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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「……ああ、確認してくれないか?
一昨日の夕方から深夜にかけての、関東からのメールだ。
頼んだ。よろしく。じゃあな」


 携帯の終話ボタンを押した紅朱は、当然誰もいないと思って振り返った場所に、人がいたことに一瞬驚き、動揺したが、何事もなかったかのように、

「珍しく早いじゃねェか。有砂」

 声をかけた。

 有砂は恐らく「何か」勘付いているのだろうが、

「……ジブンが何を隠してようと別に、オレは一切興味あらへん……と、ゆうておくか」

 溜め息混じりにそう言って、紅朱のさし向かいに座った。

「……わざわざ詮索して首突っ込んでも、不要な面倒事を抱えるだけやからな……ましてや、それがジブンなら尚更や。
……なあ、リーダー?」

「ああ、そりゃ賢明だな」

 紅朱は今の今まで美々と繋がっていた携帯を手の中でもてあそびながら、ふっと笑った。

「……お前の好きそうな美人だけど、今はまだ紹介してやるわけにはいかねェからな」









《第4章 黒い寓話 -inferior-》【3】








 玄鳥と過ごす二日目の夜。
 日向子はがさがさとピアノ室にある大きな収納スペースをあさっていた。

 ここにあるものの半分以上は伯爵……「高山獅貴」とゆかりあるものばかりで、元来収集癖のある日向子は少しでも関係のあるものは何でも手を出し、ここに保管していた。

 今日は日がな玄鳥とリビングで過ごし、高山獅貴や、獅貴がかつて在籍していたmont suchtのDVDを見たり、CDを聞いたりしていたのだが、他にもっと玄鳥が喜ぶようなものはないかと探してみることにしたのだ。

「うふふ……明日も伯爵様のお話、たくさん伺えるかしら……?」

 日向子は上機嫌だった。
 玄鳥は伊達に「クリスタル会員」の肩書きを持っているわけではなく、日向子よりも遥かに知識豊富で、何よりミュージシャンとしての立場から語られる獅貴の話は日向子にはとても新鮮で、興味深いもの。

 そして日向子がいくらミーハーな発言や、妄想を交えた奇妙な見識を晒そうと、玄鳥は優しく笑って聞いてくれる。
 それどころか、

「そうか。ライブに来てるお客さん、ってそんなところまで見てるものなんですね……勉強になります」

 と、時には日向子のファン目線に偏った話でさえ真面目に受け止めてさえくれる。


 共通の趣味の話題……と言っても、二人が見ている世界は全く違い、同じことを語り合っても切口がまるで違う。

 玄鳥の話を聞いていると、日向子はどんどん自分の世界が広がり、また少し伯爵に近付けたような気さえした。

 それが、本当に嬉しく、楽しかったのだ。


 ほとんど時を忘れて発掘作業をしていた日向子だったが、不意に欠伸をしたことで、すっかり真夜中になっていたことに気付いた。

 もう零時は回っている。

「……玄鳥様……ちゃんとお休みになっていらっしゃるかしら?」


 日向子は作業を中断して、ほんの少しだけ寝室を覗いてみることにした。











 足音にさえも気を遣いながら、日向子は寝室のドアに歩み寄り、慎重にノブに手をかけた。
 ノックして声をかけようかとも思った、眠っているところを起こしてしまうのは気の毒だ。
 少しだけ様子を見るだけなら……そう思ってそっとドアを数センチ、開いた。

 部屋の灯りは消えていた。だが、ベッドサイドにあるオーディオコンポから青白い光が発せられていて、それが薄闇をぼんやりと照らし出している。

 その微かな光の中で、玄鳥はベッドの上に座っていた。

 日向子は「玄鳥様、そろそろお休みになって下さい」と声をかけようと一瞬思い、やめた。

 というより、その光景を前にして声を出すことができなかった。


 ベッドに座った玄鳥は、ヘッドフォンで何か曲を聞いているらしかった。
 静寂の中に響く音もれから、日向子にはそれが「mont sucht」の最初期の曲「sleepwalker」だと判別出来た。

 ということは、玄鳥は今それなりの爆音で聞いているということなのだろう。

 その爆音をなぞって、玄鳥は「ギターを弾いて」いた。

 実際にギターを持っているわけではない。

 だが、持っていることを錯覚させるほどの精密な動きで、玄鳥の指は何もない空間の、目に見えない弦を押さえ、弾く。

 透明なギターがそこにあるのではないかと、日向子は思った。

 見えざるギターを一心に奏でる玄鳥の表情は、今まで日向子が見たことのあるものとはまるで当てはまらないものだった。

 どこをとらえているともつかない眼差しは、瞬きすら忘れているかのように一切動かず、虚空を見つめている。
 玄鳥はほとんど無表情ではあったが、それ故に鬼気迫る雰囲気をかもし出していた。それでいて、妙に静かでもある。

 どこか普通の人間とは思えないような、不可思議な様子だ。

 日向子の頭の中に、先日の蝉の言葉がよぎった。



――確かに真面目な奴だケド、それとはまた違うかも

――なんかもう、取り憑かれちゃってま~す、ってカンジ?
集中力マックスの玄鳥見たら、多分日向子ちゃん引くと思う……怖いんだって、マジで



 「取り憑かれている」という表現はまさに、今の玄鳥にぴったりとハマる。

 平家の怨霊に魅入られた耳なし芳一は、多分こんなふうに琵琶を奏でていたのではないかと、日向子は思った。

 ぞっとするほどに美しく、儚げで……言い知れない不安をかき立てるような。

「……玄鳥様……」

 理由を説明できない涙が、日向子の頬を一滴、伝った。

「……お止めになって下さい」

 考えるより先に、日向子は寝室に飛込んで、見えないネックを握る玄鳥の左手に自分の手を重ねた。

 手を止めた玄鳥は、遠くを見つめるかのように動かなかった視線を、ゆっくりと日向子へとスライドさせた。

 自分の姿を映し出した双眸のあまりの冷たさに、日向子は心臓を掴まれたような思いがした。



「……邪魔、しないでくれないか?」



 瞳の色と同じ冷たい声。冷たい口調。



「……玄鳥様……?」


 これが本当にあの玄鳥なのか、と思った。


「……邪魔だって言ってるだろ? 早く、離せよ……」


 殺意にも似た強烈な敵意を剥き出した言葉に、日向子は玄鳥の左手を解放した。

 玄鳥はまた何事もなかったように日向子から視線を外し、「演奏」を再開する。

「玄鳥様……わたくしのこと、お判りにならないのですか……?」

 言いようのない哀しみに、また一雫、涙が落ちる。
 いつもの玄鳥なら、恐らくはみっともないくらいにうろたえて、必死に日向子を泣き止ませようと頑張るだろうに、今の玄鳥はもはや日向子のことなど視界に入れてすらいないのだ。

 泣いていようと、笑っていようと全く関心などありはしないというように。


「玄鳥様……」


 いくら呼んでも届くことはない。


 日向子は指の背で涙を拭い、それから、玄鳥のヘッドフォンにひたすら大音量の洪水を提供し続けるオーディオコンポにそっと手を伸ばし、震える指先でその電源を、落とした。


 ジャカジャカともれ出していた音楽が止まり、玄鳥の動きも、止まった。

 日向子はもう一度、玄鳥に静かに歩み寄り、そっとヘッドフォンを外した。

 途端に、こちらも電源が落ちてしまったかのように、玄鳥は瞳を閉じてゆっくり崩れた。

「玄鳥様……!!」

 倒れ込む上体を、日向子は受け止めようとしたが、受け止めきれなくて、一緒にベッドの真下の床に転がってしまった。

 呆然と床に寝たまま玄鳥を抱き締めていた日向子だったが、やがて規則正しい寝息が聞こえてきたことで、少しだけ安心した。

 起こさないように立ち上がり、流石にベッドに持ち上げることは無理なので、このまま布団だけでもかけてあげることにした。


 柔らかい毛布をふわりとかけた瞬間、玄鳥の唇がわずかに動き、言葉を紡ぎ出した。


「……練習……しな、きゃ……」


 そんな玄鳥の姿は、いっそ痛々しかった。

 もしかすると、昨夜もこんなふうに彼は「練習」していたのだろうか?

 そして恐らくは明日の夜も……。

 日向子は、このままではいけないと思った。

 一晩中こんなことをしていたら、元気になるどころかますます玄鳥は消耗してしまうに違いない。

 それに、あんな玄鳥を見るのは……とても、辛い。

 日向子はもう一度涙の跡を拭って、ピアノ室へと戻っていった。














「なんとなく、和食にしちゃったんですけど、大丈夫ですか?」

 テーブルの上には今朝も温かい朝食が並んでいる。

 白いご飯と、ネギと豆腐とワカメのみそ汁、焼き魚に、キャベツときゅうりの浅漬けと、胡麻とホウレン草のおひたし……。


 日向子はそれらごしに、玄鳥の顔をじっと見つめていた。

「……日向子さん?」

 玄鳥は少し困った顔を見せる。

「……そんなに見られると俺、その……」

 しどろもどろなそのリアクションに、日向子は心の底から深い安心を得た。

「……よかった……いつもの玄鳥様ですわ」

「……え?」

「いいえ……なんでもありませんわ。
お食事、とても美味しいです。玄鳥様は本当に、お料理がお上手でいらっしゃいますのね?」

 いきなりべた褒めされた玄鳥は思いきり照れて赤面しながら、

「母の手伝いとか、昔からよくしてましたから……結構、楽しいですよね? 料理も」

「ええ、わたくしもお料理は好きですわ」

「いいものが出来れば嬉しいし、人に食べてもらって喜んでもらえればもっと嬉しい……それに、やればやるほどど上達するでしょう?
そういう意味だと、ギター弾くのと似てるかもしれないですね」

 「ギター」という言葉に、日向子は魚の身をほぐしていた箸を一瞬休めた。

「……玄鳥様、ギターお好きでいらっしゃいますのね」

「え? まあ、それはそうですよ。ギタリストですから」

「……どうしてギターを始められたのですか?」

 日向子の問いに玄鳥は一瞬不思議そうな顔をしていたが、

「ああ、取材ですね」

 そう解釈して、納得したように笑った。

「ギターは、兄貴が弾いてたから俺も始めようと思ったんです」

「紅朱様が……空手の時と同じですのね?」

「はい。……俺が何か始める時は大体いつもそうなんです。子どもの時からずっとそんな感じで。
兄貴にはしょっちゅう怒られてましたね。『なんでもかんでも俺の真似してんじゃねェよ』って」

 二人のやりとりがすんなり想像できて、日向子は思わずくすっと笑ってしまった。

「紅朱様を慕っていらっしゃいますのね?」

「えっと……慕ってる、って表現は何か今更気持ち悪いですけど……すごい人だってことはわかってるし、認めてますよ」

 なんとはなしに気まずそうな顔をしながら、それでも玄鳥は自信を持っている様子で言った。

「……多分……世界中で一番、兄貴のすごさを理解してるのは俺だと思いますよ」










《つづく》
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