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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「綾(アヤ)くん」

 ドライバーシートからのけだるい声がそっと沈黙を破る。

「……ガム、取ってくれへん? グローブ・ボックスん中」

「あ、はい」

 少し頭を低くして、目の前の取っ手を引いた。

 中を覗き込んで、

「……」

 閉めた。

「……綾くん、ガム……」

「……なかった、です」

「……ホンマに?」

「……なかったです!」

「……もっと、よう探してや。ガムないとオレ、あと15秒で寝るから」

「……」

 抑揚のない脅迫を受けて、やむなくもう一度グローブボックスを開けた綾は、さっき見たものが幻でないことを実感した。

 なんでここに、こんなものが……?

「綾くん、早く」

「……はあ」

 綾は心を決めてグローブボックスに手をつっこみ、サラリとした手触りのピンク色の布切れを指でつまんでどかした。

 広げて確かめるでもなく、ソレは女性ものの下着だった。

 恐らくは、使用済みの。

 その下から現れたボトル入りのガムを手に取り、蓋を開けてドライバーシートに差し出した。

「サンキュ」

 つまみあげた黒い粒を口に放り込みながら、運転手が呟いた。

「欲しい? それ……」

「いや、オレ、辛いガムはちょっと苦手で」

「そやなくて、ピンクのそれ」

「え」

「……多分忘れ物やけど、どのコのかわからへんから」

 しれっとした口調でそう言われ、綾は体の血がぐっと上に昇るのを感じながら、ガムを再び投げ入れて、すぐさまグローブボックスを閉じた。

「い、いりませんよ」

「……綾くんって……」

 ふっ、と鼻から抜ける笑いを浮かべて、運転手が囁く。

「……チェリー?」








#2・【玄鳥 ―2004・秋―】








「なッ……」

 血の流れは更に加速する。

「あ、有砂(アリサ)さんッ」

「……ま、どっちでもかまへんけど」

 綾は、ウインドウにがくっと頭をもたげた。

 やはり苦手だ。
 この人は。

 ガムをゆっくりと口腔内でもてあそぶ有砂(アリサ)の、少しはだけた首のつけねには、まだ新しい痣が見え隠れしている。

 いけないものを見たかのように、綾は視線を逃がす。

 初めて会った時から、有砂の持つ独特の空気と言動は綾を戸惑わせてばかりいた。


 とりあえず気まずい(と思っているのはおそらく綾のほうだけなのだが)空気を変えるために話を振ってみる。

「あの……有砂さんは、どう思ってるんですか?」

「……何が?」

「兄貴はオレを認めてくれるでしょうか……heliodor(ヘリオドール)の新しいメンバーとして」

「……さあなぁ……オレは紅朱ちゃうから」

「……まあ、そうですけど」

 全くもって糠に釘だ。

 目指す目的地までのドライブのハンドルを握るのが、有砂になってしまったことは今の綾には不運なことだったのだろうか。


「……まあそこはジブンが巧く説得するんやな……あいつは単純やから、なんとでもなるやろ」

 まるで突き放すかのような台詞の後に、

「少なくともオレと蝉(ゼン)からは文句はないで……ジブンのハラがホンマに決まっとんのやったらな」

 続いた言葉は、綾の中で重く響いた。

 有砂の言うことは、正しい。

 これは、けっして中途半端な気持ちで決めてはいけない。
 本当にそれだけの覚悟があるのか。
 暗に有砂は確認しているのだろう。
 

「オレは……」

「……紅朱の気持ちは今九割解散に傾いとる。あの負けず嫌いの強情者が、オレや蝉にまで弱音を吐きよってみっともない……けど、実際はもうヤツは限界までズタズタな筈やで」

 胸をえぐるようなその内容とは裏腹に、有砂の口調は相変わらず淡々としたもので、それでも綾は真剣な顔付きで頭をウインドウに預けたきり、黙って耳を傾けていた。

「何の前ぶれもなく公私ともの大切な『パートナー』に去られた直後に、追い討ちをかけるようなあの『事故』や。あいつの右手は今後もう、長時間の演奏に耐えることはできんねんで? ……そう医者に言われた時の荒れっぷりは尋常やなかった。ギターボーカルゆうスタイルにこだわりを持っとった紅朱にしたら、それは喉が潰れるのと変わらんくらいのはかりしれない痛手やで」

「……兄貴、上京してから初めて向こうからオレに電話を……田舎に、帰るかもって」

 故郷を去っていったあの日とはまるで別人のような、かすれた疲れきった声が、その絶望の深さを物語っていた。
 口調はまだどこかに強がりの色を残してはいたが、そんなものがはったりに過ぎないのは明らかだった。
 少なくとも実弟の綾にわからぬ筈もない。

「……だけどオレは、兄貴にはバンドを続けてほしいと思ってます。たとえもう、ステージでギターを弾くことができないとしても、唄うことは止めないでほしい」

 綾はゆっくりと頭を起こして、決意を込めた口調で告げた。

「きっと、唄うために生まれてきた人だから。必要ならこのオレが、兄貴の右腕になります」

「……それは献身的兄弟愛の自己犠牲なんか?」

 そう鋭く問いつめる有砂の声は、どこかはりつめたものを感じさせた。
 綾は首を横に振る。

「それは、違います……オレが、好きなだけです。兄貴の唄。だからきっと、自分のためです」

 ふっと有砂は微笑を浮かべた。

「そうやゆうたら唄だけなんやってな、あいつが綾くんに勝てるものは」

「えっ……兄貴、なんか言ってました?」

 思わず前傾姿勢になって有砂を見やる。
 有砂は進行方向を見つめたまま、薄い唇に含みのある微笑を浮かべたまんまで、


「オレらは耳がタコんなるくらい聞かされたで。ガキん頃から弟はなんでも自分の真似したがりよって、結局なんでも自分より巧なってた、生意気なやっちゃゆーて」

「ちょっと待って下さい! 違いますよ。それは兄貴が飽きっぽくてすぐ投げ出すからですよ……続けてればもっと上達する筈なのに」

「……どっちの言い分が正しいんかはわからん。どっちも正しいゆーこともあるやろう。けど、少なくともギターのセンスはジブンのがずっと上やな……」

「……そうでしょうか」

「……ん?」

「オレは何をやっても自分が納得できるレベルに達したことなくて、誰に誉められても、どんな賞を貰っても自分に自信なんてもてないし、ギターも同じで、練習しても練習しても漠然と不安で……」

 赤信号でゆっくり停車し、ブレーキのゆるいGが車体に、そしてその中の二人にかかる。

 有砂は相変わらずガムを口の中で音もなく噛み転がしながら、またぼそりと囁く。

「……それは一応世間では《向上心》って呼ばれてるんやけど」

「……向上、心」

「浅川兄弟は揃ってプライドの高い野心家ときた」

「……」

 恐らくは生まれて初めて受けた評価に、綾は一瞬返す言葉を見い出せず、有砂を凝視してしまった。

「……あの、それって」

「……なかなか有望やと思うで、ジブン」

 よくはわからないが、どうやら誉められたらしいとわかり、綾は少し安心したと同時に照れ臭くてたまらなくなった。

 何やらさっきから、赤くなりっぱなしのような気がする。

「なんか、暑いですね……窓開けます?」

「……オレは肌寒いくらいやけど」

「そうですか……そうですよね」

 確かに秋真っ盛りの夜、普通の感覚なら有砂が言うように感じるのが普通だろう。
 有砂は短く息を吐いて言った。

「……まあ、そない暑いんやったら、後部座席の下のほう、さっき買った水あるから飲んでええよ」

「あ、はい……ありがとうございます」

 喉の渇きが一気に自覚された。
 綾は有砂の言葉に甘えようと、サイドシートを倒しながら体をひねって覗き込み、

「え」

 固まった。

「あの……」

「……また、忘れ物があったか?」

「……ええまあ……それと、その……丸まったティッシュとか、アレとか……あの、せめてこういうのは片付けたほうが……」

「……そうか、まあ、気を付けるわ」

 大して本気でなさそうな返事に、綾は引きつった笑みを浮かべた。
 普段は人の車だろうとゴミが落ちていれば片付けるが、流石にこれを触るのは気が引けるというものだ。

 なんだかんだと話を聞いてくれたり、結果的に不安を除いてくれたり、有砂は第一印象よりはずっと親しみを感じさせたが、彼からほんのりと漂う、男性用ではない香水の匂いが、なんとなく壁を築いている。

 年齢はせいぜい二つ・三つくらいしか違わない筈だが、その二倍も三倍もの隔たりを感じる。
 それは有砂が実年齢の二倍も三倍もの経験……修羅場をくぐっているからなのではないかと思えてならなかった。

 もし、本当に《仲間》になることができたなら、いつかはもっと知っていくのだろうか。

 今はまだ見えない、有砂の心の中や、有砂をこんなふうに形造った過去の一端を。

 手を伸ばして、目当てのエヴィアンのボトルを掴んで、シートを戻し、座り直した。

「それにしても、思ったより遠いですね。兄貴のマンション。あとどのくらいですか??」

「……ああそうやな、そろそろ向かうか」

「……え??」

 意味がわからなかった。

「……今、オレたち、兄貴のとこに向かってるんじゃ……」

「いや。ちょっと話がしてみたかったから適当に走っとっただけや……ホンマは20分とかからへん」

「……はあ」

 もう相槌を適当に入れるのがやっとだった。

 まだ一応冷えているミネラルウォーターを一口飲んで息を吐き出した。

「有砂さんのことがわかったような、わからなくなったような……」

「ところで綾くんは、名前、どうする気ぃや」

 当の有砂のほうは気にも留めずに別の話題を持ちかけてくる。

「名前……そうか、みんな本名じゃなかったんでしたね」

「何か考えてへんのか……?」

「そこまでは全然。まずはheliodorのメンバーにしてもらえるかどうかってとこが問題だと思ってましたし……そういうの考えるの苦手で。有砂さんはなんで、《有砂》って名前にしたんですか?」

 有砂は顔色ひとつ変えずに、答えた。

「昔オレを殺そうとした女の名前」

「は?」

「……カケル、2やな」

「あの……」

「まあ、大した意味はないんやけどな」

 どう考えても大した意味がないとは思えないが、それ以上つっこんではいけないような気がした。少なくとも今は。

「オレの名前は……ゆっくり、考えます。まだ時間は、ありますから」


 時間はある。
 考えるための時間。
 話し合うための時間。
 知っていくための時間。

 それはまだ始まったばかりの、永い永い、夜の物語。















《END》
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