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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「有砂様は間違っています」

 もう一度言った。

「美々お姉さまと仲直りできたのも、お母様をお許しになることができたのも、蝉様を連れ戻すことができたのも……有砂様がそうなさりたいと望んだからでしょう?」

「望めばなんでも叶うわけやない」

「望まなければ叶いません」

 反論の余地を与えることなく、畳み掛けるように言葉を重ねる。

「有砂様は期待を裏切られることが怖いと以前おっしゃった……けれど、その恐怖を克服して、欲しいものに素直に手を伸ばすことができるようになられたでしょう?
錯覚などではなく、有砂様は確かにお強くなられたのです」










《第11章 日蝕、そして…… - BLACK-ICAROSS -》【5】










「……お嬢には一体何回叱られたやろうな」

 たっりと間をおいて、有砂は口を開いた。
 日向子は小さく笑って、

「……有砂様は、いつも目が離せなくて困ってしまいますわ」

 そう返した。
 有砂はアルコールで少し充血した目を伏せる。

「……危なっかしいてかなんか? ごもっともやな」

 ふっ、と口許に苦笑を滲ませる。

「正直な話、自分でもこんなに落ち込むとは思てへんかった……なんとなく続けてきたバンドに……いつから自分がこんなに思い入れを抱いとったんか……ようわからん。ただ」

「……ただ?」

「……こんなオレみたいな男をずっと見限らずに仲間扱いしてきたあいつらのことは、かなり尊敬するわ。お嬢も含めてな」

 有砂らしいひねくれた言い回しではあったが、それは彼なりにメンバーを思う本音の言葉だった。

 日向子はまた小さく笑う。

「……仲間扱い、もなにも、有砂様はれっきとした仲間ですわよ」

「……そうやな」

 有砂は意外なほどあっさりとそれを受け入れた。

「オレはこの先も、あいつらの背中が見えるところ以外で、スティックを握る気にはなれへんと思う」

「有砂様……」

「……まだ間に合うならオレは……」

「間に合いますわ……有砂様が望むなら……」

 日向子の言葉にはしっかり頷きつつも、有砂の目はいよいよ虚ろになり、どうやらすぐ側まで睡魔が押し寄せているようだった。
 頬杖で支えていても、今にもかくっと頭を垂れてしまいそうな様が妙に可愛らしく感じられて、日向子はいよいよ顔がほころんでしまう。

「帰りましょう? 有砂様。お店の側でわたくしの運転手が待ってますの」

 少し冗談めかしてそう促すと、有砂は眉根を寄せて目を半眼させた。

「……この場所教えたん、あいつか……まあ、他におらんやろうけど」

「さあ、お立ちになって」

 日向子は小さな体で懸命に有砂を支えて立ち上がらせ、そのまま寄り添いながら歩き出す。

 斜め上で有砂が呟く。

「……あいつならしゃあないかな……と思ってた」

 半分一人事のような、不明瞭な呟き。

「……けど今は……やっぱり譲られへん……。
『仲間』を取り戻したら次は……が、欲しい」

 何が欲しいと言ったのか、日向子には聞き取れなかったが、子どもに説いて聞かせるように言った。

「……有砂様の望みが全て叶うようにわたくしもお祈りしますわ」

 有砂はふっと軽く吹き出して、酒臭い溜め息をもらした。

「それはどうも」












 有砂を一先ずマンションに送り届けた後で、日向子は雪乃の車で紅朱の部屋とその周辺、よく出掛ける場所に全て連れて行ってもらったが、残念ながら彼を見つけることができなかった。

 浅川兄弟の実家にも連絡したのだが、帰っていないと言う。
 まだ兄弟に起こった事件を知らない二人の母親には心配をかけないように適当にごまかしておくことにした。

 とはいえ、あの高山獅貴のバンドに入るとなれば、すぐに全国ニュースで知れ渡るのだろうが。

 そうなる前に、どうにかして玄鳥を説得してheliodorに帰ってきてほしい……日向子はそんなことを願っていた。

 だがまずは紅朱を探して話をしなくてはならない。

 今最も傷付いて、最も深い失意に囚われているのだろう紅朱を。

「一体どこに行ってしまわれたのかしら……」

 後部座席のドアに頭をもたげて嘆息する日向子に、

「お疲れでしょう。今日のところはお部屋までお送り致します」

 運転席の雪乃が気遣うように声をかけた。

「でも……」

 日向子が口を開いたその時、ちょうどバッグの中で携帯電話が振動を始めた。

 サブウインドウの表示を見て、慌てて通話ボタンを押した。美々からの電話だった。

「お姉さま、何かわかりましたの?」

 どこか興奮気味の美々の言葉に耳を傾け、相槌を打っていた日向子も、

「……まあ、本当ですの!?」

 思わず声が大きくなってしまう。
 驚いて、バックミラーで雪乃が後ろを確認する。

 日向子もまた視線を雪乃に向け、まだ通話中にも関わらず気持ち早口で告げた。

「雪乃、行き先変更ですわ。お屋敷に向かって頂戴」












「黙っていて申し訳ありません。そのことはくれぐれもお嬢様には内密に、と旦那様が……」

 白髪混じりの頭を掻きながら、小原は実に申し訳なさそうに頭を下げた。

「私と同じだったというわけですが……」

 雪乃が口を開く。

「先生はかつて、身近な人物が軽音楽に携わっていることを知って、お嬢様が影響を受けることを嫌っていらっしゃいましたから」

「では確かに、事実なのですね?」

 日向子が念を押すように問うと、

「間違いなく、その粋というロックミュージシャンは私どもの娘、小原花純(コハラ・カズミ)でございます」

 釘宮の屋敷の応接室で、思いの外クラシカルな本名とともに発覚したベーシスト・粋の秘密。

 それはheliodorというバンドと釘宮家との奇妙な因縁をより一層強めた。

「ねえ、小原。粋様と大切なお話をされたいとおっしゃっている方がいますの。かつて粋様にベースの手解きを受けていた殿方ですのよ。
連絡を取って頂くことはできませんこと?」

 必死に訴える日向子に、小原は、

「連絡を取るくらいはわけもないことでございますが、あれは気まぐれで手に負えないはねっ返りですので……了承するかどうかは確約できかねますよ」

 と、ますます申し訳なさそうに答えた。
 日向子は優しく微笑んで見せる。

「構いませんわ。どうかお願いね、小原……それと、もう一つ聞きたいことがあるのだけど」

「なんでしょう?」

「……お父様がひどく落ち込んだりしたところを見たことはあって?」

 あまりにも突拍子のない問いに、小原も雪乃もいぶかしげな顔をしたが、日向子は真面目だった。

 ややあって小原も真面目な顔で、

「奥様がご健在な頃は、旦那様が塞いでおられる際にはいつもあの方が励ましておいででございました。
奥様が亡くなられてからも、時折、奥様の墓前に佇んで物思いに耽られることがございますよ」

 小原の言葉に黙って耳を傾けていた日向子は、何事か思い付いたような顔で頷いた。

「そう、重ね重ねありがとう、小原」

「お嬢様……?」

 真意を知りたそうに目をすがめる雪乃に、日向子は確信に満ちた笑顔で振り返った。

「あの方はお父様とよく似ていらっしゃるから……きっと同じようになさる筈だわ……」










「どないしたん? マイサン。めっちゃ眉間に皺寄ってるケド、二日酔い?」

「……」

 実父の読みはまるっきり否定出来なかったが、有砂は知らない香水の残り香が漂うベッドの足を思いきり蹴った。

「あかんて、こら。キミはホンマ車は蹴るは、ドア壊すは……今度はわざわざベッドを破壊しに来たん??」

 そのベッドの上で横になっていた秀人はそうぼやくと、面倒臭そうに上半身に何も着ていない身体を起こして欠伸した。

「……おい、クソ親父。答えろ。ジブンが高山獅貴にうづみを紹介したんやろう?」

 赤みがかった痣の残る首元を掻きながら、秀人はあっさりと、

「そうやで」

 と認めた。

「獅貴とは、あいつが音大に在籍しとった頃に知りおーて、未だに友達やからなあ。
新しいバンドのドラマーがまだ決まらんゆうて難儀しとったから、洒落で紹介したんや。それがどないしたん?」

 どうやらうづみが本当にメンバーに採用されたという事実まではまだ知らないような口ぶりだ。

「……相変わらずろくなことせん男や……」

 有砂は苛立ったように吐き捨てた。

「めっちゃ面白そうやんな?」

 秀人は呑気な口調で、聞かれてもいないのに言葉を重ねる。

「天才・高山獅貴の選抜したメンバーによる、最強のロックバンドやで……?? 音楽なんて大して関心ない僕でもゾクゾクしてまうわ」













 細身で長身の、一瞬性別を見間違えそうなシルエットを視界にとらえると、様々な感情が吹き出し、その感情を包み込むように押し寄せる懐かしさが、万楼の肩を震わせた。

「……《万楼》……」

 今は自分がその名を名乗り、親しい人から呼ばれている。
 すっかりなじんで自分のものとしてしまっていたその名前はかつて、最も愛しい他人の名前だったのだ。

 最後に別れた場所とよく似た岬で、彼女は待っていた。


「久しぶりだな、響平」


「……本当に、久しぶりだね」

 日向子の願いにより、小原はすぐさま娘に連絡し、今日の面会を取りつけたのだ。
 快諾してくれたと聞いて万楼は腹の底から安堵した。

 別れた時の状況を考えれば、拒絶される可能性の方が高いと思っていたからだ。

 しかし彼女は破顔して言った。

「お前、本当にheliodorのメンバーになってくれたんだな。ありがとう」

「……うん。だけど、そうしたのはきっと、他のことを全部忘れてたからだよ」

 万楼は苦笑いする。

「ボクは海に堕ちて、たくさん思い出を海の底の闇の中に沈めて忘れてしまっていたから。
初めて恋したことも、初めて失恋したことも、その失恋に自暴自棄になって……あなたの手を振りほどいて飛び降りたことすらね」

 彼女……かつて「万楼」と名乗っていた粋は、ふっと笑みを打ち消して、真っ直ぐに万楼を見つめる。

「……響平……」

「ボクは多分、忘れたかったから忘れたんだ。だけど心の底では、忘れたことをずっと後ろめたくも思っていた……だから東京に来たんだ。
たった1つ、残っていた約束の記憶を頼りにね」

「……そして、思い出したんだろう?」

 粋は乾いた地面を黒いブーツで踏みしめながら、ゆっくりと歩みを進め、万楼のすぐ前に立つ。

「お前、あの頃と全然違うな。すごく男前になったぞ」

「そう? 今なら惚れてくれる?」

「ふっ、どうかな」

 二人は長い空白を埋めるように微笑を交わす。
 そして万楼は言った。

「あの頃、ボクは世界に失望していて、あなたのことしか愛せなかったんだ……独占したくて仕方がなくて……あなたが他の人を想ってることが許せなかった」

 じわりと蘇る苦い記憶に痛む左胸に、かばうように自分の手を重ねる。

「……どうやらボクはまたある人に恋をしたみたいなんだけど、あの時みたいに激しい気持ちにはならなかったから、感謝や尊敬や友情を恋心だと勘違いしているだけで、本当はまだあなたが忘れられないのかと思った。
だけどそうじゃない……って気が付いた」

 あふれる思いが一筋の涙となって万楼の頬を伝って落ちた。

「ボクはこの街で出会ったみんなのおかげでようやくこの世界を好きになれた……その世界の真ん中には彼女がいる……微笑んでる……ずっと笑っていてくれるなら、ボクのものになってくれなくたって構わない……そう思えるくらい愛しいんだ」

 粋は目を細めて、どこか眩しげに万楼を見つめる。

「再会早々豪快にのろけられるとはね……参った、参った」

「……ねえ、粋さん」

 万楼は涙を指で拭いながら静かに問うた。

「あなたはまだ、リーダーのことが好きなの?」




「ああ」













《第12章へつづく》
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