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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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『んー……あぁ、ごめん。今日と明日もちょっと都合つかないなぁ……』

「そう、ですか……わかりました」

 通話がそっけなく切断された携帯を握って日向子は溜め息をついた。

 このところ蝉が忙しいらしいことは有砂から聞いて知ってはいたが、やはり時間を作ってもらうのは難しいようだった。

「今回の企画は蝉様抜きでいくしかないのかしら……」

 溜め息が静かにもれたその時、コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。

「……お嬢様。そろそろご用意をなさって下さい」

「……雪乃……はい、今参りますわ」

 携帯をテーブルの上に置いて、日向子は立ち上がった。

 鏡の前で一周くるりと回ってみだしなみを確認する。

 赤いイブニングドレスの肩に、淡いピンクのファーショール。

「少し派手……かしら」










《第6章 11月のキャロル -May I fall in love with you?-》【3】










「いいえ、大変品良く着こなしておられます」

 先刻の独り言をそのまま投げ掛けると、雪乃は大変無難なリアクションを返してきた。

「ありがとう、雪乃。あなたも素敵ですわよ」

 しっかりと正装した雪乃にエスコートされて、日向子はあまり得意ではないヒールをカツカツ鳴らして歩みを進める。

「お父様の代理でパーティーに出席するのも久々ですわね」

「相変わらず、華やかな席は苦手でいらっしゃいますか?」

「ええ……なんとはなしに品定めされているようで……」

 肩をすくめて笑う。

 ドレスで飾り立て、釘宮の名を背負って社交の場に出て、レディらしくそつなく大人の付き合いをこなす……日向子には肩の凝る役目だった。

「それにしてもお父様は、今回は国内にいらっしゃいますのに、どうしてご出席なさらないのかしら」

「先生は……お仕事がございますから」

「わたくしにもお仕事はありましてよ」

「それは存じておりますが、今夜のところは私の顔を立てては頂けませんか?」

 生真面目な顔で問う雪乃に、日向子は首を縦にした。

「わかっていますわ。それに……雪乃とワルツを踊るのは好きですの。足を踏んでしまっても許してくれますものね?」

「……ええ」

 短く答える雪乃の横顔には、どこか翳りが見える。

「……どうかしましたの? お身体の具合でも?」

「いいえ……特には」

 ほとんど完璧なポーカーフェイスを誇る雪乃ではあったが、このところ日向子は、以前より雪乃の感情の動きを察することができるようになってきていた。

 雪乃のほうにわずかな隙が出来てきたのか、日向子のほうが鋭くなってきたのかはわからないし、あるいは両方なのかもしれない。

 この時も日向子は、半分直感的に彼が隠し事をしていることを悟っていた。

「……何か、困っているならわたくしにも相談して下さいね」

「……どうぞ、お気遣いなさらず」

 そっけない答えに、日向子はそれ以上何も聞くことができなくなってしまった。












「はい、そのように父に申し伝えますわ」

「ええ、そうして下さいな」

「それにしても、日向子さん、随分お綺麗になられて」

「本当に、高槻さんもどこに出しても恥ずかしくないとご自慢に思っていらっしゃるのでは?」

 日向子は立て続けに向けられる奥さま方の「社交辞令」をいつものように謙遜と笑顔でかわしていたが、

「ところで、日向子さん。私共の長男の達彦が、是非日向子さんをお招きするようにとこのところうるさく申しておりますの」

 と一人が切り出した途端、空気が変わった。

「日向子さん、それより私共の息子と……」

「出来の悪いせがれですが、是非……」

 いきなり奥様連中は目の色を変えて、自分の子息を猛烈に売り込み始めた。

 日向子は「はあ」「ええ」「機会があれば」などと曖昧に答えながら、完全に圧倒されつつあった。

 そればかりではなく、

「日向子さん、始めまして。私は勅使河原勝昭と申します。かねてより釘宮先生にはお世話になっておりまして……」

「あなたが釘宮高槻先生のご令嬢でいらっしゃいますか? お話に聞く以上に可憐で優雅な方だ」

「こんばんは、日向子さん……赤いドレスが大変よくお似合いですね」

 日向子と同じか少し上の世代男性たちがよってたかって話しかけてくる。

 そして。

「是非、私とダンスを」

「いいえ、私と!」

「私と踊って下さい」

 争うようにさしのべられる手に、日向子は思わず、

「も、申し訳ありません……また後程……!」

 逃げた。











 今夜のパーティーはどうも何かがおかしいと日向子も気付いた。

 よく見れば来賓は適齢期の男性か、適齢期の息子を持つ奥様方ばかりだ。

 フロアから逃れ出て一息ついていた日向子に、

「……お嬢様、お戻り下さい」

 雪乃が歩み寄る。
 どうやらあとを追ってきたようだった。

「……雪乃……あなた、何か知っているでしょう?」

 日向子の問掛けに、雪乃はあくまで冷静な口調で答える。

「先生はこのところお嬢様がお仕事に根を詰めておられる様子なのをご心配なさっております。
お嬢様には一日も早く、釘宮の令嬢に相応な家のご子息とご縁談を……」

「……では今日のパーティーははじめから、結婚相手の候補を集めて、わたくしに選ばせることが目的ですのね……?」

「……はい」

 日向子はカツンとヒールを鳴らして雪乃に詰め寄った。

「雪乃も、わたくしは今すぐ仕事を辞めて、結婚するべきだと思っていますの?」

 雪乃は日向子の真っ直ぐな視線を受け止めて、静かに告げた。

「……先生がそう望まれるというなら、私には何も意見申し上げる権限はありません」

「お父様に意見しろと言っているのではありません! ……あなたがどう思っているのが、あなたの本心が聞きたいだけです……!!」

 真剣に声を震わせて問う日向子に、雪乃は無言のままその目を、そらした。

「……もう、結構ですわ」

 日向子は悲しみを込めて雪乃を見つめ、ドレスをひらりと翻した。

「……どちらへ?」

 問いには答えず、雪乃に背を向けたままフロアとは逆の方向へ。

「……お嬢様!!」

 振り切るように、逃げ出した。















 溜め息がまた一つ、夜風に溶けた。

 噴水庭園を臨むバルコニーは、寒々しい真冬の二十日月に淡く照らされ、ブルーグレーの影を作る。

「……雪乃は、わかってくれていると思っていましたのに……」

 最近は、口ではお説教してきても、日向子の仕事のことは理解してくれていると信じていただけに、雪乃の冷たい態度がショックでならなかった。

 日向子にとっては家同士の繋がりのためによく知らない相手と婚約することも、そのために仕事を辞めることも許容し難いことだ。

「……わたくしの味方は……この家にはいないのかしら」




「……こんばんは、ジュリエットちゃん」





 ふと、明るい声が孤独な静寂を破った。


「こんなところにいたんだ? 探しちゃった」


 日向子は手摺から思わず身を乗り出した。

「蝉様……!?」

 カジュアルなジャケットを身に付けたオレンジの髪の青年が庭園に立って、日向子のいるガーデンを見上げていた。

「違う違う、ロミオだよ♪」

 おどけてみせる蝉に、日向子は目をしばたかせる。

「何故ここにわたくしがいると? どうやってお屋敷の中に? それに今夜はお忙しいと……」

「そりゃあ、今日のおれはロミオだからさぁ、どんな障害があってもヘーキなワケよ」

「あの……全く答えになっていないような……」

「いいじゃん。おれはキミに会いたかったし、キミもおれに会いたかったんじゃないの?」

「は、はい」

 日向子はあまりにも予想を越えた展開に、まだ混乱していたが、完全に蝉のペースにのせられていた。

「……こっちにおいでよ、ジュリエットちゃん?」









「ふうん……政略結婚ってやつかあ。イマドキまだそんなんあるんだね~」

「そうですの……時代錯誤も甚だしいと思いますでしょう?」

 石造の噴水の外縁に腰掛けて、水音と月光がつくる幻想的な空間で二人はくっついて並んでいた。

「日向子ちゃん、マジで絶対負けちゃダメだよ!」

 蝉は、日向子が誰かに言ってほしかった言葉を臆面なく告げた。

「日向子ちゃんはバリバリ記者の仕事頑張って、いつか心から好きになった一番大事な人と結婚しなよ!!」

 けれど、そう言い切った後で何故か蝉の表情に微かな影が生まれた。

「蝉様……?」

 心配になった日向子は蝉の顔を覗き込む。

 蝉は日向子の眼差しを受けて不意に苦笑した。

「おれ、ズルイわ」

「……え?」

「ズルイ。超ズルイよ」

 蝉は長くて綺麗な指先をのべて、日向子のサイドの髪にそっと触れた。

「……『おれ』には無関係だから言えるんだよね。こんな無責任なこと、軽々しくさ……」

「蝉様……」

 苦しげに視線をそらした仕草が、先刻の雪乃と何故か一瞬重なって見えた。

「……キミの将来のことはさ、おれからは何にも言えないよ……おれの不用意な言葉で、マルかバツかの答えを出しちゃダメだ」

 髪に触れていた指が、頬にかかった。

「おれには何も言えないけど……だけど、キミの幸せを願ってるよ。それだけは、100パーセントの本心だから」


 強い思いを感じる輝く双つの瞳に、日向子は吸い込まれるように見入っていた。

「……そう、ですわね……何も言わない、という形でしか表せない誠意もありますのね……」

 雪乃を責めていた暗い気持ちが、ゆっくりと消えていく。

 日向子の立場は第三者が簡単に結論を出せるほど簡単ではない。

 ましてや釘宮家に深く関わる雪乃には、安易な発言は許されない。

 日向子を守るためにも……。


「……さて、難しい話はここまでにして、と」

 蝉は努めて明るく笑う。

「なんでもおれの願い事、聞いてくれるんだよね?」

「え、ええ」

 いきなり頭の隅においやっていたクリスマス企画の話を持ち出され、日向子は一気に我に返る。

「じゃーさ」

 蝉は頬に触れていたその手で日向子の手をとった。

「おれと踊ってくれる? ジュリエットちゃん」

 指先に唇を落とす。

 日向子は思わずどきりと、胸が高鳴るのを感じた。

「……ええ、喜んで。ロミオ様」


 月明かりに照らされた庭園で、フロアから流れる円舞曲に合わせて、二人は踊り始めた。

 こなれたステップを踏む蝉に、どこでダンスを覚えたのかと聞いても「ロミオだからだよ」と受流すばかり。

 全く不思議な、夢のような時間だった。


 それが瞬く間に終わってしまうと、日向子は少し名残惜しさを感じながら蝉から離れた。

「……戻らなくては。今日は雪乃の顔を立てる約束ですの」

「そっか……おれも、人に見付かる前に戻るよ。今日は、ありがと。マジで楽しかったよ♪」

「ええ、わたくしも……お会い出来てよかったですわ」

 笑って手を振る蝉を何度も何度も振り返りながら、日向子は魔法の庭園を後にした。






「またあとでね、ジュリエットちゃん♪」

















「雪乃」

「はい」

「聞きわけのないことを言って困らせてごめんなさい」

「……いえ、私こそお嬢様のお心に沿えなかったことをお詫び致します」

「いいの。わかっているから」

「……左様で、ございますか」

「ねえ……雪乃?」

「はい」

「あなた、先程から足を少し引きずっていませんこと?」

「……はい。これは、その……先程、ワルツのパートナーの方にヒールで思いきり踏まれてしまいましたので……7度ほど」

「まあ……可哀想に。では今夜はわたくしとのダンスは無理かしら?」

「いえ……お望みとあらば。私は、何度でも……」














《つづく》
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