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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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 その日の練習は、蝉を除く四人で行われていた。

 蝉が「また」出て行ったと聞いて、有砂以外の三人は呆れていた。

 日向子はまたスノウ・ドームへ様子を見に行ってみようかと言ったが、有砂は却下した。


 恐らくバンド内で最も蝉という人を理解しているであろう有砂がそう判断したのならば、仕方ない。

 しかしこうして四人での練習風景を眺めていると、たまらなく寂しい。

 寂しさをまぎらわすように、四人の音の隙間に、日向子は記憶の中の蝉の音色を呼び起こし、埋めていく。

 純粋に蝉の奏でるキーボードの幻だけを追っていると、何かとても、穏やかな気分になる。

 懐かしいとすら感じるのだ。

 「月影逢瀬」を弾いてくれた、あの時を思い出すのだろうか?

 それとも……。










《第8章 迷宮の果てで、もう一度 -release-》【2】










「……すごいね。熟睡だね」

 練習中も時折うとうとしている様子だった日向子は、紅朱が休憩を宣言した途端、ほっとしたか本格的に眠りに落ちてしまった。

 椅子の背もたれに小さい身体を預けて、少し上体を左側に折り曲げるようにして眠る姿は、どう考えても楽な姿勢には見えなかった。

 それで熟睡出来るのが不思議なほどだ。

「お姉さんは寝顔も可愛いね。睫毛長いなあ……」

「おい万楼っ、そんなに近くで……!」

「玄鳥、しーっ。お姉さんが起きちゃうよ」

「……っ、女性の寝顔を覗くなんて失礼じゃないか……」

 どうやら日向子の寝顔を直視出来ないようで、玄鳥は赤い顔で目を泳がせながら抗議する。

 万楼は可愛い顔でニヤニヤ意地悪く笑う。

「見ないともったいないよ。ねえ、リーダー?」

「知るか、俺に振るなよ」

 紅朱は迷惑そうに眉をしかめながらも、器用な姿勢で眠る令嬢を見やった。

 まるで無防備な寝顔をかばうように、サラサラとした絹糸のような髪が流れて、白い頬を少し隠している。

 うっすらと開いたチェリーのような唇からは規則正しく淡い寝息がもれているらしく、胸元が微かに上下している。

 無理な姿勢のためによれたブラウスの合わせ目からその奥の素肌が見えそうで……見えない。

「っ」

 それじゃまるで見たがってるみたいだろ、そんなわけあるか、と紅朱は心の中で自分に突っ込みを入れ、日向子から目をそらした。

「ったく……暑いんだよ、この部屋は……」

 ぶつぶつ言いながら出て行く紅朱を目で追った後、年少組は顔を見合わせた。

「この部屋暑い?」

「いや……肌寒いくらいじゃないか?」

 練習中は暑いので、スタジオの暖房を低めに設定されている。
 汗が冷えると少し寒く感じるほどに。

「ねえ玄鳥、このままだとお姉さん風邪引いちゃうんじゃない?」

「あ、そうだよな……上着とか掛けてあげたほうがいいか」

 玄鳥と万楼は同時に動き、備え付けのハンガーにかけてあったそれぞれの上着をそれぞれに取り、それぞれに日向子に掛けようとして、止まった。

「ボクのコートのほうがファーがふわふわであったかいよ」

「……俺のコートのほうが丈が長くて身体がはみださなくていいと思うけど」

「玄鳥、大人げないよ」

「お前こそ大人になれよ」

 呑気に眠りこける日向子を挟んで、チリチリと静かな火花を散らす男二人……のすぐ目の前で、カーキ色の布が翻った。

「え」

 二人は同時に声を上げて目を丸くする。

 いつの間にか(恐らくは不毛な睨み合いをしている間であろうが)日向子のすぐ傍らに立っていた有砂が、常通りのだるそうな顔をしながら、妙にテキパキとカーキ色のコートで日向子を包んで、挙げ句にあんぐりと口を開けたまま固まる二人を尻目に、ひょいっと日向子の小さい身体を抱き上げてしまった。

「有砂さん!?」

「有砂??」

「……前ん時より軽なってる……」

 日向子はこれでも全く目を覚ます気配もなく、自分がみの虫のように包まれて、お姫様だっこされているとは夢にも思わないだろう。

 有砂はこともなげに、

「ここにおくと練習の邪魔になりそうやから、今のうちに撤収する」

 淡々と言い放った。

「撤収……?」

 ハモる年少組に、

「……気ぃ利かせてドアくらい開けろや。塞がっとるやろう、両手が」

 と目を半眼する。

 するとタイミングよくドアが開き、ロビーの自販機で買ったのだろう500ミリリットルのコーラを片手に紅朱が戻ってきた。

「……は?」

 いきなり奇妙な光景を目にした紅朱の動きが止まっている間に、有砂は日向子を抱えたまま、その横をすり抜けてスタジオを出て行ってしまった。

「……なんだ? あいつどうしたんだ?」

 紅朱は残された二人に説明を求める。

 二人は手にしたコートが引きちぎれるのではないかというほどギュッと力を込めてドアの向こうを睨んだ。

「許せない……」

「有砂……っ!」


 その剣幕に二度驚きながら、紅朱はすれ違いざまに一瞬だけ至近距離で見た日向子の寝顔を何故か思い出していた。

「……美人、だったんだな……日向子って……」



 一方非難と困惑の眼差しを振り切った有砂は、そのまま駐車場へ向かった。
 実は寝たふりなのではないかというくらい全く目覚める気配のない日向子を落とさないように支えながら、苦労して愛車の後部座席に下ろす。

「なんや……誘拐犯の気分やな」

 日向子は少し寒さを覚えたのか、わずかにみじろいで、自分を包む布を更に強く巻き付ける。
 顔の下半分までが隠されてしまった。

「……アホ、窒息するやろ」

 有砂は嘆息して、日向子の口元の部分の布を少し引っ張ってやる。
 再び姿を見せた、控え目な色のグロスで艶めく唇が、微かに動き、声にならない言葉を紡いだ。


 ゆ・き・の


 そう読み取れた。
 
 有砂はおもむろに、軽く曲げた右手中指の関節部分で、こつん、と日向子の額を軽くどついた。

「……また、オレで悪かったな……」













「……雪乃!」

 駆け寄って、後ろ姿に呼び掛けた瞬間、びくっとその背中が震えたような気がした。

「……お嬢様……何故、ここに」

 振り返った少年は、確かに雪乃であったが、雰囲気が全くいつもと違って見えた。

 眼鏡をかけていないからかもしれない。

 いつも妙に大人びた雰囲気の雪乃が、今はなんだか年相応の普通の高校生に見える。

 濃紺のブレザーを着た雪乃の姿は朝・夕と目にしているから珍しくなどない筈なのに、新鮮に思えた。

 もっとも雪乃は大急ぎで通学鞄から眼鏡ケースを取り出して、すぐにいつもの通りに戻ってしまったのだが。

「わざわざこのような場所にいらっしゃるとは……どうなさったのですか?」

「うふふ、理由の一つは雪乃の通う学校が近くで見たかったから、ですわ」

 日向子の通う女学院の中等部校舎からも、この高校の校舎はよく見える。

 学院の女生徒たちは、みんな厳しく育てられた令嬢ばかりで、男性に対する免疫がないため、1キロメートルも離れていないこの場所を、憧れと怖さの入り混じった眼差しで眺めているのだ。

 もっともそれはお互い様で、丘の上にそびえる禁域……名門女学院の制服を着た少女が校門の前にたたずんでいるなどここの男子生徒たちにとってもあまりにレアな出来事だったのだが。

 日向子は自分が注目されていることに気付いていない様子で、ほんわかした笑顔を浮かべながら、ピンク色の可愛らしい紙袋を雪乃に差し出す。

「理由のもうひとつはこれですわ。家庭科実習でラズベリーのケーキを作りましたの。自分でもなかなかよく出来ていると……だから雪乃にも食べて頂きたくて」

「……私の帰宅が、待ちきれなかったので校門で待ち伏せなさっていたというわけですか」

「ええ。雪乃はいつも部活動で遅くなりますでしょう? 同じ『待つ』ならお屋敷よりこちらで、と」

「……お嬢様のお気持ちはよくわかりました。が、とにかくここから移動しましょう」

 雪乃は気持ち早口で告げて、日向子の先に立って歩き出そうとした。


「校門の前でナンパ……それもセシル女学院の生徒とは……なかなかおさかんなことやな、釘宮」

 日向子の知る限り、いつでもどこでも冷静沈着な雪乃の顔が、こんなにもはっきりと驚愕に彩られたことがかつてあっただろうか。
「……さっきから何を妙な話し方しとんねん、不気味すぎるで」

「……これはっ、その……」

「……雪乃? お友達ですの……?」

「……か、彼は、同じ部の……」

「まあ、そうでしたの」

 日向子は、雪乃と同じ制服を少し着崩した、鞄を肩口に引っ掛けるようにして斜に構えて立つ背の高いの少年を見上げて微笑する。

「オーケストラ部のお友達ですのね?」

 少年は、際立った美形ではないが、端正に整った顔を歪ませる。

「……オーケストラ部……?」

「よろしければ、ラズベリーケーキをおひとついかがですか?」

「お嬢様、彼は甘い物は召し上がりません。試食は私が責任を持って致しますので、早く参りましょう」

「……えっ、あ」

「失礼を」

 日向子の手からケーキと鞄を半分奪うように受け取って、歩き始める。

 日向子も仕方なく、

「雪乃とこれからも仲良くなさってね……ごきげんよう」

 と、何かまるで幽霊でも目撃したような顔をして雪乃を凝視する少年に、お辞儀をしてそれに続いた。


「……もう、雪乃ったら……どうなさったの? わたくし、雪乃のお友達ともっとお話したかったですのに」

「先生がお帰りになる前に早くお屋敷に戻りませんと、小原さんがお気の毒です。お迎えに上がっていながら、お嬢様に逃げられたなどと知れたらひどいお叱りを受けるでしょうから」

「……そう、ですわね……わたくし、軽率でしたわ」

 日向子は素直に頷き、雪乃はこっそりと胸を撫で下ろしていた。

「……そういえば、雪乃と帰るのは初めてですわね?」

「……はい」

「これからは毎日二人で帰りませんこと?」

「いけません。お嬢様を毎日歩いて帰らせるわけには参りません」

 ぴしゃりと遮断されてがっかりしながらも、日向子は少し考えて、言った。

「では、いつか雪乃が車に乗れるようになったら、わたくしを毎日迎えに来て頂けて……?」











「まあ……どういたしましょう」


 目を覚ました日向子は、まずそこが自分の部屋のベッドだったことに驚き、次に見覚えのあるコートにぐるぐるくるまっていたことに驚き、ベッドサイドに置かれたメモ書きに更に驚いた。


「……『カギは勝手に使わせてもらった。スペアのほうは預かってるから今度コートと交換する……涎ついとったら殺す』」

 やはりこのコートの主も、日向子を部屋まで送り届けたのも……有砂のようだ。

 日向子は状況を頭の中で整理しつつ、大切な預かりものをハンガーにかけて、ベッド脇に吊す。

 カーキ色のコートからはほんの少し、有砂が使っている香水の香りがする。

 だからだろうか?

 雪乃の夢なのに、有砂によく似た少年が出てきたのは。
 雪乃の友達を見たのはあの時が最初で最後……顔も声も覚えていないのに。

「あら」

 硬い感触を見つけ、「もしや」とポケットの中を探った。

 予想通り……それは有砂の携帯電話だ。

 しかも日向子が手に取るのを待ち構えていたように振動し始める。

「着信ですわ……どういたしましょう?」

 ディスプレイは非通知。

 日向子は悩んだが、携帯がないのに気付いた有砂本人からの着信の可能性を考えて出ることにした。

 通話ボタンを押した途端、日向子が何か言うより早く、上擦った声が響いた。

《佳人くん!?》

 日向子も知っている、女性の声。

 こんなにも取り乱した声は初めてだったが。

《佳人くん……っ、菊人がっ》

 続く言葉に、日向子は目眩を覚えた。


《誘拐、されたかもしれないの……!!》










《つづく》
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