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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「あの……それは」

「だって」

 秀人は笑っている。

「有佳も薔子ももう僕の奥さんちゃうし、菊人も薔子が引き取ってんから僕の子やないやん?
ってことは僕にはもう関係ないし」

 あまりにも明るい口調で悪びれもせずに語るので、日向子は一瞬何も言えなくなってしまった。

「……あ、困った顔。めっちゃ可愛い」

 秀人は楽しそうだ。

「実に、そそるねー」

 沢城秀人には世間一般の常識は通用しない……美々の言葉が頭をよぎる。

「……どうしてそのような冷たいことを仰るのですか?」

「冷たい??」

 秀人は心外そうに目を細める。

「僕は冷たくなんかないで? ただ、僕がホンマに大切にできる人は一人だけやねんか」

「一人だけ……ですか」

「僕にはもうすぐ入籍する新しいハニーがいてんねんで。昔の奥さんと関わったなんてバレたらハニーが気ぃ悪くするやん?」









《第8章 迷宮の果てで、もう一度 -release-》【4】








「あの、事情はお察し致しますけれど……」

 そんなものは到底「お察し」出来るような事情ではなかったが、日向子はあくまで下手に出た。

「そこをどうかご協力頂けませんでしょうか?」

 秀人は口許の笑みをたやすことなく、

「キミ、僕のことを、ひとでなしやと思ってるやろ?」

 逆に問い返す。

 日向子は小首を傾げる。

「いえ、そのようなことはありませんけれど、少し困った方だとは思っています」

 秀人は「うんうん」と頷く。

「けどねえ、キミ。究極的に言えばみんな自分自身が一番可愛いもんなんやで?
……キミも、そう」

「……どういう意味でしょうか?」

 戸惑う日向子の顔を覗きこむように、秀人は少し距離をつめる。

「菊人が見付かっても、見付からなくても、生きていても、死んでいても、警察沙汰になっても、ならなくても……キミには何の損失もないやんか。
どっちでもええから、キミは気分のええほうを選んで行動しているに過ぎへんってこと。僕と同じや。わかる?」

「……よく、わかりません」

「ようするに、今キミは何もリスクを負ってへんゆうことや。
無傷で主張する正義に説得力なんかあらへんて」

 日向子は秀人の眼差しに至近距離から見下ろされ、なんだか落ち着かない気分を味わいながら、懸命に頭を回転させた。

「……では、わたくしがリスクを負えば、説得に応じて下さるということでしょうか?」

 秀人は元々切長の目を細める。

「……そうやねえ。それやったらええかも」

「では、わたくしはどのようなリスクを負えばよろしいのでしょうか?」

「んー……」

 秀人はほんの少し目線を外し、悩むような顔をしていたが、またすぐに日向子を見つめてにっこり笑った。


「純潔、とか?」


「は?」

 キョトンとしている日向子の華奢な肩を、秀人はポン、と唐突に押した。

「きゃっ」

 運動法則に従って日向子は横倒しにベッドに倒れ込んだ。

 秀人は日向子を見下ろしてぺろっと舌先で唇を舐めた。

「……僕と、エッチする?」

「……っ」

「エッチするんやったら有佳のいるとこ、教えてあげる」

「……そ、そのような……」

「あ、震えてる。めっちゃ可愛い……」

 秀人は上体を傾けて、日向子に半分被さるようにして瞳を覗く。

「実に、そそるね」

 日向子はぎゅっと手に力を込めて、息を大きく吸う。震えを止めるために。

「……このようなこと、ハニー様が悲しまれますわよ?」

「ええよ。今日からキミが僕のハニーってことにするから」

 暖簾に腕押しとはこのことか。

 日向子は今になって秀人の言葉をひとつ誤解していたことに気付いた。

 本当に大切に出来る人はひとりしかいない……それは恋人のことではないのだ。

 彼にとって最も大切で、可愛いのは自分自身なのだから。

「……嫌やんなあ? こんなひとでなしの、ようわからんおっさんに汚されるなんて。
嫌やったら僕を殴って帰ればええやん。
僕も無理強いする気ィなんて更々ないで?」

 それが理不尽な言葉だということはわかっている。

 しかしそれでも日向子は動けなかった。

 逃げて帰れば、菊人を救うことより自分の身可愛さをとったことになる。秀人の理屈でいくならば……。

 この人に負けたくない、と思った。


「……お好きに、なさってはいかがですか……?」

 気丈に告げて、きゅっと目を閉じた。

「……ふうん、そう」

 秀人の顔が更に近付いたのがわかった。
 耳元に息がかかる。

「……っ」

「……水無子と似てるんは、顔だけちゃうなあ。
キミもなかなか、僕の思い通りにならんね……?」

「……え?」


 日向子が思わず目を開けた瞬間、突如として激しく金属がぶつかるような破壊音が響き渡った。


「あーあー……また、なんちゅうことを」

 秀人は日向子から身を引いて、呆れたように溜め息をつく。

 日向子も半分身体をおこして、何が起きたのかを確認する。

 音がしたのは入り口のドアからだった。

 ドアのノブのあたりがすっかりひしゃげて、一部は砕けて床に転がってしまい、ドアの向こう側の景色が覗き見られるようになってしまっていた。

 驚く日向子の目の前で、破壊されたドアが開け放たれる。

「……ホンマに人の話をちゃんと聞かんオンナやな……」

 不機嫌な顔をした有砂が、どうやら凶行に用いたと思われる、胴体のへこんだ消火器を片手に入ってきだ。

「一人でそいつに会うな、ゆうた筈やで」

「あの、でも菊人ちゃんが……」

「薔子さんに聞いた。聞いたからここへ来たんや……ま、そこの変態に言いたいことは他にも山ほどあるんやけどな」

 手にしていた消火器を軽く放り投げる。秀人の足元に、それは鈍い音を立てて転がった。

 有砂はそうして空いた手で日向子をベッドから引っ張り下ろし、自分の後ろに押しやった。

 日向子はいつかの駐車場での出来事を思い出した。
 あの時と違うのは有砂の背中に強烈な殺気を感じること。

「……とりあえず、とっとと母さんの居場所を吐け」

「佳人~、それが人に物を頼む態度なん?」

 秀人は有砂の殺気を正面から受け止めている筈だが、この期に及んでもにやにや笑っている。

「……菊人のことが心配なんやったら、もっとちゃんとお願いしてみたらどうや~? お兄ちゃん」

「っ」

 有砂の肩が増幅した怒りにぐっと持ち上がるのを見て、日向子は思わずその背中に、触れた。

「……」

 有砂は日向子を軽く振り返り、無言のまま見つめた。
 日向子も何も言わなかった。

 それでも有砂は、小さく首を上下して頷いた。

 わかってる、と。

 そして有砂は再び実父へと向き合う。

「……親父……」

 低い声で呟くと、日向子の見守る前で、ゆっくりと、膝を、折った。

 グレーのカーペットを敷いた床に膝をつき、手をていて、最後に頭が降りる。

「……頼む。教えてくれ」

 日向子は祈るように両手を組んだ。
 有砂にとって、反発している父親に頭を下げることがどれほど屈辱的なことであるか。
 
 もしこれでも秀人がごねるようなら、日向子もその横で手をつくつもりでいた。

 だがその必要はなくなった。
 秀人がベッドに腰かけたまま、有砂を見下ろして、笑顔でこう告げたからだ。



「な~んちゃって♪ ホンマは僕も知らんねん。……怒った~?」



「っ……!」

 予想だにしない言葉に感情が追い付かずに、膝をついたまま呆然とする有砂の横をすたすたと、日向子は真っ直ぐに秀人の眼前に歩み出た。

 そして。

 細い手首が砕けてしまうのではないかというほど力いっぱい……秀人を平手打ちした。

「……痛ぁ~……」

 涙目で頬を押さえる秀人を正面から見据えていい放つ。


「痴れ者。恥をお知りなさい」


 幼な顔の小さな令嬢が浴びせた痛烈な一言。

「……えっ、あ……」

 秀人は大きく目を見開いて固まる。

「……ご。ごめんな、さい」

 涙目の状態で声を裏返らせながら、ほとんど反射的に謝罪する。

 日向子はそんな秀人に背を向けると、また別の意味で呆然としている有砂の前でしゃがみこみ、数秒前が嘘のような笑顔を見せた。

「ご立派でいらっしゃいました。さあ、参りましょう」

 手をさしのべる。

「……ね?」

 有砂は無言のまま目を伏せて、静かにその手を取った。

「……ああ」

 おとなしく日向子に手を引かれて立ち上がり、半泣きのままうなだれている秀人に視線を向けることもなく、有砂はゆっくりと破壊されたドアから部屋を出た。

 何事が起きたかと部屋の外に集まっていたアシスタントの若い女性たちがわざとらしく散々に逃げて行く中を、ゆっくりと歩き、一階エントランス直通のエレベーターに二人で乗り込んだ。

 ドアが閉まった瞬間、日向子は突然、バランスを失ったようによろめいて、有砂にしなだれかかるような格好となってしまった。

「……お嬢?」

 とっさにそれを支えながら、有砂は日向子の顔を覗く。

「……申し訳ありません……身体に力が入らなくて」

 日向子ははーっと息を吐き出す。

「……人様に対して本気で怒ってしまったのは、生まれて初めてでしたから……」

「……あんな無茶苦茶な交換条件出されても怒らんかったくせに」

「はしたない真似を致しました……有砂様のお父様にあのような」

「……あんな奴、はなから父親やと思てへん」

「……それは、嘘ですわね」

「……なんやて?」

「有砂様は秀人様に頭をお下げになりました……菊人ちゃんのために夢中でいらしたのでしょうけれど、そればかりでなく、本当はどこかで秀人様を信じてみたい、というお気持ちがあったのではありませんか?」

 日向子は有砂の腕に身体を預けたまま、ずっと高いところにあるその瞳を見つめた。

 有砂は目をそらすことなく、眼差しを受け止める。

「……そう、かもな」

 胸を締め付けられるほどに寂しそうな微笑で。

「……何回裏切られても、何回失望しても、どこかでまだ期待を棄てきれてへんのかもしれへん」

「……あ」

 ゆっくりと静かに下降を始める狭い箱の中で、日向子は有砂の腕に包まれ、きつく抱きしめられていた。

 胸の位置に押し付けられる格好になった右耳には有砂の心臓の鼓動が響いてくる。

 苦しそうな呟きと一緒に。

「……前にジブンが言うてた通り、オレは孤独に耐えられない甘ったれのガキや……」

「有砂様……?」

「……いつも悪夢に追い掛けられて、独りきりで夜を越えることすらオレには……っ」

 顔は見えないが、多分有砂は泣いているのだろう、と日向子は思った。

 秀人の仕打ちは恐らく、有砂の不安定な心を紙一重で支えていた細い支柱を無惨にへし折ってしまったのだろう。

 だがその支柱は裏を返せば、有砂の本心を外界から隔てるための、侵入者を阻む障害だったともいえるのかもしれない。

 吐き出されているのは、皮肉も虚勢も失われた言葉。

 脆く儚く、純粋な……。

 日向子は今、初めて有砂の剥き出しの感情に触れたような気がした。

 そのあまりにも繊細な想いにどんな言葉を返してあげればいいのかわからず、日向子はただ有砂の後ろに手を回して、その小刻みに震える背中を撫でていた。

 フロア表示の点灯が「1」を示し、ゆっくりと扉を開くその時まで。


 訪れたその時、有砂は、静かに日向子を解放した。

「……立てる、か?」

「……はい、あの……大丈夫みたいです」

「そうか」

 有砂はどこかわざとらしく、日向子の前に立ってエントランスを抜け、歩いていく。

 涙の余韻を見られたくないのだろう。

 いつもの有砂に戻りつつある。

「さてどうする? お嬢。諦めて警察に駆け込むか?」

 後ろ姿の問掛けに、日向子はきっぱり答えた。

「いいえ。まだですわ」










《つづく》
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