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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「なんだ、まだ誰も来てねェのか」

「はい、紅朱様が一番乗りですわ」

 突発クリスマスパーティーの最初の客が着いた時、日向子はパーティーの会場として解放するピアノ室の準備を進めていた。

 といっても料理や何かは買い出し部隊が到着するまで用意できないため、テーブルを用意した以外は、少し物を動かしたり、掃除したりという程度だが、紅朱は壁の色が他と違う一角を目にとめて、

「日向子、アレは撤去したのか?」

 と問うた。

 アレとは以前訪問した時に見た、日向子の大切なタペストリーのことだ。

「ええ、今夜は」

 日向子がそう答えると、紅朱は苦笑した。

「あんまり俺に気ィ使うな……後で綾に睨まれちまうだろうが」











《第10章 吸血鬼 -baptize-》【3】










 やることはやりつくした日向子は、簡易ベッドをソファーがわりにして、座っていた紅朱の横に人一人分くらいの間隔を空けて座った。

「皆様遅いですわね」

「ああ。綾たちは美々を迎えに行ったから仕方ねェが、蝉と有砂は何やってんだろうな。
まさか久々の再会に号泣しながら抱き合ってるわけでもねェだろ」

 冗談で言ったわりに、実はなかなかいい線をついている。

「まあ、あいつらの遅刻癖は今に始まったことじゃなかったか……」

 などと言いながら、日向子から見ても紅朱はすこぶる機嫌がよさそうだった。

「やっと全員でカウントダウンライブの練習が出来ますね?」

「……ああ、そうだな」

 もしもあのまま蝉がheliodorを離れてしまっていたら、紅朱は粋の時と同じように心に深い傷を負ってしまったに違いない。

 もちろん紅朱だけではない。
 他の仲間たちも、そして日向子も。

 5人揃ってこそのheliodor。
 誰が欠けたheliodorも見たくはないと、今、日向子は改めて感じていた。

「……そういや、ホテル出る前に、お前の親父さんに声かけられたぞ」

「まあ、お父様が……?」

 よもや式でのことを咎められたのではないかと不安になってしまった日向子に気付き、紅朱は軽く首を横に振った。

「別に説教されたわけじゃねェよ。睨まれはしたが……あれはあの人のデフォルトなんだろ??」

「ええまあ……では何を言われたのですか?」

 紅朱はふっと目を細めて小さく笑う。

「よろしく頼む、ってよ。蝉のこと」

「……まあ」

「よくわかんねェけど、緩和されつつあるんじゃねェか? 親父さんのロックバンド嫌い」

「……そうだと嬉しいのですけどね」

 日向子は肩をすくめて笑った。

 実際はロックバンドが嫌いであることには変わりはないのかもしれない。
 だが高槻は蝉の選択を認め、紅朱の心意気を認めたのだろう。
 そして仲間たちの絆と、日向子の願いも……。

「まあ、有砂の親父とすら親しく付き合えるくらいだから、意外とキャパが広いのかもな」

「そうですわね」

 これにはあっさりと躊躇いなく同意する。

「わたくしは今回の一件で父を色々な意味で尊敬するようになりましました」

「だろうな……まあ、それにしても、お前の婚約が延期になってほっとしたぜ。かなりヒヤヒヤしたからな」

「ヒヤヒヤ……ですか」

 日向子が何の気なしに反芻すると、紅朱は何故かはっとしたように一瞬大きく目を見開き、

「いや、ヒヤヒヤってのは……その……お前が寿退社なんかされちまったら、heliodorの記事は誰が書くんだ、って話になんだろーが」

「もしそうなったら、美々お姉さまが後任になって下さると思いますから、ご心配にはおよびませんわ」

「……そりゃあ、美々は信用できる相手だとは思うが……」

 紅朱は深く息を吐いて、日向子を見つめる。

「俺が認めたheliodorの担当記者はお前なんだ。
特集の連載が終わっても、お前にはずっと俺たちの行く末を見てってほしい」

「紅朱様……」

「……いいよな?」

「……はい」

 思いもかけず、真剣な口調で告げられた言葉。

 それはベッドの上というシチュエーションもあいまって、日向子にいつかの停電の夜を思い出させていた。

 逃げ込んだ個室の中で、身を寄せ合って。

 失いかけた自信を取り戻させてくれたのは紅朱の力強い優しさと、伝わる体温。

 少し不器用で誤解を受けやすい性格だけれど、仲間のため、夢のため、家族のために紅朱はいつもひたむきだった。

 今ならそれは父親の高槻と同じ生き方だと理解できる。

 高槻とは血の繋がった親子でありながら幼い頃より、親子らしい交流などほとんどなかった。

 かつては母も健在で、雪乃や小原、他の使用人たちにも囲まれて。

 それでもどこかで寂しさを感じていた。

 街を歩く、自分と同じくらいの子どもが父親と手を繋いで楽しそうに歩いているのが羨ましかった。

 父親の大きな手に包まれたいと思っていた。

 そんな時に現れたのが「伯爵」だった。

 あるいは探し求めていた父性を伯爵の中に見ていたのかもしれない。

 だからずっと追い掛けてきたのだろうか……?


 求めてやまなかったのだろうか??



 それはわからないが、あの停電の夜に紅朱にはっきり認めて貰ったことがあんなにも嬉しかったのは、彼に父の面影を重ねたからだ。それだけは確信出来る。

 本当に認めてほしかったのは父だったのだから。


 反発しつつも渇望した、父という大きな存在。
 

 それを理解出来た今、日向子はまた新たな気持ちで伯爵への想いや、紅朱との関わりを見出していけるような気がしていた。

 父親の代替ではなく。

 もっと別な……。

「どうした? 日向子」

「いえ……」

 怪訝な顔をする紅朱に、クスリと微笑む。
 ふと、相変わらず艶やかで綺麗な彼の深紅の髪に目がいく。

「紅朱様……また、おぐしに触らせて頂けませんこと?」

「は? いいけど……あれから、まだ大して伸びてねェぞ?」

「近くで見ているとどうしても触りたくなってしまいますの」

 日向子は空いていた人一人分の距離をすり寄り、そっと手を伸ばして、紅の絹糸のような髪に指先で触れる。

「……紅朱様のおぐしは相変わらずお綺麗ですわね」

 髪を撫でながらうっとりしたように笑みを浮かべる日向子に、紅朱は何故か落ち着かない表情で視線を泳がせる。

「……そんなに好きなのかよ。変な奴だな……」

「うふふ、ですけれど……女としてはほんの少し嫉妬してしまいますわね」

「なんでだ? お前だってこんなに……」

 紅朱は思わず日向子の髪に触れて、すぐに離した。

「あ、悪ィ」

「……紅朱様?」

 日向子は更に距離を詰めて、紅朱の顔を覗いた。

「……なんだかいつもとご様子が違いますわ」

 いつも真っ直ぐ日向子をとらえていた紅朱の鋭利な刃物を思わせる2つの瞳が、今日は何故か明後日のほうばかり見ている。

「……別に何も違いやしねェよ」

 いつも耳に心地好い美声が、心なしか上擦っている。

「でも……」

 更に言い募ろうとした時、ベッドの傍らに無造作に置かれたままの日向子の携帯が着信を告げる。

 着信音が毛嫌いしている男の新曲であることにも構わず、紅朱は、

「ほら、電話だぞ。早く出ろよ」

 と救いを得たような安堵の色が滲む声で告げる。

「あ、はい……では失礼致します」

 日向子はほんのわずかな引っ掛かりを感じながらも、促されるままに携帯電話に手を伸ばした。

「あら……編集長様ですわ」

 ディスプレイを確認して、通話ボタンを押す。

「はい、森久保です……はい……」

 編集長が、携帯ごしに妙に興奮した口調で早口にまくし立てるのを相槌を打ちながら聞いていた日向子は、やがて相槌を忘れ、瞬きすら忘れ、呆然とした表情になっていた。

「日向子……? どうした?」

 紅朱も異変を察し、小声で問うが、それすら気付かない様子の日向子。
 どうやらそのまま一方的に通話は終了してしまい、やがて携帯を持つ手を静かに下ろした。

「……日向子!?」

 少し強い口調で再度問う紅朱。

 日向子ははっと我に返り、紅朱をゆっくりと見た。

「……伯爵様が、RAPTUSの取材をお受けになると……」

「……高山獅貴、が?」

 眉間に皺を寄せる紅朱。日向子は困惑したような声で更に続ける。

「……取材記者に、名指しでわたくしを……」

「……お前を担当にしろ、ってのかよ」

「にわかには信じられないことなのですが……わたくしのheliodor特集記事を読んで下さって、大変気に入って頂けたようだと編集長が……」

「……へえ……よかったじゃねェか。もっと喜んだらどうだ?」

 紅朱は多分に含みのある口調でそう言った。
 しかし日向子は素直に受け止めて、目を伏せた。

「はい……でも……」

 日向子にとってそれは、あまりにも現実離れした展開だった。
 
 伯爵の元へ続く長い旅の第一歩だと思っていた初めての大役であったheliodorの特集連載。
 それがいきなり当の伯爵の目にとまってしまうなど、誰が予想していただろうか?

 予想だにしない途方もない奇跡に直面すると、人間の感情はなかなか追い付いてこないものらしかった。

 日頃人を疑うことなどほとんどない日向子も、まだどこかで「担がれているのではないか?」と疑わずにはいられなかった。

「信じられませんわ……そんなこと、とても……」

「……ありえねェことじゃねェさ……」

 紅朱はひどく険しい表情で吐き捨てるように呟いた。

「紅朱様……?」

「……で、やるつもりなのか? 取材」

「それは……もちろん、またとない機会だと思います……。
編集長様も、珍しく手放しで激励して下さいましたし……期待もして下さっていました……でも」

「何か引っ掛かるのか?」

「……それが、取材の日時が、指定されていて……」

 日向子は膝上においていた手を丸めて、きゅっと握った。

「12月31日……大晦日の夜なのです」

「っ、な」

 紅朱は絶句した。

 大晦日の夜といえばもちろん、heliodorのカウントダウンライブが予定されている。
 彼等の新たな始まりとなるであろう特別なライブだ。

 紅朱はその突き刺すような視線を日向子に真っ直ぐ向けた。

「……だったら断れ」

 冷ややかな声。

「今さっき約束したばっかりだろ? ……お前はheliodorを……俺たちをずっと見てってくれんだろ?
だったら……迷うなよ」

 まるで責め立てるような言葉が次々と日向子の胸に突き刺さる。

 heliodorの大切なライブに参加できない……などと言えば紅朱が怒るのはわかりきったことだった。

「……今すぐ編集長に電話して、誰か他の奴に代わってもらえよ。
それで高山獅貴が納得しなくても知ったことか」

 有無を言わさない剣幕に、日向子はまだ片方の手の中にある携帯電話に目を落とした。

 確かに断るなら早いほうがいい。
 編集長はすぐに納得はしないかもしれないが、よく話せばどうにかなる筈だ。

「でも……」

 だが日向子には、躊躇われた。

 夢にまで見た憧れの人からさしのべられた手を振り払うなど、辛すぎる。

 伯爵への思いを見つめ直すためにも、是非かの人と会いたい。話をしたい。

 それが正直な気持ちだった。

 だが、heliodorと伯爵の間で迷う日向子の態度は紅朱の感情を逆撫でる。

「……あいつを選ぶのかよ、日向子……」

 かつて感じたことのないほどの、紅朱の強い怒りを感じて、日向子は微かな身体の震えを覚えた。

 一言「もちろんheliodorを選ぶ」と言えば済む。

 しかし、それができなかった……。

「……」

 無言のままうつむくことしかできない日向子に、紅朱は舌打ちしてベッドから立ち上がった。

「……見損なった。もう勝手にしろ」

 言い捨てて部屋を出ていく彼を引き留める言葉など、今の日向子には何もつむぐことができなかった。














《つづく》
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