです」


「……あ」


 万楼の瞳に、喪われていた光が蘇る。

「……っ」

 握りしめていた指先に力が込められた。

「万楼様……」

 万楼はしっかりと日向子を見つめて言った。

「……暗闇の出口へ行こう。あなたが光を照らしてくれるなら、きっとボクは辿り着く」

 日向子は強く頷いて、ポケットの中から懐中電灯を取り出し、再び道の先を照らし出した。

 細く、白く伸びる希望の光。

 その先を目指して二人は走り出した。

 他の利用客、無論カップルである二人組の男女はみんな日向子たちを奇異な目で見るか、迷惑そうに見るか、はたまたまるで目に入らない様子で戯れるかしていたが、そんなことはお構いなく、二人は走った。


 そして。


 黒いカーテンで覆い隠された、人工の海の果てに、ようやくたどり着いた。


 くぐり抜けた瞬間、一気にさしこんだ真っ白な光の洪水が日向子の視界を奪った。

 ぎゅっと目をつぶった瞬間、

「……え……?」

 頬に、柔かな感触。

「……ありがとう、サンタさん」

 すぐ耳元で囁きかける声。

 声のほうを振り返って、うっすらと目を開けると、明瞭にならない視界の中は万楼の笑顔で占められていた。

「……ほら見て。ボクたちの出会った世界はこんなに綺麗だ」


 日向子は顔を上げて、万楼とともにその景色を眺めた。


 朝の光のようなイルミネーションに包まれた、鮮やかに透き通る青いガーデン。


 美しい、希望の色。



 二人は無言のまま、世界の美しさに見とれていた。

 繋いだ手は、離すことなく……。











《つづく》
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