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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「……緋色のスパイス、はまんま過ぎるな……」

 斜線を引く。

「……緋色の、シュガー」

 訪れたばかりの夜に、呟きが吸い込まれる。

「……緋色のハニー、のほうがいいか……いや」

 ノートに書き込んでは、書いた側からそれを線で潰す。

「……緋色の……ポイズン……? 悪くないか」

 丸で囲む。

「……Bメロはこんな感じだな……」


 いつものように無造作に垂らした真っ赤な長髪をかき上げて、一息ついた。

 室温で温くなったコーラをあおる。


 ちょうどその時、バイブに設定していた携帯電話が視界の端でブルブル振動しながら光始めた。

 掴んで引き寄せると、一番最近登録したナンバーからの着信だった。

 ひとまずコーラのボトルは置いて、通話ボタンを押す。

「……どうした? 日向子」

《紅朱様でいらっしゃいますか!? 大変ですの、万楼様が……万楼様が……!!》

 予想もしない緊迫しきった声音に、紅朱は眉根を寄せた。

「落ち着け。万楼がどうした?」

 日向子の上擦った声に耳を傾ける紅朱の顔は一瞬にして青ざめていった。

「……意識不明……!……?」









《第1章 人魚の足跡 -missing-》【4】









「命に別状はないそうですわ」

「……顔色も、思ったよりよさそうでよかった」

 玄鳥は安堵の溜め息をついた。

「蝉さんと有砂さんには俺から連絡したから、もうすぐ来ると思います」

 緊急病院のベッドに横たわる万楼は、瞳を閉じても端正な美貌を無防備に晒して寝息を立てている。

「で、原因はなんだ」

 苛立った様子で紅朱は一歩日向子ににじり寄った。

「なんでこうなった?」

 紅朱は作詞作業をしていた時の部屋着のジャージ姿のままだった。

「はっきりとはわからないのですけれど……カレーに入れた材料のうちのどれかがアレルゲンだったのではないかと、お医者様がおっしゃってましたわ」

「アレルゲン?」

「はい。万楼様は以前にも、食品アレルギーで病院に搬送されたことがあるとおっしゃっていましたし……その可能性が高いのではないかと。
特定は出来ておりませんけれど……」

 日向子は今にも泣きそうな顔でうつむく。

「わたくしの責任ですわ……」

「そんなことないですよ!」

 思わず声が大きくなってしまう玄鳥だったが、すぐにそれが不適切であると気が付いてトーンを落とした。

「誰だって予想もしないでしょう……こんなこと」

 日向子を安心させようと穏やかな口調で話し、そっとか細い肩に手を置いた。

「……万楼だって日向子さんを責めたりしないですから、心配しないで」

「ありがとう、ございます……」

 日向子もようやくわずかに微笑を返した。

 玄鳥は今更照れを感じて、日向子に触れていた手を引っ込めた。

「……俺、なんか甘い物買って来ます。起きたら欲しがるだろうし。メロンソーダ、あるかな……」

 そうして玄鳥は小走りで病室を出て行った。

 残された紅朱と日向子はしばらくつっ立ったまま黙っていたが、しばらくして日向子が口を開いた。


「紅朱様」

「……なんだ」

「もしも」

 日向子は真っ直ぐ紅朱を見つめた。

「万楼様が目を覚まされなかったらどうなさいますか?」

「日向子っ」

 瞬間、紅朱はかつてないほど強烈な勢いで日向子を睨んだ。

「お前っ……縁起でもないこと言ってんじゃねェよ……!!」

「お静かに……」

「……っ」

 日向子は、万楼の寝息が途絶えないのを確認するように寝顔に一度視線を落とした後、再び紅朱を見た。

「けれどもしかしたら……このショックがきっかけで万楼様の記憶がお戻りになるかもしれませんわ」

「なっ」

 紅朱は驚愕の面持ちで日向子を見返した。

「お前……」

「もしそうなれば……棚からぼたもち、とてもラッキーですわね」

「……ラッキー……だと?」

 紅朱は日向子に詰め寄り、その両肩を掴んだ。玄鳥がしたのとはまるで違う、荒々しい仕草で。

「ラッキーなわけねェだろッ!? お前いい加減にしろよ!!」

「痛……ッ」

 その力の強さに日向子は小さく悲鳴を上げた。

「仲間の身が危険に晒されたことがなんでラッキーなんだ!?
記憶が戻るかどうかなんて今はどうだっていいだろ!?」

 日向子は苦痛に顔を歪めながらも、まだ紅朱を真っ直ぐ見つめていた。

「……万楼様が大切ですか?」

「くだらないこと聞くな……!」

「大切ですわね?」

「大切じゃないわけねェだろ……!!」

「誰の替わりだからでもなく……?」

「当たり前だ!!」



「……だ、そうですわ、万楼様」



「そう。リーダー、そんなにボクのこと好きだったんだ」



 日向子の肩を掴んでいた両手はいきなり脱力した。

 紅朱はあっけにとられた様子でベッドを凝視していた。

 日向子は痛みの余韻に耐えながらも笑みを浮かべて、ベッドを振り返る。


 大きな二つの瞳が、そんな二人を映して揺らめいている。

「……大切だ、って思ってくれてたの……?」

 万楼の桜色の唇が、微笑を形づくる。頬は薔薇色に染まっていた。

「ほら、わたくしが言った通りになりましたでしょう?」

「うん……でもお姉さん、痛かったんじゃない?」

「ええ、少しだけ。紅朱様、本気でお怒りなんですもの」

 と言いながら、日向子は本当に嬉しそうだった。

「万楼様は胸を張っていいのです。昔は、違ったかもしれない。これからのこともわかりません。
けれど今、heliodorのベースは……大切な仲間は、万楼様だけですのよ」

「……うん」

 万楼はうっすらと涙の滲む目を手の甲で拭って、跳び上がるようにして上体を起こした。

「ボク、感動した。リーダー、ありがとう!」

 当のリーダーはまだ固まったまま、呆然としている。

「……どういうことだ……何が起きてる?」

 日向子と万楼は視線を合わせて笑いあった。


「ごめんなさい、紅朱様」

「全部、嘘だったんだ」












「毒……」

「え? お姉さん、そこで真剣な顔しないで。洒落にならなくなるよ?」

「……万楼様、わたくし今……いけないことを思いついてしまいましたの」

「……いけないこと?」

 ぐつぐつと湯気を立ち上らせる鍋にルーを割り入れながら、日向子は「いけないこと」について話し始めた。

 日向子の家が懇意にしている病院に協力してもらい、万楼が緊急入院したという芝居をする。
 その時の紅朱の反応を見れば、実際万楼をどう思っているかわかるのではないか?

 そしてそれはそのまま、かつて少年時代の万楼を失望させた状況をなぞっている。

 その時と違う結末になれば、万楼は救われるかもしれないと日向子は思ったのだ。

 もちろん、賭けに負ければ万楼はもっと傷付くかもしれないが……。

「わたくしは、紅朱様なら大丈夫だと信じられますわ」

「……どうして?」

「お優しい方だからです」

 日向子は鍋をかき回しながら微笑する。

「そういうキャラでは売ってない、そうですけれど」









「……じゃあ何か、お前たちは病院ぐるみの壮大なドッキリで俺をハメたのか」

「……お怒りでいらっしゃいますか?」

 日向子はおずおずと紅朱の顔を覗き込む。

「……お前は本当に、無茶苦茶な奴だな……怒る気も失せる」

 紅朱は深く嘆息して目を半眼した。

「紅朱様は本当にお優しい方ですわね」

「だからッ、優しいとか言うなッ!!」

「ねえ、リーダー。『大切じゃないわけねェだろ……!!』っていうのもっかい言ってよ」

「二度と言うかッ……!!」

「大丈夫ですわ、万楼様。ちゃんと残ってます」

 日向子はスーツの左ポケットから愛用のICレコーダーを覗かせた。

「いつでも再生可能ですわよ」

「なっ……!! なんて悪質な嫌がらせしやがんだ!! 勝手に録ってんじゃねェ!! 消せッ」

「うふふ。では、力ずくでわたくしから奪取なさいますか?」

「……あのな、女に力ずくなんて手段使えるわけねェだろ」

「ほら、お優しい」

「お優しい言うな~ッ!!」

 髪の色がそのまんま降りてきたかのように顔を真っ赤に染めたバンドのリーダーと、限りなくマイペースな無敵の令嬢のきりなく続く掛け合いを眺めがら、万楼は心から笑って、笑いながら、また少しだけ目をこすった。


「……ねえ、本当に……ボク、嬉しかったよ」










 じきに病院スタッフが厳重注意しにやって来るに違いない、騒々しい病室をスライド式のドアの隙間からそっと伺う2つの影があった。

「……なんや、ホンマにジブンの仕業ちゃうかったんやな」

「……当たり前じゃん。どこの世界に自分のバンドの仲間を毒殺するキーボーディストがいるわけ?」

「手段なんか選んでる暇なんてない、んやろ?」

「そりゃ確かに言ったけどさ~……今回おれが渡したのはガチで普通にスパイスだから。
せっかくならおいしいカレー作って食べさせてやりたいじゃん……今まで縁が無かったんだからさ」

 蝉と、有砂だった。

「それ……『スノウ・ドーム』の自家製スパイスやろ? ジブンにとっては『おふくろの味』ってとこか」

「そんなカンジ。そういえば、粋が気に入ってよくせびってきたな~。万楼たちは使ったかな……気に入るといいんだケド」

 そう言って笑う蝉を、有砂は少し冷ややかに見ていた。

「……ホンマ、悪になりきれん悪役やな、ジブン」

「うっ」

 ばつが悪そうに頭を垂れる蝉を、有砂が斜め上から見下ろし、小馬鹿にしたように笑う。

「案外……お前より、令嬢のほうがよっぽども策士かもしれへんで……なあ、雪乃……?」

「はいはい……その呼び方はあのコ限定ね」

 蝉は斜め上を見上げてぺろっと舌を出した。

「でもマジで言えちゃってるかもしんないね~……あの父にしてこの娘ってカンジ? DNA怖ッ、みたいな」

 蝉の顔に一瞬、暗い影がよぎる。
 それは「蝉」ではない、もう一つが顔を出した。

「……だけど釘宮の後継はおれなんだよ。この椅子を守るためには、何人たりともお嬢様には指一本触れさせないからな……」

「……それは、難儀なことやな……」




「……二人とも、なんで中に入らないんですか?」


「うわッッ……!!」

 蝉は前ぶれなく後方から掛けられた声に、遮蔽物には最適な有砂の長身の陰に隠れた。

 コンビニで買った大量のケーキとジュースを持った玄鳥がただ一人、何も知らずに呑気に帰って来たのだ。

「玄鳥っ、今の話聞いてた?」

「話? いえ……なんですか?」

「聞いてないならいいんだケドね」

 胸を撫で下ろす蝉とは対称的に、有砂はあからさまに不快そうに顔を歪めた。
 それに気付いた玄鳥は大して意味はないと知りながら、手荷物を背中に隠す。

「……ケーキの匂い、キツイですか? 有砂さんのコーヒーも買ってありますから」

「……吐き気がしそうやな」

 蝉は苦笑して頭を振る。

「マジで極端だよね。うちのリズム隊。お菓子しか食べないのと、お菓子が食べれないのと……さ」

















《つづく》
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