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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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 あ、どうも。俺です。

 望音ちゃんの取材はもう終わったんですか?

 ……そうですか、良かったです。あの子が何か失礼なこととか言ってないかな、って心配で……。

 ……あ、いや、違います! それを確かめるためだけに電話したわけじゃなくて……えっと……。


 ……やっぱり、いいです……。

 また掛け直しますね……それじゃ。








《終章 その翼にさらわれる ―Vertical updraft―》










「……また?」

「……はい、また、でした……」

 玄鳥から、こんな電話が入るのは半ば日課のようになっていた。

 携帯を手にしたまま、不思議そうに小首を傾げる日向子を見やり、美々は溜め息をついた。

「……あんたも苦労するわ」










 あの夜もそうだった。
 玄鳥は何か言いたそうにしていたのだ。

 heliodorとBLA-ICAの対決の日。
 合同ミーティングという名の合同打ち上げの帰り、自宅マンションまで送ってくれた玄鳥は、別れ際、一度日向子を呼び止めた。

 しかし、何も言わなかった。ただ、もう一度「おやすみなさい」と言った以外には何も……。



 仕事を終えて編集部を出た日向子は、美々と少しだけお茶して、別れた。

 店に入ってから出るまでも、店を出てから雪乃の車で帰宅するまでも、帰宅してからもずっとずっと、考えるのは玄鳥のことばかりだった。

 また携帯が鳴るのを待っている。

 それがたんに、奇妙な電話の用件を知りたい……という好奇心のみに由来するものではないと、日向子自身はっきり自覚していた。


 そしてそんな日向子を見て、美々も楽しそうに言っていた。


「恋してるんだね……日向子」


 帰宅した日向子は、コートを脱いだ後、まっすぐにピアノ室に行き、ピアノの前に座った。

 そこからよく見える位置に飾られていた、高山獅貴のタぺストリーは、今はない。

 たとえまだあったとしても、今の日向子には目に入らなかったに違いない。


「玄鳥様……」


 これではいけない……と思った。

 仮にも雑誌記者ともあろうものが、自分から行動を起こさなくてどうするのかと。

 会いに行こう。

 思い立ってすぐに、脱いだばかりのコートを取りに行った。

 急いで素早くそれを着直すと(もちろん日向子なりに急いだ結果の、日向子なりの素早さだ)、転がるようにしてマンションから駆け出す。

 望音の話では、今日はBLA-ICAのスタジオ練習の日で、玄鳥も参加する予定だということだった。

 練習に合流するために、タクシーに乗り込んだ望音が、運転手に告げた場所なら記憶している。

 そこへ行けば、玄鳥に会える筈だ。














 練習スタジオのすぐ側でタクシーを降りた日向子は、はやる気持ちを抑えながら、けれど抑えきれない速い足取りで、再び駆け出した。

 あと数歩で入り口……というところで、日向子の足は止まる。

「あれは……」

 スタジオ裏手に続く、狭路から黒っぽいものが見え隠れしている。

 猫だ。

「……シュバルツちゃん?」

 思わず歩み寄った瞬間、日向子の眼前に現れたのは驚くべき光景だった。

 わずかに差し込む夕焼けに照らされた薄暗い路地に、重なり合う2つのシルエット。

 小さなほうは望音。

 大きなほうは玄鳥。

 少し踵を上げて背伸びした望音を、玄鳥はしっかり抱き留めていた。

 まるで恋愛映画のワンシーンのような、眩しい景色。

 半ば呆然としていた日向子の足元で、


「うにぁ」


 シュバルツが空気も読まずに欠伸をする。

 それは玄鳥の耳にも届き、そして……。


「……っ、日向子さん!?」

 見つかってしまった。

「あ……」

「あのっ、これは……」

「……申し訳ありません。失礼致します……!」


 玄鳥がどんな顔をしていたのか、望音はどうしていたか、全くわからなかった。

 ただ早くその場から離れたくて、後ろも振り返らずに一目散に駆け出していた。















 大して土地勘もない街中を闇雲に走った日向子は、白い息を吐きながらようやく立ち止まった。

 最後の残光が消え去った夜の闇の中、線路とその手前の鉄線に遮られ、日向子の前に道はもうなくなっていた。

 一体どれだけの間走っていたのだろう。

 すっかり都会の喧騒から離れて、まるで人気のない場所に辿り着いてしまったらしい。

 引き返そう……ゆっくり振り返った日向子は、振り返った格好のまま、目を見開いて固まった。

「っ……どうして」

 すぐ後ろに玄鳥が立っていた。

「どうして……って、あなたが逃げるから追いかけて来たに決まってるでしょう」

 いつもとは少し違う、険しさをにじませた声。

「……ずっと、後ろに?」

「はい……あなたは一度も振り返らなかったから、気づかなかったでしょうけど」

 日向子がいくら全力で走っても、玄鳥が走り負けるほど加速することはできなかった。

 それでも流石に多少は息が上がっているらしく、白い息が夜の闇に規則正しく吐き出されていた。


「どうして、逃げたんですか……?」

 玄鳥の問い掛けに、日向子は俯いたまま何も答えられなかった。

「答えてくれないなら……そのまま黙って、俺の話を聞いて下さい」

 玄鳥は一定の距離を保った立ち位置のまま、日向子にゆっくりと語り掛ける。

「……出来ればあなたには見てほしくなかった。
どんな理由であれ、他の女の子に触れているところを……見られたくありませんでした。あなたに、だけは。

それがどういう意味か、わかりますか?」

 どくっと胸が高鳴る。

 日向子は思わず俯いていた顔を上げて、玄鳥を見た。

 どこか苦しそうで、けれど優しげな目で、玄鳥は真っ直ぐ見つめている。

「ずっと……あなたに伝えたかったけど、何度も約束を破って来た俺が、どんな言葉を選べばこの想いをちゃんとわかってもらえるのか、信じてもらえるのか……わからなくて、悩んでたんです」

 あの夜も。

 何度も繰り返した電話も。

 彼は言葉を探し、そして見つからなくて打ち消した。

「今もそうです……あなたを何と言って引き留めたらいいのかわからなかったから、黙ってこんなところまでついて来てしまった……情けない男なんです、俺は」

「そんなこと……」

「どうか、最後まで聞いて下さい……結局ありふれた言葉しか捕まえられそうにないけど、今、俺の気持ちを伝えます」

 均衡を破るかのように、玄鳥は静かに足を前に出した。

「俺は日向子さんを、愛しています」

 それはあまりにもシンプルで、ありふれた……けれど、迷いの欠片もない真摯な愛の言葉。

 言葉とともに歩み寄った、黒いコートの両腕が、日向子の身体を抱き締めていた。

「俺はあなたしか見ていない……側にいても、離れていても、誰と一緒にいても……俺はいつも、あなただけを想ってるんだ……!」

「玄鳥様……っ」

 走ったせいで、高くなったままのお互いの体温がはっきりとわかってしまう。

 それ以上にぐんぐん高まっている心の温度はもはや沸点に近い。


 心から好きだと思った人から、「愛してる」と言われたのだから。


「わたくし……っ、わたくしも玄鳥様が好きです……!」

 耳元で、いとおしい声が優しく囁く。

「いいんですか……? 今度は本当にさらいますよ」

 いつかの別れの日のことが、脳裏を過る。

 飛び去っていく翼を、見送ることしかできなかった日のことが。


「……どこへでも、さらって下さい」


 黒い翼を大きく広げ、上昇気流に乗り、どこまでも舞い上がっていくというのなら、その背に乗せて連れて行ってほしい。

 望む場所へ、どこへなりとも。

「……ありがとう」

 お礼の言葉を紡いだ唇が、そっと、日向子のそれに重なる。

 ただ少し触れ合うだけの、ささやかな口付け。

 今の2人にはそれが精一杯で、それだけで目一杯の幸せを互いに感じていた。












「……あの娘、本当に伯爵のことを慕ってたんです」

 線路伝いの暗い道を、2人は歩いていた。

「……恋愛感情……と呼べるものなのかはわかりませんけど……すごく、好きだった」

「……わかりますわ、なんとなくですけれど」

 手と手をしっかり繋いで、ゆっくり歩いていた。

「……平気な顔をしていたけど、伯爵に置いていかれて辛かったんでしょう。
……練習中に急に泣き出してしまって、仕方なく一緒にスタジオを出て」

「慰めて、いらっしゃったのですね」

「ただ側にいただけで何も言えなかったんですけどね……抱きつかれるとは思ってなかったです」

 苦笑いする横顔を見つめながら、日向子は妙に納得していた。

 玄鳥がheliodorを脱退して、いなくなってしまった時の気持ち。

 失ってみて初めて、本当に大切だったのだと思い知らされる。

 思わず繋いだ指に力がこもってしまう。

 すぐに、同じ強さで握り返される。

「……なんだか夢を見ているようで……こうしてないと怖くなります」

 玄鳥は日向子の手の感触を確かめようとするかのように繋いだ手の指を動かす。

「その……俺たち、恋人同士になれたんですよ、ね?」

「……はい。相思相愛の、恋人同士……ですわ」

「……あは」

「……ふふ」

 20代半ばの恋人同士としては、あまりにも甘酸っぱい。

 日向子にとって玄鳥が初めての彼氏であり、玄鳥にとって日向子が初めての彼女なのだから、無理もないのかもしれないが。

「こんなところ、みんなに見られたら何を言われるか……」

「では、皆様には内緒に致しますか?」

「……それは……ちょっと俺には無理かも。
元々隠し事は苦手なのに、ここしばらく隠し事まみれで本当に疲れました」

 そう。それが日向子のよく知っている玄鳥だ。

 真面目で誠実で、嘘のつけない優しい人。

「それに……」

 遠くでカンカンと、踏切の閉まる音が聞こえていた。

「……みんなには知っておいてもらわないと困るんです。

あなたが、誰のものなのかを」

 ゴーッと音を立てて、急行電車が風をまといながら走り抜けていく。

 束の間、すべての音がかき消されたその瞬間、日向子をじっと見つめる眼差しには好戦的ともとれるような、熱が宿っていた。

 それは今まで日向子の知らなかった玄鳥。

 けれどわかっていた。

 玄鳥が内に秘めている情熱がどれほどのものであるかは。

「……あなたは俺がさらうと決めたから、誰にも渡すつもりはないです」

 キッパリと言い切った言葉の力強さに、日向子もまた、力強く頷いて見せる。

「……ずっと、離さないで下さい。
わたくしを置いては、どこへも飛んでいかないで」


 風が止み、警報の音もやがて静まった時、玄鳥はいつもの優しい笑顔で日向子を見つめていた。

「……いつかあなたをもっと高い空へ連れて行きます。俺の翼で、きっと……」















《END》
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