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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「万楼」

「何? リーダー」

 紅朱がようやくその話を切り出すことができたのは、帰り際のことだった。

 玄鳥の車で送ってもらおうと、乗り込みかけていたところを呼び止めて、紅朱は、

「受け取れ」

 万楼に向けて山なりに何かを投げてよこした。

「わっ、何?」

 両手でなんとかそれをキャッチする。

「……これ、MD?」

「その曲、やるから練習しとけ」

 万楼はラベルの文字をゆっくり読む。

「……『Melting snow』……」

 横で見ていた玄鳥が、はっとしたように紅朱を見た。

「兄貴、この曲は……」

「……綾、お前もギターのアレンジ、ちゃんと考えておけよ」

「……うん」

 真剣な顔をする二人を交互に見やりながら、万楼はただならない雰囲気を感じとっていた。

「『Melting snow』……この曲って……何?」












《第7章 秒読みを始めた世界 -knotty-》【2】










「……それで、今年は急遽、大晦日にカウントダウン・ワンマンライブを開催なさるのですって。今から本当に楽しみですわ」

 カフェでのミーティングで知らされた一ヶ月後の大きなイベント。

 冬休みまでの日数を指折り数える日向子は子どものように、そわそわしていた。

「ですから、大晦日は朝帰りになってしまいますけれど、お父様には内緒にしておいて頂けて?」

 運転席に向けてにこやかに微笑んだ。

 しかし。反応が、ない。

「……雪乃? 信号……青ですわよ?」

「……あ」

 思い出したようにアクセルを踏んで、再発進する。

「……失礼致しました」

「……雪乃、運転中に考え事というのはどうかと思いますわ。何か心配なことでも?」

「……いえ……大したことでは、ありません」

 言葉とは裏腹に、声音には全く覇気がない。

「……雪乃……」

 何があったのだろう。

 雪乃がこんなにもあからさまな動揺を見せるようなことがあったのだろうか。

「雪乃……わたくしでは頼りないかもしれませんけれど、気が向いたら何でも話してね」

 雪乃は何も、答えなかった。













 密閉型のイヤホンを耳に突っ込んで、万楼はシートに横になっていた。

 さながら胎児のように身体を丸めて、目を閉じて音に意識を集中する。


《温もりを拒んで進む
 万年雪の荒野では
 あらがうほどに凍てついて
 僕はもう
 目を開けられない》

 今より少し若い紅朱の声。

《絶望が
 孤独が
 虚偽が
 降り積もる街では
 月の光を憎んだ夜に
 爪先まで冷えて
 ひどく、痛んだ》

 今より少しだけ不安定な有砂のドラムに、今より少しおとなしい蝉の奏でるキーボード。

 だがギターは、玄鳥の音ではない……。

 そして。

《秘密と罪を抱えたまま
 旅を続けてきたけど
 ささやかなともしびは
 ここにあった
 こんな僕すら変えるだろうか
 唄う意味さえ変えるだろうか》

 じわりと、目尻からあふれた雫が、滴る。

 自分とよく似た、けれどずっと存在感とのある重低音。

《いつか解けていくよ
 哀しい夢も
 繰り返した過ちも
 愚かな執着も
 目覚めたら 冬が逝く
 微かな傷痕だけを残して》


「……あの人の、ベースだ……」

 息苦しい程に胸が詰まった。

「……万楼」

 労るような穏やかな声で、運転席から玄鳥が語りかける。

「その曲は、3年前に粋さんが作ったんだ……最後に、ね」

「最後に……?」

「一度もライブで演奏されることのなかった……幻の曲。もし演奏されていればheliodorの代表曲になったかもしれない曲だよ」

 伝説のベーシストが残した、幻の曲。

「……粋さんが戻るまで、封印される筈だった曲を、兄貴は唄うつもりなんだ。万楼のベースで……」

 とめどなく涙があふれてくる。

 涙の理由の半分は、自分は紅朱から本当に認められたのだという感激。

 もう半分は、この曲自体が持つ、引き裂かれるのではないかと思うほど心臓を締め付ける懐かしさ。

「……玄鳥……ボク、この曲聞くの……多分、初めてじゃ、ない」


 閉ざされていた扉が、軋んでいる。開かれようとしている。

 さながら耳に響くこのベースライン自体が、パスワードであるかのように。













 真夜中。
 就寝しようとしていた日向子の携帯が着信を知らせた。

 一瞬また万楼からのメールかと思ったが、それはメールではなく電話で、ディスプレイの名前も違っていた。

「お待たせ致しました、日向子です」

 電話の主は、ファーストネームで気がねなく名乗ることができる相手。

《ごめんね、まだ起きてた?》

「はい、大丈夫ですわ。美々お姉様」

《……そっか、ありがと。あのね、その、たいしたことじゃないんだけど……今日、あんたと別れる時にあたし、落し物……しなかったかなって》

「……写真、ですか?」

 日向子は慎重な声音で問い返した。

《……うん……日向子が、見つけてくれたんだ》

 美々の口調は写真があったことへの安堵と、それを日向子が見つけたということへの微かな動揺……相反する要素を含んでいるように思えた。

「……写真はわたくしが保管しておりますわ、ご安心下さいませ」

《……あたしに、何か聞きたいこと、あるんじゃないの……?》

「……え?」

《……聞いてもいいよ。そのかわり、あたしのお願いもひとつ聞いてくれるならね》

 美々の声は、震えているようだった。
 日向子は、答える。

「……ひとつだけ。
写真の女の子は……美々お姉さまですか?」

 思いつめたような吐息が生んだノイズが、携帯ごしに耳元を通り抜けた。

《……そうだよ》


 予想通りの答えだった。

 偶然にしては出来すぎている。

 だがこれは、偶然ではない。

 あんなにもheliodorに詳しかった美々が、どうしてもheliodorの直接取材を引き受けられなかったその理由がようやくわかった。

 美々はずっとheliodorを見守ってきたのだ。

 けっして気が付かれることのないように、ひっそりと。

 そして自分には出来ないことを日向子に託した。

「……美々お姉さまが……有砂様の」

《日向子》

 まるで咎めるかのような強い口調で、美々は日向子を制した。

《約束だから、あたしのお願い、聞いてくれるよね》

「はい……」


 美々はきっぱりと言い放った。


《余計なことは、絶対しないで》


「美々お姉さま……」

 かつて美々の口から聞いたこともなかった、突き刺さるような冷たい声。

 それは出会ったばかりの頃の有砂を思わせた。


 やはり二人はどこか似ているのだろう。双子の兄妹なのだから。


「……お二人に家族として再会してほしいと願うことは、余計なことですか?」

《……やめて。会いたくなんかないの》

「美々お姉さま……」

《わかって、日向子。あんたのこと、親友と見込んで頼んでるんだよ》

 親友……憧れの先輩からそう呼ばれたことを、嬉しく思わないわけではない。

 しかし日向子はいたたまれず、泣きたいような気持ちでいっぱいだった。

 古い写真の中の無垢な眩しい笑顔、二つ。

 皮肉な運命に引き裂かれてしまっただけだ。

 二人の心と身体に残った傷がどれだけ深いとしても、こんなにも強く結び合っていた絆が、元に戻れないなどということがあるだろうか。

 きっかけさえあれば、きっと……日向子はそう純粋に信じていた。

 それでも。


「……わかりましたわ」

 そのきっかけを本人が望まないというなら、今の日向子にはどうすることもできない。












「余計なお世話かもしれんけど……それは、醤油やで」

「……え。あれ」

 蝉は今自分がグラスに注ごうとしているものをまじまじと見つめた。

「……どうやったら水と醤油を見間違えられるんや。寝惚けとんか?」

 呆れた顔で、ダイニングを通過しようとする有砂を、

「……よっちん」

 蝉は思わず呼び止めた。

「……なんや」

 面倒臭そうに立ち止まった有砂を見つめて、蝉は黙った。

「……はよ言え」

 こんなことを相談出来る相手は、有砂しかいない。

 秘密を知っているのは有砂だけだし、このことは有砂自身にも深く関わることだ。

「……えっと、あのさ……その……」

 どう切り出していいのかわからない。
 
 頭の中で、昼間つきつけられたうづみの言葉が反響している。



「年が明けたらすぐに入籍するの……沢城秀人と。離婚してから半年は籍を入れられないらしくて、随分待たされたけどね。
これでスノウ・ドームを立て直すことが出来るわ。

ようやく、私がゼン兄を自由にしてあげられるの」



 どうしてもっと早く気付かなかったのか。

 思えば随分前からうづみの様子はずっとおかしかったのに。

 自分のことにばかり夢中になっていて思いやることができなかった。

 自分がいつまでも正式な釘宮の後継者になれないばかりにうづみが犠牲になる。

 うづみに……大事な幼馴染みに身売りのような真似をさせてまでバンドを続けるというのか?

 うづみはそうしろと言う。

 蝉がバンドを辞めずに済むなら、それ以上は何もいらないと。



「いいの……だって、私はゼン兄を愛してるから。ゼン兄が幸せになってくれればそれでいいの」



 あまりにも残酷なタイミングで告げられた、一途な想い。

 もう蝉には自分がどうしたいのか、どうしたらいいのかわからなくなってしまっていた。

「……蝉?」

「よっちん……あの」

「……バイトのことやったら、ジブンに非難される謂われはないで」

「え」

「……どこで働こうとオレの自由やろ」

 さっぱり本題とは関係ない話題を不意に出されて、蝉はタイミングを見失ってしまった。

「……やだな、十数年来の親友がやっと社会復帰できたのに非難なんかするワケないじゃん」

 誰に強制されているわけでもないのに明るく振る舞ってしまう。

「しかも動機が、気になるオンナのコがよく利用するお店で働きたいから……なんてそんな純情な高校生みたいな」

「醤油飲み干して死ね」

「幼稚園レベルの愛情表現しかできなかったよっちんが、いっきに高校生レベルまで飛び級なんておれ感動して泣いちゃいそー」

「……そうか。自殺志願なんやな」

 有砂が死ねの殺すのと言い出す時は、あながち否定できない部分を突かれて反論の言葉が浮かばない時なのだと、蝉はとっくに見抜いている。

 そんなことがわからないほど浅い付き合いではない。

「……マジでさ……心配、してないよ」

 蝉は苦笑する。

「よっちんはもう平気じゃん。おれがお節介やく必要ない……」

「蝉……?」

 有砂のほうも蝉の様子が何か普通でないことは感じとれたようだった。

「……もし、さ。マジで、もしもの話だよ?
……おれがもうあの子の側にいられなくなっちゃったらさ……」

 思い詰めた言葉が、あふれ出す。

「……よっちんが、守ってあげてくれる?」

 有砂は一瞬切長の目を見開き、蝉を凝視したが、ほとんど間を空けずにきっぱり答えた。


「断る」

「え……?」

 まさかこんなにはっきり拒否されるとは。

 あっけにとられている蝉に、有砂は呆れ顔で溜め息をもらした。

「……やっぱり寝惚けてるやろ。アホなことゆうてんとはよ水飲んで寝てまえ」

「……あ、うん」

 ダイニングを出て行く有砂を見送って、蝉もまた溜め息をついた。



「……大丈夫だって言ってよ……おれが、いなくなっても……」















《つづく》
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