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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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 楽屋からステージに抜ける短い通路で、日向子は不意に前を歩く背中に尋ねた。

「調子はいかがですか? 万楼様」

「うん、まずまずかな。リハで音出してみないとちょっと何とも言えないけど……やっぱりボク、今日はいつもより緊張しているかもしれない」

 その言葉の通り、ほんの少しだけこわばった表情で、美少年から美青年に脱皮しつつある若いベーシストは首をひねって振り返り、しかし精一杯強く微笑んだ。

「でも大丈夫、ボクは本番に強いほうだからね」


 訪れた決戦の日。
 ライブ本番はもうすぐそこまで迫っていた。









《第12章 君に光が射すように -Love Songs-》【3】









「確かに万楼は大舞台でもそれほど緊張しないタイプだよね~。おれなんかもうすでに心臓バクバクなんですケド~?」

 先を行く蝉が愚痴めいた呟きを漏らす。

「でもまあ、今回はさぁ、普通の対バン形式じゃないだけまだいいかも。
おれ、対バン相手のリハの音とか聞いちゃうとマジダメなワケよ!」

 緊張をまぎらわせたいのか、いつもより大声且つ早口になりつつある蝉に、万楼は小さく笑う。

「眼鏡かけとけばいいんじゃないの。雪乃さんになってれば平気かもよ」

「いや……流石にそれはちょっと。近頃、雪乃にばっかりいいとこ持ってかれてる気がするし~?
おれもちょっと頑張んないとね」

「……それ、なんか変だよ」

「いいの!」

「うふふ」

 heliodorのお祭り担当二人のやりとりに、実はメンバーに負けないくらい緊張していた日向子も思わず笑ってしまう。

 通路の端、ステージに袖まで着いた時、そのまま一度ステージに出た蝉が何故か慌てて逆走してきて、そのまま万楼にぶつかった。

「うわっ、危ないよ蝉!」

「ごめんっ……てゆーかそれどころじゃなくて……!!」

 蝉は完全に取り乱した様子で万楼の後ろに佇む日向子を凝視した。

「よ、よよよ、呼んだの? 日向子ちゃんが呼んだのっ!?」

「はい??」

 何のことやらさっぱりわからずに小首を傾げる日向子。

「ちょ、ちょっと来て。そぉっと覗いてみて」

 蝉は万楼と日向子の手を引いて、袖から向こう側を覗かせた。

 次の瞬間。

 万楼はぽかん、と口を開けたままそちらを見つめて立ち尽くし、日向子は思わず「そぉっと」ではなく大きな声を上げてしまった。

「おっ、お父様~!?」


「うぁ、ちょ、日向子ちゃん!!」

 うろたえる蝉をよそにそのままステージに進み出た日向子は、何故か開場前だというのにステージの下にすっくと立っている、およそこの場所になじまない人物……実の父親に向かって駆け寄る。

 ステージから危なっかしい動作で飛び降り、柵をくぐってすぐ側まで来た。

「お父様、何故このようなところに……?」

 高槻は、相変わらず愛想のかけらもない鋭い眼差しを日向子に向ける。

「……私は近くまで来て帰るつもりだったが。彼が、良ければ見ていかないかと言うのでな」

 高槻の視線の動きを追い掛けると、そこにはドラムセットを調整中の有砂がいた。
 有砂はまるでこちらのやりとりが目に入っていないかのように漂々と作業を続けていく。

「有砂様が……? いえ、それよりも何故お父様が、このような場所に?」

 高槻は、半分万楼の後ろに隠れるようにしてやっと姿を見せた蝉を見やった。
 いくらとうに知られている裏の顔とはいえ、ウイッグをつけて派手な服装やメイクをした姿を師の前に晒すのは相当勇気がいるようだった。

 高槻も神妙な顔付きになっていたが、

「……漸」

 威厳のある声で呼び掛ける。

「は、はぃっ」

 万楼から離れてきちっと気を付けをする蝉。
 きちっとしようとしても雪乃モードの時のようにはいかず、何とも滑稽な雰囲気をかもし出しており、日向子を除く二人は思わず気付かれないように軽く吹いた。

「小原から高山のバンドと勝負をすると聞いたが本当か?」

「あ、はい……そぉです。今日は本人は不参加ですけど、高山さんがプロデュースしたバンドと……」

「勝てそうなのか」


「えっと……」

 妙に淡々と投げ掛けられる問いに、今にも蝉の額からは冷や汗が滴り落ちてきそうだ。

 蝉はちらりと日向子を見やり、一つ息をついて呼吸を整えて答える。

「負けれません」

 高槻は一度目を細めたかと思うと、その目を少し見開くようにしてキッパリと告げた。


「ならば、釘宮の名に賭けて全力でかかれ」


「え? ……あ、はい」

 わけもわからず熱い激励を受けて、わけもわからず頷く蝉。

 日向子はふと呟く。

「……もしやお父様。伯爵様に後継者候補のお話を拒まれたことをまだ……」

「下世話な言い方をするものじゃない」

 高槻はピシャリと言い放ち、更に続けた。

「だが、一度くらいはあの男にも敗北の味を教えてやらねばなるまい」

「おお、いいこと言うじゃねェか。流石は日向子の親父さんだ」

 同意しながらロビーと繋がるドアをくぐったのは紅朱だった。

「言われなくても全力でかかるし、絶対に俺たちが勝つから心配いらねェよ」

 紅朱の物言いは大変粗暴で、礼を欠いた口調であったが、高槻は特に機嫌を悪くしたふうでもなく(素の状態でも一般の感覚では機嫌が悪そうな顔だが、実際はいたって普通の状態である)、

「頼もしいことだ」

 と短く呟いた。

 高槻は紅朱のことを気に入っているらしい……そう確信した日向子は、やはり二人の間には共鳴する部分があるのだと感じていた。

 一方、蝉は途方に暮れたような顔で立ち尽くす。

「……プレッシャーだ……」

「蝉ってば……」

 万楼はそれをクスリ、と笑い飛ばす。

「蝉としていいところ見せるんでしょう? 先生にも見てもらえばいいじゃない。
ボクは、高山獅貴がどうとかって建前で、先生はお姉さんや蝉のこと、ようやく理解して認めてくれたからここに来てくれたんだと思うよ」

 「え?」と蝉や日向子が当の高槻に視線を向けると、高槻は大きく咳払いをした。

「……練習を邪魔したようだな。これで失礼する」

「お父様」

 そのまま去ろうとする高槻に駆け寄り、日向子はそっと囁いた。

「開演時間は6時ですわ。後ろの壁際なら比較的ゆっくり見られると思いますの……だから、見に来て下さいますか?」

 高槻は日向子を見下ろし、その厳しい眼光にわずかに柔らかな色を浮かべた。

「……そのつもりだ」

「お父様……!!」

 感極まって、人目も気にせず、少女のようにはしゃぎながら、日向子は高槻の腕に抱きついた。

「っ、日向子!……やめないか」

「うふふふ」

 外野もつられて微笑んでしまうような、幸せな光景だった。

 万楼はにこにこしながら、有砂のドラムに歩み寄る。

「……憎い演出ですなー、ダンナ」

「何キャラや、ジブンは」

 呆れた口調でボソリとツッコミを入れる有砂だったが、高槻を見送る日向子を後ろから見守る眼差しには、やはり満足したような穏やかさが見てとれた。

 万楼は少し身を乗り出すようにして、そんな有砂の耳元近くに囁いた。

「ねえ、有砂……結構、本気だよね?」

 有砂は視線を前方に向けたままで、薄く笑った。

「……遊びならもっとええオンナ選ぶわ」

「なるほどね」


 リズム隊がそんな会話を交していることも露知らず、日向子は緊張などどこへやらの上機嫌でメンバーを振り返った。

「さて、皆様はリハーサルですわね。わたくしは少し外しますわ。
……どうぞ頑張ってくださいませ!」

 

















 後ろから微かに響いてくるリハーサルの音漏れを聞きながらライブ会場を出た日向子は、すぐ近くから響いてくるもう1つの演奏に気付き、立ち止まった。


 それは隣接する会場から漏れてくるBLA-ICAの音に他なかった。

「玄鳥様……」

 最後に見つめたあの寂しげな瞳が思い出されて、息苦しくなる。

 heliodorの4人は、プレッシャーなど吹き飛ばし、最大限のプレイをするだろう……日向子はそう確信していた。
 勝負の結末がどうなるにしろ、出せる限りの力を出しきるに違いない。

 それは玄鳥も……そして玄鳥の仲間たちも同じだろう。

 両者を決戦へと導いたのは他でもない、日向子だった。

 そうするしかないと思った……だがやはり、複雑な感情を抱かずにはいられない。

 heliodorには勝ってほしい……だが、heliodorが勝つということは玄鳥が負けることだ。

 そんな当たり前のことが今更せつなくなってくる。

「日向子」

 ふと呼び掛けられて我に返る。
 いつからそこにいたのか、美々がすぐ側に立っていた。

「……大丈夫?」

「わたくしは……なんだか情緒不安定になってしまっているようですわ。
さっきまで元気いっぱいだったのに、不意にまた苦しくなってきて……」

 素直に心情を打ち明ける日向子に、美々は包み込むように優しく微笑した。

「最後に選ぶのは、彼らだよ。
……彼らが出す答えを信じてみるしかない。
どうしても納得がいかなければ、納得するまで問いつめたっていい。
別に、今日で何もかもが終わってしまうわけじゃないんだよ」

「美々お姉さま……」

 美々はぽんと日向子の肩を叩いて、耳元で囁いた。

「どうしても怖いなら、好きな人の顔でも思い浮かべてたら??」

「えっ……あ」

 日向子の微妙な表情を読み取った美々は意地悪く目を半眼する。

「ちょっと~、今誰の顔が浮かんだわけ? 教えないとくすぐっちゃうわよっ」

「お、お姉さまっ、きゃ」

 後ろから抱きつくようにして脇腹をくすぐろうとする美々から逃れようとバタバタしながら、日向子はたった今脳裏をよぎった面影を再度心に映し出した。

 好きな人、と言われて自然に思い浮かんだ人。

 その人のことを思うことで、その人との思い出を辿ることで、本来の自分を取り戻していけるような気がした……。

「こら~、日向子っ、薄情しろ~」

「もう、お姉様ったら……ふふふ」

 その時、不意にポケットの中で日向子の携帯が振動し、着信を告げた。

 流石に美々も拘束を解き、日向子は携帯を取り出したが、サブウインドウに表示された名前に表情をまた一変する。

「伯爵様……?」














「よくいらっしゃいました」

 伯爵はふっと、特徴的な微笑を刻む。

「他の方々は反対したのではなかったかな?」

「最初は少し……けれどわかって頂けましたから」

 ライブ本番を前にしての不意打ちの着信。
 高山獅貴が日向子を呼び出したのは、とあるビルの一室だった。

「ここが本日のライブの特等席……というわけですのね」

 学校の教室ほどの広さの一室には、3、4人がゆったり座れそうな革ばりの上等な椅子と、アルコールの類や何品かの料理が並んだテーブル、大きな液晶のモニターが2つ壁の1面に広がっており、部屋中に設置された音響装置があった。

 ちょっとしたホームシアターのようだ。

 高山獅貴は椅子の中央に日向子をエスコートし、自らもその傍らに座った。

「間違いなく特等席ですよ……BLA-ICAとheliodor、両方のステージを同時に見られるのはこの部屋だけなのだから」

 日向子は黙って首を縦にした。
 ライブ本番を自分が用意した部屋で一緒に見ないか、と誘われた日向子は迷いながらもその誘いを受け入れた。
 もちろんheliodorのメンバーにも説明して理解を得た。

 やはりどうしても見ておきたかったのだ。

 heliodorだけではなく、玄鳥のステージも。
 そうでなくては彼等の決戦を見届けることにはならないような気がした。

 

「……私には全てを見届ける義務があり、あなたには全てを見届ける権利があります……」

 高山獅貴の感慨深げな囁きに、日向子は再度首を上下した。

「……見届けます。ここで、全て」












《つづく》
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