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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「……ストーカー?」

 マンションの入り口にしゃがみこんでいた、おさげ髪の若い女は、斜め上から見下ろす男へ眼鏡ごしに強い視線を向けた。

「……ご挨拶ね、沢城佳人。コートも着ないでどこに行ってたの?」

「練習」

 短く答えて通りすぎようとする有砂に、すかさず問掛ける。

「ねえ、ゼン兄は? 連絡がつかないから待ってたんだけど……」

 有砂は立ち止まり、うづみを振り返った。

「……聞いてないんか? あいつならここにはもう戻らんつもりみたいやで」

「え……?」

「……ご丁寧にアパートの名義変更の手続きまで勝手に済ませて出て行きよった。
バンドも辞める気のようやし……お嬢の話と合わせて考えると、釘宮の後継者になるんはほぼ確定らしい。それも、年内やと……スノウ・ドームは安泰そうやな」

 有砂の言葉には多分に皮肉が含まれていたが、

「うそ……」

 うづみはそんなことにまるで気付かないように愕然とした表情でその場にへたりこんだ。

「……そんな……やっと、ゼン兄を自由に出来ると思ったのに……」

 震えながら、両手で頭を抱えるうづみを無言で見下ろしていた有砂は、ふと彼女の左手の薬指にきらめく飾りを目にとめた。

「……その指輪、どこで手に入れた?」










《第8章 迷宮の果てで、もう一度 -release-》【3】










「どうしたの? 日向子……」

 美々はいきなり部屋を訪ねてきた職場の親友兼後輩のただならぬ雰囲気に驚いていた。

 玄関先では話しにくいからという日向子に応えて、とりあえず部屋の中へ入れたが、日向子はソファに腰を下ろすこともなく、切羽詰まった表情で切り出した。

「美々お姉様の、お母様……有佳(ユカ)様が今どちらにいらっしゃるか、おわかりになりますか?」

 思いもかけない問掛けに、美々は日向子を凝視する。

「……なんで?」

 声音はどこか冷たいものになってしまう。

 日向子はひるまず、じっと美々を見返す。

「菊人ちゃん……美々お姉様の弟に当たる男の子が行方不明になりましたの
ハウスキーパーが目を離した隙にお庭からいなくなったと……」

 美々は一瞬目を見開いたが、すぐに打ち消す。

「……それで?」

「はい……ポストに走り書きのようなメモが投函されていたそうで……その、差し出し人の名前が有佳様なのですって」

「……メモには何て?」

「……『この子は私が連れて行きます』、と」

「……」

「有佳様は沢城家とは完全に絶縁していらっしゃったそうで、薔子様には行方がおわかりにならないのですわ。
美々お姉様ならご存じなのではありませんか……?」

 美々は一瞬苦しそうな顔で目を伏せたが、それもまたすぐに打ち消した。

「……その状況だったら確実に誘拐じゃないの。警察に通報すれば済むことでしょ?」

「できれば警察沙汰にはなさりたくないと、薔子様のご判断です……」

 美々はフッとにわかに冷笑した。

「……自分の子どもの身が危ないかもしれないってのに、悠長な女」

 日向子は首をゆっくり左右する。

「薔子様だって一秒でも早く菊人ちゃんの無事を確かめたいと思っていらっしゃいます。
……ただ、出来ることなら大人の都合で深く傷付く子どもをもう出したくないとお考えなのです」

 かつて沢城家の双子に起きた惨劇は、大きくマスコミにも取り上げられて、当事者たちの心に未だ影を落としている。
 
 薔子は当時は自分のことで精一杯だったために、他の人間、それも夫の前妻とその子どもたちを思いやる余裕など全くなかったのだろう。
 しかし年月を経て、自らも子を授かった今、薔子はそれを過ちと認められるようになっていた。

 日向子は電話で話して、そんな薔子の気持ちを察した。
 そして、詳しくは話せないが、有佳の居所に心当たりがあるかもしれない人を知っていること、もしも明日の日付に変わるまでに連絡しなければ、その時は警察に届けるようにと伝えたのだった。

「……なんなのよ、それは」

 うつむいた美々はうめくように呟く。

「あたしの幸せをぶち壊しておいて、今更何言ってんのよ……」

「美々お姉様……」

「日向子……あたし、佳人に会ったよ」

「え……?」

 微かに瞳に涙を浮かべた美々が、顔を上げ、乾いた微笑みをつくる。

「偶然ね……あの店でバイト始めたなんて知らなかったから。
あたし、あんなにつっぱってたのに、実際に会ったら我慢出来なくて、声をかけちゃった」

「……それで?」

「……佳人も気付いたみたいだったけど……言われちゃった。『もうここには来るな』って」

 一滴、涙が頬を伝い落ちる。

「当たり前だよね。……拒絶したのはあたしだったんだから。
……ダメなんだよ、一度壊してしまったものは元になんか戻らないんだ」

 震える言の葉。

「あの女もそれを知るべきなんじゃないの……?
子どもに何かあったって、自業自得よ」

 冷淡とも言える発言とは裏腹に、美々は傷付いた少女の顔をしている。

 日向子はそっと歩み寄り、小さな身体でぎゅっと美々に抱きついた。

「……日向子……」

「あなた方は、いつも自分に嘘をついて、追い詰めようとなさいますのね……欲しいものを要らないと言って、寂しくても寂しいとは言わない。
心にもないことばかり口にして、自ら傷付いて」

 本当に、よく似ているのだ。

 この妹とあの兄とは。

「……もしも、先に声を掛けたのが有砂様だったら、美々お姉様はどうなさいましたか……?」

「……それは」

「もしも相手が自分を憎んでいたら、許してもらえなかったら、拒絶されたら……そんな不安を感じたのではないですか?
傷付くくらいなら、自分から遠ざけてしまおうと……思うのでは?」

 美々は無言だったが、日向子はそんな彼女を見つめて、涙の跡を指で拭う。

「……本当に欲しいものがある時は、どうぞ勇気を出して、なりふり構わず求めて下さい。
その結果何が起きても……わたくしは、美々お姉様のお側にいて、出来る限りお支え致します。
……親友、なのですから」

 美々はきゅっと目を閉じて、今度は反対に日向子を抱き締めた。

「……ありがと……ごめんね。あんたのほうがよっぽど、お姉様みたいだね……」

「……美々お姉様は素敵なお姉様ですわ」

「そうだね、素敵なお姉様でいられるように、もっとしっかりしなくちゃ」

 美々は日向子を抱き締めていた腕をそっとほどいて、もう泣いてはいない、真面目な顔で切り出す。

「だけどごめん、あたしもずっと母さんには会ってなくて、今どこにいるかはわからないんだ」

「そうでしたの……」

「けど、前に母さんが入院してた病院とか、あたしがいた施設とか、色々当たってみればわかるかもしれない。
調べてみるから少し時間をちょうだい」

 いつもの行動力に満ちた頼りになる美々が戻ってきたようで、日向子は非常時に不謹慎かと思いながらも、純粋に嬉しくなった。

「はい、お願い致します……ではその間にわたくしは、もうひとつのあてを当たってみますわ」

「もうひとつのあて?」

 いぶかしげな美々に、日向子は自分のコートのポケットに入れたままだったあるものを取り出し、見せた。

「それ……」

「秀人様の名刺……アトリエに伺ってみようと思いますの。
薔子様がご連絡された際は、まともに話を聞いて頂くことも出来なかったと……わたくしから改めて事情をご説明して、有佳様の居場所をご存じないか確認しようと思いますの。
籍を外れたとしても、菊人ちゃんの実のお父様ですもの、きっと……」

「どうかな」

 苦々しく美々が呟く。

「あの人に世間一般の常識は一切通用しないからね……人並の親の情を期待しても無駄だと思うけど」

「……無駄、だったとしてもただ待っているよりはいいのではないかと思います」

 きっぱりと言い切る日向子だったが、美々はずっと渋い顔をしたままだった。

「……くれぐれも、気を付けてね? 日向子……」








「ねえ、玄鳥はどう思う?」

「何が?」

「有砂のこと。今日のあれってさ、やっぱりお姉さんのこと狙ってるのかな??」

 日向子を練習スタジオから連れ去った有砂は、何食わぬ顔で戻ってきた。

 玄鳥の非難や万楼の詰問も見事に煙に撒き、平然と練習をこなし、帰って行った。

 ファミレスで遅めの夕食をともにする年少組は、未だもやもやした気持ちを抱えたまんまだった。

「……別に有砂さんが本気で日向子さんを好きだっていうなら仕方ないと思う」

 玄鳥はサラダのレタスの青々とした繊維をフォークでザクっと貫く。

「……だけど、いい加減な気持ちの人間が日向子さんに近付くのは耐えられない」

「……いい加減な気持ち……」

 焼きたてのパンケーキにたっぷりメイプルシロップを回しかけながら、万楼はぽつりと呟く。

「……いい加減な気持ち、なのかな……ボク」

「万楼……?」

 玄鳥は恋敵の異変を敏感に感じとっていた。

「……今日、お前、ほとんど日向子さんと話してなかったよな。近くに行ったのは眠ってる時だけで……さ。
しばらくメールも控えてるだろ?」

「チェック細かいな……玄鳥って恋愛になると粘着質なんだね」

「……っ、なんだよ。心配してるんだぞ、一応」

 有砂や紅朱を牽制したり、万楼の行動をチェックしたり……自分でもあんまりかっこいいことではないとわかっている玄鳥は、わかっているが故に本気でむっとしてしまう。

「ごめん」

 万楼は苦笑いする。

「わかんなくなってきたんだ」

 とても、辛そうな笑みだ。

「ボクは本当にお姉さんが好きなのかな」

「……なんだよ、急に」

 二人はディナーを未だ一口も口に運ばないままに、互いを見つめる。


「お姉さんはボクを粋さんの代わりなんかじゃないって……言ってくれた」

「……うん」

「だけど……ボクにとってお姉さんはもしかしたら、代わりなのかもしれない」

 サラサラとした淡いピンクの髪に指をくしゃりと突っ込んで、万楼はきつく目を閉じる。

「だって思い出しちゃったから……ボクは、《万楼》が……粋さんのことが好きだったって」













「申し訳ありません、お約束もなく突然お邪魔致しまして」

「ええよ、ええよ♪ キミが遊びに来てくれるん、ホンマ楽しみやってんから」

 有砂と造形のよく似た顔がハイテンションで気さくに話す様子に、未だに戸惑いを覚えながらも、日向子はキョロキョロと室内を見渡した。

 秀人のアトリエ。

 《SIXS》のゴシックなイメージからもっと薄暗い洋館みたいなところかと思っていたが、ごく普通のモダンなデザイナーズハウスという雰囲気だった。

 秀人のアシスタントらしき人と数人遭遇したが、全員が若い女性だった。

 アシスタントの一人に案内された部屋は、三階建ての建物の最上階。
 その最奥の秀人のプライベートルーム。

 アシスタントにも入ることが許可されていない部屋だという。

 思いの外、無駄なもののないシンプルな部屋だ。

「座って」

 促されたのはベッドだった。
 有砂ほどではないが長身の秀人だけあり、ベッドは恐らくクイーンサイズだろう。

 日向子がちょこんと遠慮がちに腰を下ろすと、秀人は遠慮のかけらもなくすぐ横に座る。

「……で、急ぎの用って何?」

「あ、はい……その」

 日向子は菊人が行方不明であること、連れ去ったのは有佳の可能性が高いということを一生懸命説明した。
 秀人は、うんうん、と相槌を打ちながら話を聞いていた。

 これなら大丈夫かもしれない、日向子はそう思いながら尋ねた。

「有佳様がどちらにいらっしゃるかご存じでいらっしゃいますか?」

 秀人は問掛けにあっさり答えた。

「うん。わかるで」

「本当ですか!?」

「けど」

 年齢にそぐわない悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「教えて、あげないよ」








《つづく》
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