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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「まあ」

 今日のイベント会場まであと100メートルといったところで、日向子は思わず足を止めた。
 歩道の真ん中にちょこんと猫がたたずんでいる。

 黒い仔猫だ。

 まだ生まれて何ヵ月といったところか?
 お行儀よく座って、大きな金色の瞳でじっと日向子を見ている。

「なんて可愛らしい……」

 日向子が近付いても逃げようとはしない。

「あら首輪をしていますのね……?」

 しゃがんで手を伸ばして銀色の首輪を確認しようとした時、

「その子、私のよ」

 後ろから声。

 氷と氷がぶつかり合ったような、澄んで凛とした声だった。

 振り返ると、日向子と同じか少し年下くらいの少女が立っていた。

 ゴシックロリータで全身を包んだ、サラサラした直毛の真っ黒な長い髪が印象的な美人だった。
 瞳の色も吸い込まれそうな漆黒で、本当に血が通っているのか怪しいほど真っ白な肌との対比が美しい。

 日向子は少女に笑いかけ、抱き上げた仔猫を差し出した。

「可愛らしい仔猫ちゃんですのね?」

 美少女は無表情で猫を受けとると、

「シュバルツは仔猫ちゃんじゃないわ」

 美しい声で言う。

「黒豹のベビィなの」

「黒豹……??」

 日向子は、少女の手の中で嬉しそうにじゃれついている黒い生き物を思わず見た。

「だったら、凄いわよね」
「はあ」

 少女は「シュバルツ」を抱いて、ポカンとしている日向子の横をすり抜けていった。

「……ただの例え話よ」








《第4章 黒い寓話 -inferior-》【1】







 熱狂のステージは中盤に差し掛かっていた。




《せめて 聞いてくれ
 甘い台詞じゃないが
 親愛なる君のために
 愛を込めたとっておきさ》

 日向子は少し身体を揺すってリズムを取りながら、いつものように、メンバーひとりひとりの姿を目で追っていく。

 紅朱は今日も絶好調だ。


《聞きわけもなく
 まくしたてるDarlin'
 どんな顔であやまれば
 許してくれるんでしょうか?》


 有砂はいつも通り、とても安定している。


《出来ないものは 出来ないと
 言い切る僕のスタンスを
 怠慢だと君は責めるけど
 果たせない約束は
 君とはしない》


 スノウ・ドームの一件以来しばらくは不調そうだった万楼も、だいぶ持ち直して見える。


《要求をつきつける前に
 不可解な君の素顔を
 特定するヒントを
 僕に投げておくれ》

 サビのあたまで少し走ってしまって、蝉が舌を出して笑う。日向子もつられて笑う。

《僕の話を最後まで
 聞いてくれたらわかるだろう
 秒針が三度回るまで
 何も言わずに待っていて》
 

 Aサビの後はすかさず8小節のギターソロ、日向子はステージ上手の玄鳥を見やった。

 その瞬間、まるでタイミングを合わせたように玄鳥と目が合った。

 「あ」という顔をした玄鳥は、すぐにそれを微笑に転じた……のだが。

「……?」

 日向子はその微笑に妙な違和感と不安を覚えた。

 その正体はすぐに判明する。

 ソロの最初の二小節が鳴った直後、玄鳥のギターの4弦がバチッと弾けるように切れて、それを合図としたかのように玄鳥の身体は突如として、崩れた。

「……玄鳥様……!?」

 会場は騒然となり、上手前方を中心にいくつもの悲鳴が上がる。

 よろめくように前傾姿勢でバランスを失った玄鳥は、声を上げることもなく、そのままギターをかばうような格好で膝を折って、その場に倒れた。

 ほとんど間を空けず、紅朱が邪魔だとばかりに蹴倒したマイクスタンドが倒れ、転がって、キン、とマイクがこめかみに突き刺さる悲鳴を上げた。

「綾……っ!!」

 ステージ上であるにも関わらず、実名で呼び掛けながら、紅朱は誰より早く玄鳥に駆け寄った。

「綾っ!!」

「紅朱、落ち着いて!」

「むやみに動かさないほうがいいと思うな」

 玄鳥を抱き起こそうとした紅朱を、蝉と万楼が慌てて制する。

 有砂は冷静に、スタッフに向けてスティックを軽く下向きに三度、振った。

『照明を、落とせ』


 暗転した暗闇の中で止まない悲鳴に包まれながら、日向子もまた大きな不安にさいなまれていた。

「玄鳥様……どうなさったの……??」











「……ん……」

 左側頭部がズキズキと痛む。
 外傷によるものではなく、内側から響く痛みだ。

 それは、なじみの鈍痛。

 それに耐えながら、玄鳥はゆっくりと目を開けていく。

 柔らかい光が網膜にさしこんでくる。

 そして鼓膜は、


「まあ、お気付きになりまして?」


 一番心地好く響く声を捕まえた。


「……あ」

 一気に目を開いて、ほとんど反射的に身体を起こそうとした。

「……うっ」

 苦痛が鋭さを増して襲いかかり、目の前の景色が揺れる。

「いけませんわ、まだ起き上がらないで寝ていらして下さい」

 玄鳥はそのまま柔らかいベッドに再び身を沈めた。

 ベッド?

 玄鳥はそこに引っ掛かりを覚えた。

 玄鳥の部屋は和室で、寝具はベッドではなく布団だ。
 
 ということは、少なくともここは玄鳥の部屋ではないのだ。

 では一体、ここはどこだろう??


「もうすぐお食事が出来ますから、横になったまま待っていらして下さい」

「……は、はい?」

 玄鳥はその光景に、愕然とし、何度も瞬きを繰り返し、何度も目をこすった。

 夢か?

 いや、夢なら痛みは感じない筈だ。

 ならば現実なのか?

 これは。

 クリーム色のフリルのついたエプロンをまとった日向子が、料理用のミトンをはめた手を頬に当ててにっこり微笑んでいる。


「おじや……お好きですか?」


 状況は全く飲み込めない。
 飲み込めないが……。

「だ……大好きです!!」

 元気よく返事し過ぎてまた頭が痛かったが、そんなことはどうでもよかった。

 エプロン日向子は安心したように笑う。


「まあ、お顔の色……随分よくなられて」

 顔色がいいどころか、耳まで赤くなっているに違いない自分をかなり恥ずかしく思いつつ、玄鳥は恐る恐る問掛けた。

「あの……日向子さん……ここはもしかして……」

「はい、わたくしの部屋です」

「……あの……ってことは今俺が寝ているのは……」

「わたくしの寝室のベッドです」

「……えっ……ええっ!?」

「……あの、やはり返ってご迷惑だったでしょうか?」

「……いや……あの……なんていうか……そういうわけじゃなくて……その」


 客観的に観察したら哀れなくらい完全なパニック状態を起こしている玄鳥に、日向子は心配そうに近付いてきた。

「……どういたしましょう。お顔がどんどん赤くなって。もしや熱がおありなのでは……?」

 日向子はベッドサイドに身をかがめて、ミトンを外した手を玄鳥の額にぴたっと当てた。

「……っ……」

「やはり少しお熱いような……」

「ひっ……日向子さんっ……」

 近いです。
 近すぎます。

 もう言葉が声にならない。

 至近距離で見つめてくる愛くるしい瞳に、玄鳥はもはやだんだんと混乱を通りこして釘付けになっていた。

「玄鳥様……?」

 そして、心配そうに自分の名前をつむぐ唇にも……。

「あ……」

 玄鳥は甘く痺れるような感覚に捕まったまま、うっとりと目を細めた。

「日向子さん……」



 と。その時。



「おい日向子! 鍋噴いてたから火止めたぞ?」

 かなり乱暴にドアが開け放たれて、とてもよく知っている顔が現れた。

「まあ紅朱様、申し訳ありません。わたくしったら……」

 日向子は立ち上がるなり、ミトンをはめ直しながらとてとてとキッチンに走って行った。

 玄鳥はそれを呆然と見送り、それから部屋に残った人物を見やった。

「なんだ綾、結構平気そうじゃねェか」

 呑気な口調で評する実兄に、忘れていた左側頭部の痛みが一気に蘇った気がした。


「そうか……またこのパターンか……」














 ライブ中に昏倒した玄鳥が、日向子のマンションで目を覚ますまでの空白の時間はこうだった。










 結局メンバーの手で楽屋まで運ばれた玄鳥は、完全に意識を手放しており、顔色は蒼白だった。

 駆け付けた日向子まで青ざめてしまったほどに。

 しかし、最初あれだけ取り乱していた紅朱も、他のメンバーたちも意外と冷静な態度だった。

「……いつか倒れるんじゃないかと思ったよ」

 と万楼が呟く。

「最近かなり無理してたっぽいしね~?」

 蝉が溜め息まじりでそう言うと、その傍らで有砂が呆れ顔で口を開く。

「……マッド・ギタリストめ」

 日向子は思わず誰にともなく尋ねた。

「玄鳥様……そんなにご無理をなさっていたのでしょうか?」

「ああ。当人も自覚してなかったろうがな」

 代表するかのように紅朱が答えた。

「綾はバンドマンのくせに、普段やたら早寝早起きだし、三度のメシもきっちり摂って、規則正しい生活してやがる。
それが一旦練習や作曲活動にのめりこむと、文字通り寝食忘れて熱中しちまうとこがあってな」

「まあ、真面目な玄鳥様らしいですわね……」

 日向子がそう言うと、

「確かに真面目な奴だケド、それとはまた違うかも」

 蝉が苦笑いする。

「なんかもう、取り憑かれちゃってま~す、ってカンジ?
集中力マックスの玄鳥見たら、多分日向子ちゃん引くと思う……怖いんだって、マジで」

 随分大袈裟な物言いだと日向子は思ったが、誰一人それを否定する者もフォローする者もなく、一様に「なんか今怖いもの思い出しちゃった」という顔をしていた。

 紅朱は嘆息する。

「近頃は別件でも頭の痛い問題があって、対策を練ったりしてたしな……そんな時くらい他は手ェ抜きゃいいんだが……言っても聞かねェんだよ、このバカ」

 紅朱は少し苛立って見えた。

「こんなことになっても、起きたら普通に練習し始めそうだよね、玄鳥」

 万楼が苦笑いをしながら言うと、有砂は、

「いっそしばらくギター触れない環境に隔離したらどうや?」

 涼しい顔でわりと過激な提案を投げかける。

「ああ、案外そりゃいいかもな」

 紅朱は意外なほどあっさりとその提案を採用した。

「誰か3日くらいこいつ引き取れ」

「ボクのところは無理だよ。狭いから」

 万楼が真っ先にそう主張し、

「……これ以上やかましいんが増えるなんて冗談やない」

「……ってことなんで、うちもちょっとな~……紅朱んとこ連れてけばイイじゃん? 可愛い弟なんだから」

 同居コンビも難色を示した。

 紅朱はきっぱりと

「嫌なこった。面倒くせェ」

 情け容赦もなく拒否した。

「俺の生活習慣に朝から晩までダメ出ししやがるに決まってる」

 結局全員が引き取りたがらないのでは、仕方がないかと思ったせつな……。

「ではわたくしの部屋に来て頂きましょうか?」

 日向子が当たり前のように口にした言葉に、一同騒然となった。

「こっこら! 日向子ちゃん! きみは女の子なんだから簡単に男を部屋に泊めちゃダメっ!! 絶対ダメ!!」

「うん。ボクもあんまりよくないと思うよ……お姉さん」

 蝉と万楼はかなり真剣に反対し、有砂でさえも、

「……本気か?」

 と眉根を寄せた。

 だが紅朱だけは、

「いや、いいんじゃないか」

 ためらいもなく賛同した。

「女が相手ならわがまま言わずおとなしくするだろうし……日向子んとこのマンションは確か結構広かったよな?」

「はい、全く問題ありません」


「大アリだよ!!」

 綺麗にハモる蝉と万楼、有砂の溜め息もすっかり無視して、日向子と玄鳥の三日間同棲生活がここに大決定した。



「綾を頼むな? 日向子」

「はい! わたくしにお任せ下さい」












《つづく》
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「日向子さん……こんな時間にどうしたんですか?」

「申し訳ありません……玄鳥様、わたくし今夜はなんだか眠れませんの……」

「そうですか……実は俺もなんです」

「まあ……玄鳥様もですの……?」

「壁一枚隔てた部屋にあなたがいるんだと思うと、胸がドキドキして……」

「……わたくしも、同じ気持ちですの」

「……日向子さん……!」

「……玄鳥様……! がばぁっ、ぶちゅー……ってそんなのマジで絶対無理っ!! ありえなーい!!」

「ぶちゅー!? がばぁっはまだしもぶちゅー!? そんなことになったらボクはもう玄鳥と口きかない!!」

「おれはそんな、よっちんみたいなハレンチな子に育てた覚えはないぞっ玄鳥!!」

「あんなに真面目でいい子だった玄鳥が……有砂2号に……ううう」

「いや、今ならまだやり直せるっ! 玄鳥! 怒らないから戻っておいでっ、おれたちのところへ!!」

「玄鳥ーーっ!! カムバーック!!」





「……で? 救急車と霊柩車、どっちに乗りたいんや?」









《第4章 黒い寓話 -inferior-》【2】









 外野がファミレスで半狂乱で騒いでいた頃。
 当の玄鳥は実際、眠れない夜を過ごしていた。

 しかしそれは、周りが想像するほど色っぽい理由からではなかった。







「まあ、玄鳥様」

 日向子が後ろから声をかけると、玄鳥は、ドアノブにかけていた手を引っ込めて、ぎくっとばかりに肩を揺らして振り返った。

「あっ……」

「お出掛けになってはいけませんわ」

「いや……あの、一回だけ、ちょっと自宅に……」

「そうは参りませんわ。
 紅朱様からは、この3日間、玄鳥様もわたくしも一歩も部屋から出ないように、誰が来ても部屋に入れないように、と申し使っておりますのよ」

「そんな無茶な……」

 ほとんど過剰と思われる紅朱からの命令に、玄鳥は頭を押さえた。

「3日後は次のライブの当日じゃないか……兄貴はそれまで練習するなって言うのかよ……」

 玄鳥が夜更けにこっそり玄関へ向かった理由は、やはり帰宅してギターの練習をするためのようだった。

「いけませんわ……まだお倒れになってから半日も経っておりませんのに」

「倒れた……って、ただの睡眠不足と疲労ですよ。ライブを途中退場したのは俺の責任だし、申し訳ないと思ってます。
だからこそ練習を積んで次のライブでは失敗を取り返さないと。
それに日向子さんだってお仕事があるんじゃ……」

「いいえ、編集長様の許可を頂いて『玄鳥様に3日間密着取材』ということになっていますので」

「密着……ですか」

「密着です」

「密着……」

「あの……お顔が赤いですわ」

「えっ、いや……別に変な意味ではなくてっ」

 玄鳥は自らを落ち着けようとするかのようにふーっと息を吐いて、ぱしぱし、と自分の頬を叩いた。

「……確かに、たまにはいいのかもしれませんね。ギターから離れて気分転換っていうのも……」


 今だけ。
 この3日間だけ。

 ギターのことは忘れよう。

 日向子と過ごせる時間を大切にしよう。

 少なくともその時の玄鳥は本心からそう思っていた。













「これで少なくとも3日は、安全だろう。
外部との接触もないし、何かあった時はあいつが日向子を守れる」

 紅朱はふっと口の端を持ち上げた。

「時間稼ぎにゃ十分だ」

「ご協力ありがとうございます……紅朱さん」

「まあ、まさに棚からボタモチってやつだがな」

 コーラが入ったグラスをあおる紅朱に、連れの女は深く頭を下げた。

「本当に……ありがとうございます」

 深夜、カフェからバーに切り変わったいつものあの店のカウンター。
 肩を並べる二人は、どちらもここの常連で、どちらも日向子と縁の深い二人だったが、あまりに意外な取り合わせだった。

 一人は紅朱。

 そして、もう一人は……美々だった。

「でもいいんですか? 他の皆さんには説明しなくて……特に玄鳥さんは知っていたほうがいいんじゃ……」

「綾は隠し事がこの銀河系で一番ヘタクソな奴だ……いくら日向子でも何か感じちまうかもしれねェ。
日向子には知らせたくねェから、あんたは俺に相談してきたんだろ?」

「そうですね……出来ることなら日向子には知られたくないです。
わざわざ怖い思いや不快な思い、することないですから……」

「俺も同じだ。だから秘密がバレるリスクは極力小さくしたい」

 沈んだ表情でうつむく美々に、紅朱も笑みを打ち消して真剣な顔付きになった。

「……まだ届いてんのか? 例のメール」

「はい……1000通、2000通って数が毎日……送信先は違っても内容はほとんど同じ。
非会員制のネットカフェや公共の施設のパソコンを使ったりしてるみたいで……集団でやってることは間違いないですけど、どれだけの人間が関わってるのか特定もできません」

 紅朱は不愉快そうに、いささか手荒にグラスをテーブルを叩き付けるように置いた。

「こそこそと……卑怯者が。
『森久保日向子』をheliodor企画の担当から外してください。
外さなければ蓮芳出版の雑誌はもう二度と買いません……か。
ふざけたことぬかしやがる。あいつが何かしたってのかよ」

「1通、2通なら無視できてもこれだけの数じゃ……編集長も黙殺できないかもって言ってます。
早くなんとかしないと……日向子は降ろされます」

 紅朱はやり場のない苛立ちを持てあましたように、拳を握り締めた。

「……んな馬鹿な話が許されるわけねェだろっ」

 美々は、沈んだ顔付きのままで、それでもほんの少し微笑んだ。

「日向子のために、そんなに怒ってくださるんですね……」

「……俺はheliodorのリーダーとして、日向子を高く買ってるんだ。あいつは思った以上に変わった奴のようだからな」

「……誉めて、下さってるんですよね?」

「ああ。すごいんだ、あの女」

 紅朱は皮肉を言ったつもりは欠片もなかった。


「あいつの取材を受ける前と受けた後で、メンバーの顔が全然違うのはなんでだろうな……三人とも邪魔な荷物を一個、手放したような顔してやがる。あるいは……日向子がそれを背負うのを手伝ってやってんのかもな」

 紅朱は普段あまり人には見せないような、穏やかな優しい微笑を浮かべた。

「あいつはそのうち……俺や綾の荷物も、半分持ってくれんのかな……?」
















――綾くんはすごいね! また100点だね

――浅川がいてくれれば体育祭もうちのクラスがぶっちぎりだよな?

――お前、高校でも生徒会長やってんの? 流石だよなぁ。

――浅川くん、復学してはくれないか? 君程の逸材は学部中見渡しても二人といないだろうよ。

――今のheliodorの要は、ギターの玄鳥だな。あいつはマジで半端なく巧い!





――紅朱じゃなくてよかったぜ。お前みたいな勝ち目のない完璧な弟がいたんじゃ、兄貴として肩身狭すぎるもんな~?










「……違……う……」

 夢現で呟いた、自分の声で玄鳥は目を覚ました。

 意識が戻ってからも、垂れ流されるように独り言が口をついた。

「……違う……ちがう……」

 無意識に、ぎゅっと両手の拳を握り締めた。

「……俺は……まだ……勝ててない……」

 毛布がずるずるとベッドの下に落ちて溜る。

「練習……しなきゃ」










 ダイニングテーブルに朝食が並んでいる。
 ピーナッツバターを塗ったトースト、半熟なハムエッグ、トマトを添えたグリーンサラダ、それに野菜がたっぷりの温かいスープ。

「お口に合いますでしょうか?」

 日向子は、あのクリーム色のフリルエプロンをつけて、紅茶の準備をしながら玄鳥に尋ねた。

「はい……おいしいです。朝から日向子さんの手料理が食べられるなんて、俺、幸せ者ですよね……」

 玄鳥は実際、言葉通りとても嬉しそうではあったが、

「お顔の色、あまりよろしくありませんわ」

 日向子は心配になった。

「いや、平気ですよ……昨夜もあれからちゃんとすぐに寝たんです……」

 そうは言いながら、玄鳥は完全に欠伸を噛み殺しながらトーストをかじっている。

「枕が合わなくていらっしゃるのでは?」

「そんな、とんでもないです……日向子さんこそ、俺が寝室に居座っちゃってるから、ピアノ室で来客用の簡易ベッドで寝てるんでしょう?
今夜はもう交代にしませんか??」

「いいえ、わたくしは今のままで構いません。伯爵様のタペストリーを眺めながら就寝するのもなかなか素敵ですのよ」

「あはは……日向子さんらしいですね……」

 玄鳥はなんとも複雑な顔をしながらもとりあえず笑っておくことにしたようだ。

「じゃあせめて明日の朝食は俺に作らせて下さい。それこそお口に合うかわかりませんけどね」

「まあ、よろしいんですの?」

「はい……もちろん」


 初々しくも和やかな雰囲気に包まれる食卓。
 だがそれを打ち破ろうとするかのように、インターフォンのお呼びがかかる。

「まあ……こんな時間に来るのはきっと雪乃ですわ」

 日向子はいたって呑気にモニターに映し出される訪問者を確認しに行き、そして、一気に顔色を変えた。

「まあ、大変……!」

「どうしたんですか? 雪乃さんじゃなかったんですか?」

「いえ雪乃ですわ……でも一人ではありませんの」

 日向子は玄鳥を、とてもとても困惑した瞳で見つめた。

「……お父様が、一緒ですの」

「おとっ……っ、ゲホッ」

 玄鳥は思わずパンくずを喉につまらせ、目を白黒させる。














「応答がございません。お部屋にはいらっしゃらないのでしょう」

「こんな朝早くから……か?」

「お仕事の都合で早くお出掛けになることも最近では特に珍しくはございませんので」

「……ならば、出直そう。戻るぞ、漸」

「……はい。先生」

 いかにも気難しそうな初老の男はしかつめらしい顔をしながら、踵を返し、連れの先に立ってマンションを後にする。

 連れの眼鏡の青年は、気付かれないように密かな声音で「今回だけですよ、お嬢様」と呟いて、少しだけインターフォンのカメラに向けて会釈程度の礼をして、それに続いた。











「……大丈夫、どうやら諦めてお帰りになったみたい」

「よかったんですか? お父さんに居留守なんか使って……とか言ったところで、今部屋に入って来られたら確実に俺は殺されると思いますけど……」

「今はどなたも入らせないお約束ですもの、仕方ありませんわ」

 軽い罪悪感を覚えたのは確かだったが、日向子は降りきるように言った。

「そうでした……早く紅茶をご用意しなくてはいけませんわね?」







 








《つづく》
「……ああ、確認してくれないか?
一昨日の夕方から深夜にかけての、関東からのメールだ。
頼んだ。よろしく。じゃあな」


 携帯の終話ボタンを押した紅朱は、当然誰もいないと思って振り返った場所に、人がいたことに一瞬驚き、動揺したが、何事もなかったかのように、

「珍しく早いじゃねェか。有砂」

 声をかけた。

 有砂は恐らく「何か」勘付いているのだろうが、

「……ジブンが何を隠してようと別に、オレは一切興味あらへん……と、ゆうておくか」

 溜め息混じりにそう言って、紅朱のさし向かいに座った。

「……わざわざ詮索して首突っ込んでも、不要な面倒事を抱えるだけやからな……ましてや、それがジブンなら尚更や。
……なあ、リーダー?」

「ああ、そりゃ賢明だな」

 紅朱は今の今まで美々と繋がっていた携帯を手の中でもてあそびながら、ふっと笑った。

「……お前の好きそうな美人だけど、今はまだ紹介してやるわけにはいかねェからな」









《第4章 黒い寓話 -inferior-》【3】








 玄鳥と過ごす二日目の夜。
 日向子はがさがさとピアノ室にある大きな収納スペースをあさっていた。

 ここにあるものの半分以上は伯爵……「高山獅貴」とゆかりあるものばかりで、元来収集癖のある日向子は少しでも関係のあるものは何でも手を出し、ここに保管していた。

 今日は日がな玄鳥とリビングで過ごし、高山獅貴や、獅貴がかつて在籍していたmont suchtのDVDを見たり、CDを聞いたりしていたのだが、他にもっと玄鳥が喜ぶようなものはないかと探してみることにしたのだ。

「うふふ……明日も伯爵様のお話、たくさん伺えるかしら……?」

 日向子は上機嫌だった。
 玄鳥は伊達に「クリスタル会員」の肩書きを持っているわけではなく、日向子よりも遥かに知識豊富で、何よりミュージシャンとしての立場から語られる獅貴の話は日向子にはとても新鮮で、興味深いもの。

 そして日向子がいくらミーハーな発言や、妄想を交えた奇妙な見識を晒そうと、玄鳥は優しく笑って聞いてくれる。
 それどころか、

「そうか。ライブに来てるお客さん、ってそんなところまで見てるものなんですね……勉強になります」

 と、時には日向子のファン目線に偏った話でさえ真面目に受け止めてさえくれる。


 共通の趣味の話題……と言っても、二人が見ている世界は全く違い、同じことを語り合っても切口がまるで違う。

 玄鳥の話を聞いていると、日向子はどんどん自分の世界が広がり、また少し伯爵に近付けたような気さえした。

 それが、本当に嬉しく、楽しかったのだ。


 ほとんど時を忘れて発掘作業をしていた日向子だったが、不意に欠伸をしたことで、すっかり真夜中になっていたことに気付いた。

 もう零時は回っている。

「……玄鳥様……ちゃんとお休みになっていらっしゃるかしら?」


 日向子は作業を中断して、ほんの少しだけ寝室を覗いてみることにした。











 足音にさえも気を遣いながら、日向子は寝室のドアに歩み寄り、慎重にノブに手をかけた。
 ノックして声をかけようかとも思った、眠っているところを起こしてしまうのは気の毒だ。
 少しだけ様子を見るだけなら……そう思ってそっとドアを数センチ、開いた。

 部屋の灯りは消えていた。だが、ベッドサイドにあるオーディオコンポから青白い光が発せられていて、それが薄闇をぼんやりと照らし出している。

 その微かな光の中で、玄鳥はベッドの上に座っていた。

 日向子は「玄鳥様、そろそろお休みになって下さい」と声をかけようと一瞬思い、やめた。

 というより、その光景を前にして声を出すことができなかった。


 ベッドに座った玄鳥は、ヘッドフォンで何か曲を聞いているらしかった。
 静寂の中に響く音もれから、日向子にはそれが「mont sucht」の最初期の曲「sleepwalker」だと判別出来た。

 ということは、玄鳥は今それなりの爆音で聞いているということなのだろう。

 その爆音をなぞって、玄鳥は「ギターを弾いて」いた。

 実際にギターを持っているわけではない。

 だが、持っていることを錯覚させるほどの精密な動きで、玄鳥の指は何もない空間の、目に見えない弦を押さえ、弾く。

 透明なギターがそこにあるのではないかと、日向子は思った。

 見えざるギターを一心に奏でる玄鳥の表情は、今まで日向子が見たことのあるものとはまるで当てはまらないものだった。

 どこをとらえているともつかない眼差しは、瞬きすら忘れているかのように一切動かず、虚空を見つめている。
 玄鳥はほとんど無表情ではあったが、それ故に鬼気迫る雰囲気をかもし出していた。それでいて、妙に静かでもある。

 どこか普通の人間とは思えないような、不可思議な様子だ。

 日向子の頭の中に、先日の蝉の言葉がよぎった。



――確かに真面目な奴だケド、それとはまた違うかも

――なんかもう、取り憑かれちゃってま~す、ってカンジ?
集中力マックスの玄鳥見たら、多分日向子ちゃん引くと思う……怖いんだって、マジで



 「取り憑かれている」という表現はまさに、今の玄鳥にぴったりとハマる。

 平家の怨霊に魅入られた耳なし芳一は、多分こんなふうに琵琶を奏でていたのではないかと、日向子は思った。

 ぞっとするほどに美しく、儚げで……言い知れない不安をかき立てるような。

「……玄鳥様……」

 理由を説明できない涙が、日向子の頬を一滴、伝った。

「……お止めになって下さい」

 考えるより先に、日向子は寝室に飛込んで、見えないネックを握る玄鳥の左手に自分の手を重ねた。

 手を止めた玄鳥は、遠くを見つめるかのように動かなかった視線を、ゆっくりと日向子へとスライドさせた。

 自分の姿を映し出した双眸のあまりの冷たさに、日向子は心臓を掴まれたような思いがした。



「……邪魔、しないでくれないか?」



 瞳の色と同じ冷たい声。冷たい口調。



「……玄鳥様……?」


 これが本当にあの玄鳥なのか、と思った。


「……邪魔だって言ってるだろ? 早く、離せよ……」


 殺意にも似た強烈な敵意を剥き出した言葉に、日向子は玄鳥の左手を解放した。

 玄鳥はまた何事もなかったように日向子から視線を外し、「演奏」を再開する。

「玄鳥様……わたくしのこと、お判りにならないのですか……?」

 言いようのない哀しみに、また一雫、涙が落ちる。
 いつもの玄鳥なら、恐らくはみっともないくらいにうろたえて、必死に日向子を泣き止ませようと頑張るだろうに、今の玄鳥はもはや日向子のことなど視界に入れてすらいないのだ。

 泣いていようと、笑っていようと全く関心などありはしないというように。


「玄鳥様……」


 いくら呼んでも届くことはない。


 日向子は指の背で涙を拭い、それから、玄鳥のヘッドフォンにひたすら大音量の洪水を提供し続けるオーディオコンポにそっと手を伸ばし、震える指先でその電源を、落とした。


 ジャカジャカともれ出していた音楽が止まり、玄鳥の動きも、止まった。

 日向子はもう一度、玄鳥に静かに歩み寄り、そっとヘッドフォンを外した。

 途端に、こちらも電源が落ちてしまったかのように、玄鳥は瞳を閉じてゆっくり崩れた。

「玄鳥様……!!」

 倒れ込む上体を、日向子は受け止めようとしたが、受け止めきれなくて、一緒にベッドの真下の床に転がってしまった。

 呆然と床に寝たまま玄鳥を抱き締めていた日向子だったが、やがて規則正しい寝息が聞こえてきたことで、少しだけ安心した。

 起こさないように立ち上がり、流石にベッドに持ち上げることは無理なので、このまま布団だけでもかけてあげることにした。


 柔らかい毛布をふわりとかけた瞬間、玄鳥の唇がわずかに動き、言葉を紡ぎ出した。


「……練習……しな、きゃ……」


 そんな玄鳥の姿は、いっそ痛々しかった。

 もしかすると、昨夜もこんなふうに彼は「練習」していたのだろうか?

 そして恐らくは明日の夜も……。

 日向子は、このままではいけないと思った。

 一晩中こんなことをしていたら、元気になるどころかますます玄鳥は消耗してしまうに違いない。

 それに、あんな玄鳥を見るのは……とても、辛い。

 日向子はもう一度涙の跡を拭って、ピアノ室へと戻っていった。














「なんとなく、和食にしちゃったんですけど、大丈夫ですか?」

 テーブルの上には今朝も温かい朝食が並んでいる。

 白いご飯と、ネギと豆腐とワカメのみそ汁、焼き魚に、キャベツときゅうりの浅漬けと、胡麻とホウレン草のおひたし……。


 日向子はそれらごしに、玄鳥の顔をじっと見つめていた。

「……日向子さん?」

 玄鳥は少し困った顔を見せる。

「……そんなに見られると俺、その……」

 しどろもどろなそのリアクションに、日向子は心の底から深い安心を得た。

「……よかった……いつもの玄鳥様ですわ」

「……え?」

「いいえ……なんでもありませんわ。
お食事、とても美味しいです。玄鳥様は本当に、お料理がお上手でいらっしゃいますのね?」

 いきなりべた褒めされた玄鳥は思いきり照れて赤面しながら、

「母の手伝いとか、昔からよくしてましたから……結構、楽しいですよね? 料理も」

「ええ、わたくしもお料理は好きですわ」

「いいものが出来れば嬉しいし、人に食べてもらって喜んでもらえればもっと嬉しい……それに、やればやるほどど上達するでしょう?
そういう意味だと、ギター弾くのと似てるかもしれないですね」

 「ギター」という言葉に、日向子は魚の身をほぐしていた箸を一瞬休めた。

「……玄鳥様、ギターお好きでいらっしゃいますのね」

「え? まあ、それはそうですよ。ギタリストですから」

「……どうしてギターを始められたのですか?」

 日向子の問いに玄鳥は一瞬不思議そうな顔をしていたが、

「ああ、取材ですね」

 そう解釈して、納得したように笑った。

「ギターは、兄貴が弾いてたから俺も始めようと思ったんです」

「紅朱様が……空手の時と同じですのね?」

「はい。……俺が何か始める時は大体いつもそうなんです。子どもの時からずっとそんな感じで。
兄貴にはしょっちゅう怒られてましたね。『なんでもかんでも俺の真似してんじゃねェよ』って」

 二人のやりとりがすんなり想像できて、日向子は思わずくすっと笑ってしまった。

「紅朱様を慕っていらっしゃいますのね?」

「えっと……慕ってる、って表現は何か今更気持ち悪いですけど……すごい人だってことはわかってるし、認めてますよ」

 なんとはなしに気まずそうな顔をしながら、それでも玄鳥は自信を持っている様子で言った。

「……多分……世界中で一番、兄貴のすごさを理解してるのは俺だと思いますよ」










《つづく》
 それは、声なき密談。


《編集部から何かリアクションは?》

《いや、まだ何も動きはないと思います》

《やり方がぬるいんじゃないの?》

《確かに上に働きかけて『森久保日向子』を降ろさせる、なんてまだるっこしいよね》

《脅かして、自分から辞退させるべきだ》

《一体何をネタに脅すワケ?》


《ネタなんて、いくらでも作れるでしょ》

《そうね》

《……まあ後一日、様子を見よう》


《あlfrふuiq》



「シュバルツ。悪戯はよしなさい」


「うにゃ」

 キーボードを踏み荒らす子猫を抱き上げて、黒い瞳の美少女はその手の中に閉じ込めた。


「……この人たち。またくだらないことを始めるみたい」










《第4章 黒い寓話 -inferior-》【4】









「そうです……ココとココを一緒に押さえて……角度はこういうふうに」

「て、手が攣りそうですわ……」

「あ、辛かったら一度離して休んで下さいね」

「はい、そう致しますわ」

 日向子は左手をひらひらと振りながら、

「わたくし、ギターの才能もないのかしら」

 と、暗い声で呟いた。

「最初はそういうもんですから……落ち込まないで下さいね?」

 そう囁く玄鳥の笑顔に、日向子も笑ってみせた。

「はい……レッスンを続けて頂けますか? 玄鳥先生」

 リビングのソファーに座った日向子は、黒光りする新品同様のエレキギターを抱えていた。

 玄鳥は少し遠慮がちに日向子の左手を取って、

「じゃあ今のをもう一回」

 6本の弦へと導き、正しい位置へと案内する。


 このギターも、手にしているピックも、日向子がコレクションしていたあ「高山獅貴」モデルのものだった。

 弾けもしないギターを、「高山獅貴」とつくだけで買ってしまったことを話すと、流石の玄鳥も苦笑いしてしまったが、

「それなら、せっかくだから弾いてあげて下さい。手伝いますから」

 と、日向子にギターを教えることを提案し、日向子もそれを喜んで受け入れた。

 日向子は内心ほっとしていた。

 昨夜、玄鳥の奇行とも言える有り様を目撃した日向子は、ピアノ室に戻ってこのギターを引っ張り出した。

 玄鳥のためには、家に帰らせて、昼間存分に練習させてあげるのが一番いいとは思ったが、紅朱との約束は破るわけにいかないので、せめて多少なりとギターに触らせてあげたいと考えたのだ。

 実際、日向子に指導している玄鳥は水を得た魚のように活き活きとして見える。

 まあこの場合、単純にそれだけの理由でもないのだが、日向子には気付きようもないことだった。

「……こうですの?」

「はい……もう少しだけ、しっかり押さえて」

 日向子の小さい手を上から包むようにして教えている玄鳥の顔は、ずっと赤く染まったままだ。

「……玄鳥様は教え方がお上手でいらっしゃいますわね?」

「え、そ……そうですか?」

「玄鳥様も紅朱様からギターを教わったりなさったことがありまして?」

「……ないですよ。俺、ギターやってること三年前まで黙ってましたから」

「え?」

「休憩がてら、話しましょうか」

 玄鳥はそう言って、一度日向子から手を離して、隣に座った。

「兄貴がバンドやって唄を唄いたいって言い出したのが中学生の頃で。
父さんが大反対だったもんだから、浅川家は戦争状態だったんですよ。
結局兄貴は高校卒業してすぐ家出同然で上京しちゃって。
とてもじゃないけど誰にも言い出せるような雰囲気じゃなかったんです」

 玄鳥は笑いながら話してはいたが、その当時はさぞ大変だったに違いない。

 一方で日向子は、自分と同じように、やりたいことを貫いたがために父親とぶつかって家を出た紅朱に、親近感を抱いてもいた。

「だけどいつか頃合いを見たら両親にちゃんと話して、俺もバンドやるつもりでした。
出来れば、兄貴とは違うバンドがよかったんですけどね」

「まあ、どうしてですの?」

 日向子が意外そうに目を丸くすると、玄鳥は少し複雑な表情をあらわした。

「……兄貴と、勝負したかったんです」

「勝負……?」

「俺が兄貴のやってることを自分もやりたくなるのは、兄貴に勝ってみたいっていう願望からなんです。多分ね」

 日向子が玄鳥の新しい一面を……その根幹をなす思いを知った瞬間だった。

「兄貴は好奇心は旺盛なんだけど、実はかなり飽きっぽい人なんです。
何を始めても、俺が兄貴のレベルに到達する前にはやめちゃいますから。
そうなると俺は、逆にどこで止めていいかわかんなくなるんです」

「どこで止めていいかわからない……ですか」

「どんなに上達しても、『もし兄貴が途中で止めずに続けていれば、今の俺よりずっと上に行ってるに違いない』って、考えてしまうから。
みんなは、そんなの思い込みだ、お前のほうがずっとセンスがあるよ、なんて言ってはくれますけど……。
俺はそんなことじゃ全然納得できなくて、何も達成感を得られないまんまひたすら練習を続けてしまうんですよね」

 日向子の脳裏に、昨夜の玄鳥の姿がフラッシュバックする。
 心臓の真ん中がきゅっと苦しくなった。

「いつか、どんなことでもいいから兄貴とちゃんと勝負して……勝ちたい。
そう願い続けた俺にとって、兄貴が音楽っていう特別なものを見つけたことは本当に嬉しいことで……兄貴は音楽だけは途中で投げることはない、って思いましたから。
兄貴がバンドやるなら、俺も別のバンドやって……それで勝負しようって決めてたんです」

「でもそうはなりませんでしたわね?」

「はい。兄貴は……ギターが弾けなくなってしまいましたから」











「……そうか。やっぱりそこだけ異常に数が少ないんだな。
わかった……また、連絡する」

 携帯を切った紅朱は、舌打ちをして、何色のカーペットがしかれているのかすら判別不可能なほどちらかった室内を、物を蹴散らしながら移動して、ベッドに倒れ込んだ。

 握りしめていた携帯を投げ捨てるように手放すと、仰向けの格好で、一本蛍光灯が切れたままの天井を見上げた。

「……そういうことかよ。ただの噂じゃなかったわけだな……」













「3年前。兄貴はバイク事故で怪我して、その後遺症でギターが弾けなくなったって……言われてます」

 玄鳥は含みのあるいい回しをあえて選び、その理由も後につけてきた。

「……でもメンバーは口にはしなくても、みんな、なんとなくわかってて。
怪我が理由なら兄貴は諦めたりしないで、克服しようとする筈ですから。
兄貴が弾けなくなったのは、本当は精神的な理由だろうって」

「精神的な……理由」

 3年前の出来事で、紅朱を追い詰めるようなことといえば、日向子には思い当たることがひとつあった。

「粋さんの……ことですか?」

「……多分、そうです」

 玄鳥はまるで自分のことかのように、辛そうに目を伏せた。

「俺は弱ってる兄貴を見るの、辛くて……だから、つまらない対抗心は封印しなくちゃって思ったんです。
兄貴のかわりに俺が、ギター弾こうって……兄貴の右腕になろうって決めたんですよ。
父さんには兄貴の時の百倍くらい猛烈に反対されましたけど……でも、決意は揺るがなかったですから」

 そう言い切る玄鳥の言葉には迷いも偽りもないのがよくわかった。

 けれど日向子は、昨夜の玄鳥を見てしまった。

 きっとあれもまた玄鳥のひとつの真実。

 紅朱を側で支えたい、という新しい願いの陰でくすぶっている……満たされない気持ち。

 兄との勝負がつかない限り、玄鳥はいくら練習を積み、いくら巧くなって、誰から称讚されたとて、永遠に心休まることはないのかもしれない。


「いつか……紅朱様がギターを弾けるようになったら、勝負したいですか?」

 日向子の問掛けに、玄鳥は少し考えて、答えた。

「どうでしょうね。単純に技術だけならブランク明けの兄貴とじゃ、流石に勝負にならないだろうし……。
勝負するなら、俺がheliodorを抜けて新しいバンドでも組むしか……」

「えっ……」

「いや、冗談ですよ! 本気にしないで下さい」

 うっかり口走った言葉への日向子の反応が予想以上に大きかったため、玄鳥は少しうろたえる。

「……まあ、時々そんなことをちらっと考えることもなくはないです。
……実は、すごい人から誘いの声がかかったこともあったりましたからね……。
だけど俺は今、heliodorのギタリストですから。
個人の感情を優先して、たくさんの人を裏切るようなことはするべきじゃないんです……」

 日向子は頷いたが、内心はかなり複雑だった。

 玄鳥の言っていることは正しい。

 正しいが、それでは玄鳥はいつ報われるのだろうか?

 玄鳥はいつまでも、報われない心を封印していけるのだろうか?


 昨夜、わけもわからず流れ落ちた涙の意味が、今の日向子にはわかるような気がした。

 一心に見えないギターを奏でる玄鳥の姿は、怖くもあったが、純粋に美しかった。

 別人のようなあの瞳は、どこか遠くを映していた。

 玄鳥がいつか……あの時見つめていた遠い場所へ、行ってしまうような予感がした。


 だから、涙が出たのだ。

 玄鳥にもそんな日向子の気持ちがいくらか伝わったらしく、逆に労るような優しい眼差しで日向子を見つめてきた。

「俺のことで悩んだりしないで下さい。
俺は結局、heliodorが好きなんですよ。だから、ずっと今のバンドで弾いていきます。
……日向子さんが応援してくれるなら尚更、頑張らないといけないし」

 まだ笑顔に戻らない日向子に、玄鳥はそっと左手の小指を差し出した。

「指切り、ってちょっと子どもっぽいですかね?」

 照れたように笑う。

「日向子さんを悲しませるようなことは絶対にしないと今、ここで、約束します。
だから、あなたは笑っていて下さい」

 その言葉に、日向子もそっと左手を差し出した。

「ではわたくしは、玄鳥様の今のお言葉を信じることをお約束致しますわ」

 ようやく微笑んで、それから、ゆっくりと指先を近付けていった。

 小指と小指が、静かに絡まり合う。





「ゆびきりげんまん……」


 無邪気な誓約。



 けれど二人はそれを、信じた。



 またゆっくりと指と指が離れる。
 玄鳥は今更のようにどんどん顔を紅潮させる。

「やっぱり……ちょっと恥ずかしいですね」

「うふふ」

 日向子は自分の左手の小指を右手で包み込んだ。大切なものを匿うかのように。

「そうだ、日向子さん。言い忘れましたけどね、ギターに関しては俺、他にも目標にしてる人がいるんですよ」

 恥ずかしさを振り払いたいのか、少し早口で玄鳥が切り出した。

「まあ、どなたですの?」

 興味津々な日向子に、玄鳥はきっぱりとその名を告げた。


「鳳蝶(アゲハ)です。伝説の、mont suchtの初代ギタリスト」

「鳳蝶様……ですか」

 それは、mont suchtの最初期、わずか一年にも満たない間、活動していたという人物。
 日向子や玄鳥が生まれる前の出来事で、希少なデモテープこそ残っているものの、その人となりを知る者はほとんどいない。

「mont suchtのギターは何人も替わったけど、やっぱり鳳蝶の音が一番だと思いますから。
アゲハ蝶って英語でスワロー・テイルっていうでしょう?
だから俺は玄鳥、ツバメを意味する名前にしたんです」

「ツバメ……ですか」

 感心したように何度も首を上下する日向子に、玄鳥はまだ赤らみが消えない顔で笑いながら、こう続けた。

「鳳蝶が偉大な『鳳(オオトリ)』なら、俺はまだまだちっぽけな『玄鳥(ツバメ)』なんです」











《つづく》
「……ん?」

 今日のイベント会場まであと100メートルといったところで、紅朱は思わず足を止めた。
 歩道の真ん中にちょこんと猫がたたずんでいる。

 黒い仔猫だ。

 まだ生まれて何ヵ月といったところか?
 お行儀よく座って、大きな金色の瞳でじっと紅朱を見ている。

「……あっち行けよ。縁起悪ィな」

 紅朱が睨んでも逃げようとはしない。

「なんだよ、飼い猫か……?」

 しゃがんで手を伸ばして銀色の首輪を確認しようとした時、

「その子、私のよ」

 後ろから声。

 氷と氷がぶつかり合ったような、澄んで凛とした声だった。

 振り返ると紅朱よりいくらか年下くらいの少女が立っていた。

 ゴシックロリータで全身を包んだ、サラサラした直毛の真っ黒な長い髪が印象的な美人だった。
 瞳の色も吸い込まれそうな漆黒で、本当に血が通っているのか怪しいほど真っ白な肌との対比が美しい。

 紅朱は少女に向き直って、首をつまみ上げるようにして仔猫を差し出した。

「飼い主なら、ちゃんと管理しとけ。車道にでも出たらどうすんだ」

 美少女は無表情で猫を受けとると、

「……首謀者はイヅミって子よ」

 美しい声で言う。

「どこかで会わなかったか、聞いてみるといいわ」

「……なんだって??」

 紅朱は、無表情なまま黒い生き物を手の中で遊ばせる少女をいぶかしげに見つめた。

「『森久保日向子』をちゃんと守りなさい」

「……お前、なんか知ってんのか?」

 少女は黒猫を抱いて、険しい顔をしている紅朱の横をすり抜けていった。

「……『森久保日向子』はいずれ鍵になるわ」


「待てよ」

 紅朱は少女の肩を掴んで引き留める。

「意味わかんねェことだけ言って去るな」

 少女は紅朱を首だけで振り返る。

「つッ」

 あどけない顔をした黒猫の爪が、紅朱の手を容赦なく引っ掻いた。

「うにぁ」

「痛ェな……」

 紅朱が手を引くと、少女はまた進行方向へと向き直った。

「……気安いわ。私たちはあなた程度の自由には出来ないの」

 結局言いたいことだけ言って去っていく少女の後ろ姿を、紅朱は睨んでいた。

 本能が、警戒しろと言っている。

 刻まれた爪痕に、彼の髪の色と同じ、深紅がにじんでいた。






《第4章 黒い寓話 -inferior-》【5】









「どういたしましょう。またお父様ですわ」

 日向子が見つめるモニターには、またしてもしかめっ面の初老の紳士が映っている。

 今回は連れはいない。

「困りましたね」

 すっかり出掛ける支度を整えた玄鳥は困惑した表情で同じ画面を見つめた。

「機材を積んでハコまで行くにはもう出ないと……リハに間に合わないかもしれないですね」

 長いような短いような3日間が終わり、この部屋に別れを告げて、ライブ会場に向かわなくてはいけない玄鳥。

 もちろん日向子とともに向かうつもりだったのだが、今二人で出て行くのはあまりにも危険だった。

 日向子の父がいるオートロックの正面口を避けて、裏から回ったとしても、駐車場に行けば鉢合わせるかもしれない。

「玄鳥様、お先に出て下さい。本日は雪乃も来られないとのことですけれど、わたくしはお父様がお帰りになってから、一人で会場に向かいますわ」

「……そう、するしかないですかね」

 玄鳥は心底残念そうに嘆息した。

「……でも日向子さん、この3日間本当にありがとうございました」

「こちらこそ、色々なお話を伺えてとても楽しかったですわ。
また、いつでも遊びにいらして下さいね」

 玄鳥はちょっと現金に思われるほどにわかに機嫌を回復し、いつもの照れた顔で笑った。

「はい!」














「おはようございます」

 軽い挨拶の声とともに楽屋入りした玄鳥は、一瞬にして襲いかかってきた2人の仲間たちに容赦なく両腕をホールドされて捕獲された。

「玄鳥クロトくろとっ! どっ、どうだった!? どうだったワケよっ!?」

「玄鳥はもう、大人の階段を登ってしまったの? ねえ、そうなの?」

「……蝉さん、万楼……あの、どうしたんですか? 一体……」

 よくわからないが何か必死な二人に詰め寄られ、どうしていいかわからず、立ち尽くす玄鳥を、有砂が同情するような目で見つめた。

「難儀な連中やな……」

 眠そうに口癖を呟く有砂に、状況説明を求めようとした玄鳥だったが、それより早く、

「綾」

 少し離れたところで、紅朱が口を開いた。

「日向子はどうした? 一緒に来たんだろ」

「いや……日向子さんならあとから一人で」

「一人で?」

 紅朱は腰かけていたパイプの椅子から立ち上がり、明らかに静かな怒りを込めた目を実弟に向けながら、つかつかと歩み寄ってきた。

「バカ野郎。今日が一番危ねェってのに一人にしてどうすんだ!」

「……兄貴?」

「ったく……何のために側に置いたかわかんねェだろうが」

 玄鳥は今自分がなぜそんなに怒られているのかわからなかったし、実際玄鳥には直接的に非はなかったのだが、紅朱は、

「リハは俺抜きでやってくれ。本番までには戻る」

 早口で言い捨てて、鉄砲玉のように楽屋を飛び出した。

 それをただ呆然と見送っていた玄鳥だったが、我に返ると、いきなりの出来事で身体から離れた二人と、それともう一人に、

「俺はリハまでに戻りますから」

 と言い残し、風のような早さで兄の後を追った。














「あの……おっしゃっている意味がわたくしには判りかねるのですが……」

 いつもの白いバッグを胸の前で持って、日向子は小首をかしげていた。

「だからさー、ちょっと付き合ってって言ってんだよ」

「楽しいところに連れてってあげるからさ♪」

「ねえ、いいじゃん☆」

 今日heliodorが出演するライブハウスへ向かう途中の細い路地で、日向子は一瞬にして数人の男たちに囲まれた。

 いかにも柄のよろしくない雰囲気のチンピラ崩れのような男たちは、チープな脚本に沿ったかのような台詞をめいめいに口走りながら、馴れ馴れしい軽薄な笑顔を見せる。

「あの、わたくし少し急いでおりますので……お誘いになるなら他の方を当たって頂きたいのですけれど……」

 当惑しながらも日向子はあくまで丁寧に頼んでみたのだが、

「そんなこと言わないでよ。ほら、おいでって」

 少し乱暴に腕を掴まれてしまう。

「あのっ……」

 叫ぼうとした口も塞がれてしまった。


「来てくんないと困るんだよ。もう前払いで半分金貰っちゃってるしさ」

「そうそう。大丈夫、ちょっとラブホでも入って写真撮るだけだからさ」

「オールヌードでね♪」

「ははははは」

「……!」

 日向子の思考回路は激しくスパークして、正常に働く状態ではもはやなかった。

 男たちの言葉の意味さえ理解できなかったが、ただ大きく邪悪な意志が自分に向けられ、呑み込もうとしていることだけを感じとっていた。

「……っ……」

 助けて。誰か。

 声に出来ない叫びを上げて、きつく目を閉じた。

 と。


 ぷしゅーっ。


 妙な音がして、冷たい水飛沫が頬にかかった。

「わ、冷てぇっ!!」

「なんだこりゃっ、げーっ」

 掴まれていた手と、塞がれていた口がいきなり自由になった。
 驚いて目を開けると、服や髪を濡らした男たちが騒いでいた。

 一体何が起きたのか?


「走れ! 日向子!!」


 そのよく知る声で、はっと我に返る。

 中身のなくなったコーラのボトルが足元をコロコロ転がっていく。

「早く! こっちだ!!」

 日向子は促されるままに駆け出した。


「あ、逃げるなよっ」

「待てこら!!」


 男たちの手をすり抜けて、さしのべられていた手を必死で掴む。

「逃げるぞ、日向子」

「紅朱様……!!」

 鮮やかな紅の髪を晩秋の風になびかせながら、紅朱が日向子の手を取った。

 けして離れないよう、強く強く握って走る。

 日向子はその速さについていくのに必死にならざるをえなかったが、その手の力強さだけははっきり感じていた。

 小柄な身体のわりに大きくてしっかりした手の感触。

 日向子はそれを、心から頼もしく思っていた。


 一方の男たちも急いで日向子たちを追い掛けようとした。

 しかし。

「ここは、通さない」

 立ちはだかった者がいた。

「な、なんだてめぇは」

「とっととどけ!」

 口々にうるさくがなる男たちを、静かに睨みつけて、黒髪に白いメッシュの青年は、きっぱりと言い放った。

「あの人を傷つけようとするなら、俺は絶対に許さない。
命が惜しくないならかかって来いよ……」















「はあ……はあ……」

「……大丈夫か? 悪ィ、無理に走らせちまったな」
「……はぁ……はぁ……いいえっ……あのっ……はぁ……はぁ……」

「無理に喋るな。息が整ってからにしろ。ここにいりゃ、とりあえず安全だしな」

 紅朱の言葉に頷いて、日向子はまずゆっくりと息が整うのを待ち、だんだんと落ち着いたところで、キョロキョロと周りを見回した。

 無我夢中で飛込んだその空間は、かつて日向子が一度たりとも踏み込んだことない未知の世界だった。

「……紅朱様、あの、ここは……?」

 日向子の問いに、紅朱は少しだけ気まずそうに言った。

「……ラブホ」

「らぶほ?」

「……ラブ、ホテルって言やわかんのか?」


 日向子の目は、点になった。


「あの……えっと……らぶほてる、といいますと……あの……らぶほてるでしょうか……?」














「……まるで『狂戦士(バーサーカー)』ね」

「……あ」

 深くはないが浅くもないだろうダメージを受けたならず者たちが逃げて行った後。

 駆け付けた警察に軽く聴取を受け、終わって、一人になった玄鳥に呼び掛けてきたのは、あの少女だった。

「半分は八つ当たりに見えたけれどね」

「……なんですか、八つ当たりって」

「自覚がないのね」

 仔猫が緻密なレースをあしらった肩の上でぐいんと伸びながら欠伸する。

「にゅう」

 玄鳥はその様を見ながら、

「……お久しぶりです。ライブ、見に来てくれたんですか? 望音(モネ)さん」

 努めて普通の口調で語りかけた。

「いいえ。そろそろ気が変わったかと思って会いに来ただけよ」

 少女は能面のような顔で囁く。

 玄鳥は苦笑して、首を横に振った。

「いいえ」

 約束と柔かな温もりを記憶している左手の薬指を、右手で包みながら。

「そう」

 少女……望音は淡々と言い放って、仔猫のシュバルツを撫でてやりながら玄鳥に背中を向けた。

「また会いましょう、浅川綾」








 細い路地から大通りに出た望音は、路肩に停車していた黒いクーペに歩み寄り、ウインドウがわずかに開いた運転席を覗き込んだ。

「困ったものね、あなたの『鵺(キメラ)』は。まだ自分がただの『玄鳥(ツバメ)』と信じているみたい。
そんな器に収まる器量ではないと、いつになったら自覚してくれるのかしらね」

「……とりあえず、お乗りなさい、『唄姫(ディーヴァ)』。彼が絡むと君は本当にお喋りになる」

 運転席から返ってきたのは、上質なワインより心地良く人を酔わせる甘い美声だった。

 望音はその美声にすら表情を変えることなく、助手席のドアにゆっくり手をかけ、静かな声で囁いた。


「……ええ。行きましょう。伯爵」















《第5章へつづく》
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