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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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 約束の駅前広場のベンチ。

「ごめんごめん、ちょっと遅刻だね」

 いつも通りの笑顔で小走りに美々が駆け寄ってくる。

「いいえ、わたくしも今来たばかりですわ」

「そっか。どこ行く?」

「そうですわね……先月行ったエスニックのお店などはいかがですか?」

「いいね、そうしよう」

 美々があまりにもいつもと変わらないことに、日向子は少しの安堵と大きな違和感を感じた。

 先に立って歩き出した背中にそっと問掛けるべく口を開く。

「……美々お姉さま? あの」

「日向子」

 振り返らずに、美々は告げた。

「……写真、返さなくていいよ」

「え?」

 予想もしない言葉だった。

「あんたにあげる。捨ててくれて、いいから」

 振り返った美々はやはり、微笑んでいた。

 痛々しいまでに明るい笑顔で。

「過去なんか、もういらない」










《第7章 秒読みを始めた世界 -knotty-》【4】












「よっちん……それ、ツッコミ待ち?」

「は? ……っ」

 有砂は完全に巣のリアクションで、手にしていたものを洗面台の上に投げるように置いた。

 それはどう見ても洗顔フォームで、蝉が声をかけなければ確実に有砂はそれを歯ブラシにつけて口に入れていたに違いない。

「間違えたの?」

「……うるさい」

 先だってと真逆の状況に、蝉は苦笑し、有砂は気まずそうに目をそらした。

「疲れてんじゃん? 仕事、大変なんでしょ?」

「……そうやな」

 有砂はあっさり肯定した。

 ということは他に何か理由があるんだろうな、と蝉は思った。

 聞いてやるべきだろうか?

 聞いても答えてくれないかもしれないが。


「よっちん、あのさ……もし何かあったんならさ、相談……してくれていいよ?」

「……別に」

 反応は予想通りだった。

 相変わらず蝉の親友は、他人に甘えることがどこまでも苦手だ。

 だが蝉はわかっていた。

 今はもう、自分が必死になる必要はないということを。

「じゃあ……日向子ちゃんに聞いてもらいなよ」

「……別に、何もないゆうてるやろ」

「うん、わかった、わかった。おやすみ」

 蝉はそれ以上何も聞かずに自室へ戻った。

 灯りをつけることもなくベッドに無造作に身体を倒して、天井を見上げる。

「だよね……きっとおれは、手を貸さないほうがいい……」

 シャワールームから漏れ聞こえてくる水音をBGMに瞼を閉じた。

「……だって……これからはもう……」










 最大にひねったシャワーを頭から全身に浴びながら、有砂はきつく目を閉じ、うつむいていた。

 歪に痕を残す胸元に、右の手を当てる。

「……っ」

 傷痕に爪を立てて、ぎりぎりとつき立てる。
 えぐれた肌ににじんだ赤い液体は、豪雨のようなシャワーの水流にすぐに洗い流されていく。

「……さ……」

 呟いた名前もかき消され、ともに排水口へと吸い込まれた。










 どこにも帰る場所のなくなってしまった写真を手帳にはさみ、バッグにしまう。
 無意識に、溜め息をつく。

「……お姉さま……」

 美々にとってそれが最良の選択ならば、仕方ない。
 日向子は何度も自分にそう言い聞かせているが、心は少しも晴れてくれなかった。

 そもそも、美々は昨夜までは確かに写真を取り戻したがっていたのだ。
 それが土壇場になって「いらない」などと言い出したのは何故か?

 理由があるに違いない。

 だが美々はその理由を教えてはくれなかった。

 今は無理でもいつかは……そう願って静観するしかないのかもしれない。
 その時がくるまで大切に写真を保管しようと心に決めた。

「さて、お仕事ですわ」

 気合いを入れて、スタジオのドアをくぐる。

「おはようございます!」

 精一杯元気に挨拶すると、

「あ、おはようございます」

「おお、来たな」

 今日の取材の相手である浅川兄弟が待ちかねていたというように日向子を迎え入れる。

 今日は二人だけで新曲の製作ということで、その合間にカウントダウンライブと製作中の楽曲についてのインタビューを行うことになっていた。

「新曲というのは、カウントダウンで発表する曲なのですか?」

「いや、発表はもうちょっと後だな……桜が咲くまでにはってとこか」

「まあ随分先ですのね」

 驚く日向子に、玄鳥が後ろ手に差し出したとっておきのプレゼントを満を持して差し出すような顔で告げる。

「今度の曲がおそらく、heliodorのインディーズデビュー曲になります」

「インディーズデビュー……CDになるのですか!?」

「かねてから声をかけて頂いていたインディーズレーベルの方と、3月リリースの予定で話を進めているところなんです」

 それはheliodorにとって初の音源制作ということだ。
 もともと彼等ほどのレベルのバンドが未だにCDはおろかデモテープのひとつも世に発表していないというのは極めて珍しいことだった。
 ファンはもちろんのこと、業界的にも長く待ちわびた決断だ。

「新生heliodorが活動開始して丁度2年だ。頃合いだと思ってな」

 以前美々に聞いた話によれば、heliodorには、デビューの話が一度持ち上がっていたという。

 だが粋の脱退に伴う活動休止で立ち消えとなった。

 恐らくはあの曲、「Melting snow」がそうなのではないか。

 それを日向子が問うと、紅朱は首を縦にした。

「俺にとっても思い入れのある曲なんだ、あれは……出来れば音源として発表したかった。
だが新生heliodorが、昔のメンバーの曲でデビューするわけにはいかねェだろ。
だから、カウントダウンライブで演奏して供養することにしたんだ」

 紅朱がかの曲を演奏することにしたのは、実に前向きな趣向からだったのだ。

 日向子は感心していた。

「新曲は一体どのような曲になるのですか?」

 身を乗り出す日向子に、兄弟は顔を見合わせて笑った。

「それはまだ内緒です」

「ま、曲が完成すんのをいい子で待ってろよ」

「まあ」

 日向子はわざとらしく怒ったような顔をして見せた。

「お二人とも意地悪ですのね」

 すぐに笑ってしまったが。

 紅朱と、玄鳥と。
 3人で微笑みを交していると、心の支えが少しとれて楽になるような気がした。

「さてと……なんか腹減ったな。そろそろメシ行くか?」

 紅朱の言葉に時計を見やると、いつの間にか19時を回ろうとしていた。

「日向子さんも一緒に行きますよね?」

 玄鳥の問掛けに日向子はもちろん満開の笑顔で答えた。

「はい、もちろんですわ。ご一緒させて下さいませ」


 3人で過ごす、穏やかな安らぎに満ちた時間。

 それがこの日を境に失われてしまうことを、今はまだ誰も知らない。











 何度も書き直した手紙は、書き直す度にシンプルなものになっていった。

 言い訳をくどくど書き列ねてもなんにもならないような気がした。

「これで、いいか」

 最終的には本当に短いメッセージとなってしまったそれを、蝉はダイニングのテーブルに置いた。

「……少しは……」

 かすれた声で呟く。

「……寂しがるかな……」

 ふっと苦笑する。

 あまりにも図々しい願望だと思った。


 蝉はうつむきながら、テーブル脇のゴミ箱を覗いた。

 今しがた蝉自身がそこへ葬った品が恨めしげに蝉を見上げていた。


 オレンジ色のウイッグ。

 ジャラジャラとストラップのついた携帯電話。


 その他こんな小さなゴミ箱には入りきらないほとんどの私物をこの部屋に置き去りにするのだ。


「……ごめんね……」


 バイクの鍵や財布以外、ほとんど手ぶらに近い状態で、蝉は部屋を出た。

 部屋の鍵をしっかり閉めると、しばらく握り締めていたその鍵をドアポストから、ストン、と落とす。

「……っ……」

 早足で歩き出す。

「……紅朱……」

 涙が滲む。

「……玄鳥……」

 視界がぼやける。

「……万楼……」

 胸が詰まる。

「……よっちん……」

 息が苦しい。

「……日向子ちゃんっ……」

 痛い。






「さよなら」











「……え?」

 急に日向子は立ち止まり、後ろを振り返った。

「どうかしましたか?」

 心配そうに玄鳥が声を掛ける。
 少し先を歩いていた紅朱も立ち止まった。

「いえ……なんとなく、どなたかに呼ばれたような気がしたのですけれど……」

 キョロキョロ見渡したが、知人らしき者は全く見当たらない。

「気のせい……かしら?」

 その時、タイミングを合わせたかのように日向子の携帯が振動した。

「あら……万楼様かしら?」

 携帯に着信=万楼、といった図式が脳内に確立されつつある日向子の様子に、傍らの玄鳥は少し複雑な顔をしたが、

「まあ、珍しいですわ。有砂様からお電話なんて」

 有砂からと判明していよいよ渋い顔をした。

 一方紅朱は、

「少し店がこむ時間だから、俺と綾で先に行って席を取る。お前は電話が終わってからゆっくり来いよ」

 と気遣いを見せ、日向子もそれを承知した。

 実は二人の電話の内容が気になって仕方ない玄鳥も、やむをえず兄について先に歩き出した。











「なんで怒ってんだ? お前」

 自分のグラスを引き寄せながら、紅朱が問う。

 当然のように紅朱がチョイスしたラーメン屋で、テーブル席を何とか確保した兄弟は対面に座っていた。
 玄鳥はお冷やを一気飲みして空のグラスをどん、とテーブルに置いた。

 振動で、テーブルの真ん中で待ち惚ける3杯目が、その水面をふるふる震わせた。

「やっぱり俺、有砂さんのことは信用できない」

「脈絡なく不穏当なこと言ってんじゃねェよ。うっかり日向子が聞いたら確実にしょげるぞ」

「……ごめん。けど」

 玄鳥は険しい顔で目を伏せる。

「あの人はやっぱり、女性に対していい加減で冷た過ぎると思う。
昨日だって、ただならない雰囲気の女の人が声を掛けてきてて……多分、過去に関係のあった女性なんだろうけど……それを、あんな言い方して」

「どんな言い方だか知らねェが、あいつのそういうところは昔からだろ。
最近はマシんなったほうじゃねェか。今更何カリカリしてんだ」

「っ、それは日向子さんがっ」


「わたくしが?」


「えっ」


 いつの間にかテーブル横に立っていた日向子が興味深そうに玄鳥を大きな瞳で見つめていた。

「わたくしが、どうなさいましたの?」

「いや……なんでもないんで。その、どうぞ……座って下さい」

 日向子は不思議そうに玄鳥を見つめていたが、促されるままに……座った。


「……あ」


 玄鳥は少し目を見開いて、短く声をもらした。

 日向子は自然に、とても自然に座った。

 紅朱の隣の席に。

「ん? どうかしたか?」

 品書きを見ながら呑気に問掛ける紅朱は、おそらく何も特別な感想は抱いていない。

 だが玄鳥の頭の中には、先日の万楼の言葉がまざまざと蘇っていた。



――無意識なあたりが更にジェラシーだなあ



「……本当、だよな……」

「はい? 何か、おっしゃいましたか?」

「綾、お前も早く注文決めろよ」


 どこまでも無邪気な二人に、玄鳥は追い詰められていた。
















《つづく》
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