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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「中学の時……」

 信号待ちの最中、ふと有砂が口を開いた。

「……母さんがオレを訪ねてきてくれたことがあった」

「有佳様が……?」

「そうや。『病気』の治療の経過が順調やったから仮退院したけど、有砂……妹にはまだ会わせてもらえてへんような状況で、寂しかったんやろうと思った。
……オレも複雑な心境ではあったけど、久しぶりに母親に会えたことは、嬉しかった」

「そうでしたか……」

「学校でうまくやれとんか、友達はおるんか……なんてしつこく聞きよって……。
ちょうど文化祭の時期やったから、心配いらん、て証明するためにバンド組んで母さんを呼んでやることにしたんや」

「……それが有砂様がドラムを始めたきっかけですわね?」

「……まあ、そうなるな」

 やがて信号は青になり、ゆっくりと、車が流れ出す。

「……オレのドラム人生のベストパフォーマンスは、未だにあのステージのような気がする」








《第8章 迷宮の果てで、もう一度 -release-》【5】








 かつてスノウ・ドームの古いピアノの前で、蝉から話を聞いたことがあった。

 蝉を感動させ、ロックの世界に引きずりこんだという有砂のプレイ。

 それは根底に、母親への強い愛情があったからなのかもしれない。

「……有佳様は、さぞやお喜びでしたでしょう?」

「ああ……絶賛しとった。……ずっとオレのことを『有砂』と間違えたままやったけどな」

「……え?」

「……何回違うゆうても『有砂』『有砂』て……母さんの中で『沢城佳人』の存在は無かったことになっとったみたいやから」

「そんな……」

 実の母親の記憶から存在ごと抹消される……想像を絶するような心痛であろう。

 有砂はハンドルにかかった指先に少し力を加え、微かに充血した目をすがめる。

「あの人は多分……オレを忘れて、事件を忘れて……そうでもせんと正気を保てんかったんやろう」

 自分を訪ねて来てくれたと思っていた母親は、自分を通して妹の幻影を求めていたに過ぎなかったという、事実。

 裏切られた淡い期待。

 有砂にとって実母との再会は新たな苦い記憶となってしまったのだろう。


「……ですから有砂様は、『期待』してしまうことを恐れていらっしゃるのですね」

 有砂はそれきりまた、無言になってしまった。

 夜の街を走り抜ける、白い車はもうすぐ目的地にたどり着く。

 秀人のアトリエを出てすぐに、美々から日向子へ着信があった。



――わかったよ、日向子。
  母さんの行方。

  一時退院を繰り返しながら、都内の病院で療養を続けてるみたい。

  明日からまた院に戻るらしいけど、今夜はきっと自宅にいるって。

  自宅の場所は……










「……ここ、ですわね?」

 静かに車のドアを閉めて、日向子はすぐ目の前の建物を見上げた。

 薔子の住むハイソな高級住宅街から歩いても30分とかからないその一画は、現代世界から忘れ去られたようなうらぶれた雰囲気の商店街だった。

「……ホンマにここか?」

 有砂がいぶかしい顔をするのも無理のない話だ。

 時間が時間なのですでにシャッターが降りているが、そのシャッターと、上にかかった色褪せた看板には「洋菓子店 りでる」と書かれている。

「……ええ、その筈ですけれど」

 日向子は情報の出所がどこであるか、有砂にはまだ話していなかった。

 時間もないため有砂のほうもしつこくは追求しなかったが、たどり着く先がまさかレトロなケーキ屋とは想像だにしなかったようだ。

 二人は戸惑いながらも建物の裏手に回り、住居スペースのほうへ繋がっていると思われる裏口を見つけた。

 日向子がチャイムを三度押すが、中から誰も出てくる気配はない。
 窓から灯りが見えているので、誰かしらいるようなのだが……。


「……ああ、すいませんね~。そのチャイムは壊れてて鳴らないんですよ~」


 間のびした妙なテンポで、人のよさそうな高齢の男性が声をかけてきた。

 中身のたくさん詰まった紙袋を抱えて、不意に現れたその男性は、二人のほうに近付いてくる。


「もしや、このお店の方でいらっしゃいますか?」

「はい~、店主の吉住(ヨシズミ)と申しますが、何かご用ですか~?」

 吉住と名乗る男はにっこりと素朴に微笑む。
 有砂は吉住に、静かに問掛ける。

「……井上、有佳という人はここにいますか?」

 吉住は少し驚いたように小さい目を見開いたが、すぐにまた笑顔に戻った。

「おや~、有佳さんにお客さんとは珍しい」











「有佳さんが住み込みで働くようになって、四年ほどになります。
その四年の半分以上は病院で過ごしているから、実際にはもっと短いですがね~」


 ショーウインドウの中の玩具に目を奪われるこどものように、有砂は硝子一枚隔てた向こう側の景色に釘付けになっていた。

 硝子の向こう……厨房の中で、真っ白なエプロンをつけて、バンダナを頭に巻いた背の高い中年の女性が平台の上に乗せた何かの生地らしき塊をこねている。

 有砂のすぐ隣で、日向子もまたその光景をじっと見つめていた。

 彼女は本当に、美々とよく似ている……。

 そんな感慨を抱きながら、平台からようやく頭半分覗く程度の小さな男の子が女性のすぐ傍らで、好奇心に瞳を輝かせているのを見て、安堵した。

 若い訪問者二人の心中を察しているのかいないのか、吉住はまったりと語る。

「有佳さんは病気のせいで一緒に暮らせないお子さんのためにお菓子の作り方を覚えたいと言って、この仕事を始めたんですがね~。
不器用で、包丁も満足に握れないところから、随分と成長したみたいですよ~」

「……ろくに料理なんか作ったことなかったからな」

 有砂が無表情のままぽつりと呟く。

「そうみたいですね~。だからあんなにはりきってるんですよ~。ようやく可愛い息子に自分が作ったものを食べさせてあげられると」

「息子に……?」

 日向子と有砂は声を揃えて問い返す。

「ええ~。息子の佳人くん……あの男の子です。まさかあんなに小さい子だったとは思いませんでしたけどね~」

「佳人……?」

 またしても声が重なり合う。

 その瞬間、声が届いたわけではないだろうが、厨房の中の男の子……吉住が「佳人」だと認識している彼が日向子たちに視線を向け、何か呟いたのがわかった。

 その呟きで、生地を夢中で伸ばしていた女性……有佳もまたこちらに気付き、振り返る。

 女性の顔に驚愕が浮かび、その目線の先の有砂もまだわずかに脅えたような表情を浮かべ、後ずさる。

 日向子はとっさにエレベーターの中でしたように、有砂の背中を軽く撫でた。

「……お嬢……」

「大丈夫……逃げないで。わたくしがここにおりますから」

 その時、厨房の中に男の子をおいたまま、有佳が駆け足で飛び出してきた。

「ごめんなさい……!!」

 有佳は半分日向子を押し退けるようにして、有砂にすがるように抱きついた。

「っ、母さ……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……佳人を勝手に連れ出してもうて……堪忍ね……秀人さんっ」

「え……?」

 有佳は周囲の様子も、有砂の表情も全く目に入らないふうで、有砂の胸にすがりながらぽろぽろ涙を流す。

「うち、やっぱり佳人と離れて暮らすん嫌や……うちが生んだ子ぉを、なんでうちが育てたらあかんの……?
佳人がおらんから有砂も毎晩毎晩、眠れんて泣いてるんよ……?
ねぇ、あんた……うちは、どうしたらええ?」

 泣きじゃくる有佳と、当惑する有砂を呆然と見ていた日向子の上着のすそを、小さい手がつっと引っ張った。

「おねえちゃん」

「……菊人ちゃん」

 厨房から抜けてきた菊人が、日向子を見上げる。

「あのおばちゃん、なまえまちがえるよ。
でも、うれしそうだからおれ……」

「間違ってる、と言えなかったのですわね?」

 日向子は微笑んで、菊人の頭をなでなでしてあげた。菊人はくすぐったそうにしている。

 恐らくたまたま幼い頃の息子とよく似た少年を見つけたことで、有佳の記憶は逆行したのだろう。
 封印していた想いが蘇り、混乱をきたしてしまった……。

 我が子を強く愛するが故に。

 有砂は、しばし有佳を見つめていたが、やがて躊躇っていた両腕でぎゅっと有佳を抱き返した。

「……そうやな……有佳、ごめんな……僕が、悪かった」

「……秀人さん?」

 有佳は泣くのを中断し、少し顔を上げる。

 有砂はさながら恋人を愛撫するように、有佳の髪を撫でた。
 そして、笑ってみせる。

「有佳の病気が良うなったら、また四人で暮らそう……?
有砂と、佳人と、僕と、キミで……」

「……秀人さん」

 有佳は年を重ねても尚美しいその顔に至福の笑みを浮かべ、再び有砂の胸に顔を埋めた。

















「一人、か?」

「いいえ、今日は待ち合わせですの」

 事件の翌日。
 冬晴れの午後。

 来たるべき聖なる祝福の日に向けて装飾の施されたカフェの店内で、日向子と有砂は客と店員としてまた顔を合わせていた。

 菊人は無事に薔子の元に戻り、有佳は予定通りまた病院に戻った。
 哀しく辛い過去に囚われたままの有佳が完全に社会に復帰するにはまだまだ時間がかかるだろう。
 しかし吉住は有佳の事情を知った上で、あの穏やかな笑顔で、これからもこの店で有佳とやっていくつもりだと話していた。

 安住の地とあたたかい理解者を得た彼女は、きっとこれ以上不幸にはならないだろう。

 たとえ有砂が囁いた幸福な嘘が、現実になりえなかったとしても。

 有砂は日向子のオーダーを聞いてテーブルを離れたが、またすぐに戻って来て、日向子の向かいの席に座った。なんとなく不機嫌そうに。

「有砂様??」

「……休憩、やって」

 ふとキッチンのほうを見やると、忙しく仕事をする振りをしながら、明らかにこちらを興味津々に見守っている視線があった。

「……あの、一体」

「……お嬢は気にせんでええ」

 有砂が同じ方向を見やり、軽く睨むと視線の主たちは、そそくさと仕事を始めた。

「……それはそうと」

 有砂は日向子のほうに向き直った。

「悪かったな、面倒なことに巻き込んで」

「いえ、先にご面倒をおかけしましたのはこちらですもの。わざわざわたくしを部屋まで運んで下さったのでしょう?」

「……一応、世話したるように言われとるからな。……まあ、オレは引き受けた覚えはないんやけど」

「はい?? あの、よくわかりませんがありがとうございました。
そういえば、アトリエの時も、助けに来て下さいましたものね?」

「……あの時のことはもう、ええやろ」

 気まずそうに目線を逃がす有砂。
 秀人に土下座した件といい、日向子の前で泣いたことといい、彼にとっては不名誉なことばかりだったに違いない。

「……あんなことがあったばかりですのに、お母様のためにお父様の振りをして差し上げるなんて、お辛くはありませんでしたか?」

「……多少不本意ではあったかもな」

 と目を半眼しながらも、有砂のの口調は穏やかだった。

「……でもオレももう、いじけるだけのガキではおれんからな」

 たとえ有砂を誰と見間違えていようと、有佳の中には確かに息子への強い愛情がある。自分を壊してしまうほどの……。
 それを目の当たりにしたことで有砂の長年のわだかまりも氷解したようだ。

「お嬢……オレは、腹をくくった」

 有砂の口調は、今までになく力強いものだった。

「妹を……『有砂』を捜す。また期待を裏切られるだけやったとしても、な」

 迷いのない言葉に、日向子は頷いた。

「……そうですか」

 悪戯な笑顔を浮かべて。

「ところで有砂様……本日は有砂様にわたくしの大切な親友をご紹介したいのですけれど、よろしいでしょうか……?」













《第9章へつづく》
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