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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「わかりました。もう、お止め致しません。でもいつか、いつの日か必ず」

 涙を飲み込んで、言の葉を紡ぎ出す。

「わたくしをあなた様の花嫁にして下さい……そう、約束して下さい」

 こんなにもこの心を悲しませるのだから。寂しくさせるのだから。

「では、レディ。あなたはいつか、あなたの力でこの伯爵めに会いにいらっしゃい」

「わたくしの……力で?」

「その長い月日の間に、あなたはかけがえのないものをいくつも見付けるでしょう。それを全て手放す覚悟があると認めたなら、私はその時……あなたをさらっていきます」


 あなたがここに残したものは、冷たく光る銀の月。

 そして、たったひとつの約束。












《序章 太陽の国へ -Let's go,Rock'n'Role lady-》【1】









「まあ、編集長様……それは本当でしょうか?」

 新米雑誌記者・森久保日向子(モリクボ・ヒナコ)の前に今大きなチャンスが投じられた。

「そうだ。本来ならまだお前のような新人に任せる仕事じゃないが、特例として、本誌11月号から来年の3月号の5号連続、カラー1P企画を担当してもらうことになった」

「わたくしなどで、本当によろしいのでしょうか……?」

 孫がいてもおかしくない年齢ながら、透けるほどの金色に髪を脱色した、派手な赤いジャケット編集長は、デスクに並べられた企画書を眺めながらさかんに瞬きを繰り返す、それこそ娘のような年齢の部下に、なんとも不安げな眼差しを向けていた。

「俺が聞きたいよ。だが、井上が是非お前にと言うもんだからな」

「……井上……美々(ミミ)様ですか?」

「そう、あたしの推薦だよ。日向子」

 すぐ後ろのデスクで、日向子が最もお世話になっている大先輩が軽く手をひらつかせた。

「あたしの代わりにその企画、あんたにやってほしいんだ」








 その二人連れは揃って美人だったが、随分とミスマッチな取り合わせだった。

 片や褐色に近い肌をルーズなストリート系ファッションで包んだB系ギャル。

 もう一人は150センチあるかないかの小柄な身体に上品な白いスーツが微妙に似合っていない、ほわんとした雰囲気の女性……いや、少女という形容のほうが似合うかもしれない。


 周りの人々の視線を色々な意味で集めながら、二人は紅茶を飲んでいた。

 編集オフィス近くのこの静かなカフェで、昼食をとるのは日向子と美々の定番だった。

「……ってわけよ。ホント大変だった~」

 今日のようにお気に入りの窓際の一番奥が空いていた日などは、それだけでいつもより話が弾む気がした。

「まあ……美々お姉さまは本当にお忙しくていらっしゃいますのね~」

「そ。だから例の企画は日向子に譲ろうと思ってさ」

「けれど、他にももっと重要度の低い仕事がたくさんありますでしょう? なぜこの企画をわたくしに??」

「……別に、ただなんとなく、日向子ならって思っただけ」

 美々はパールのグロスで艶めく唇に苦笑の歪みを持たせる。

「結構ね、クセのあるバンドの取材だから。ある意味、日向子向きだと思う」

「はあ……それはどういう」





「チケットを送った~~ッ!?」




 突然、穏やかな午後を派手にぶち壊す声が、店内に響き渡った。


「迷惑だからあんまり大きい声出さないでくれよ。ただでさえ兄貴の声はよく響くんだから……」

「お前がこんなとこでそんな重大告白をしでかすからだろうが」

「別にいいじゃないか。来たいって言ってるんだから来たって……」


 何やら、日向子たち以上に目立つ二人組がカウンター席に座って言い合いしているようだった。

 日向子と美々からは後ろ姿しか確認できなかったが、男同士なのだが、一人は長い真っ赤な髪を椅子の位置より下まで垂らしていた。
 もう一人は短い黒髪をつんつん立てていて、そこを差し引いても連れより幾らか上背がありそうだった。

 しかし会話の文脈からするとどうやらこちらが兄弟の弟のほうのようだが。


「で、来るのかよ。明日」

「うん……平日だから父さんは無理だけど、母さんは絶対来るって……」

「お前、ちゃんとオールスタンディングだって説明したのかよ。あのババア、途中でくたばっちまうんじゃねェか?」


「まあ……」

 日向子は、短く呟いて、おもむろにカップを置いて立ち上がった。

「日向子……どうした?」

 美々の問掛けには答えず、日向子はすたすたと派手な兄弟(主に兄がだが)が座るカウンター席へ一直線に向かって行った。


「そのお言葉は、いかがなものでしょうか」


 赤い髪の男の横に立っての第一声がそれだった。

「は?」

 男が不機嫌な顔で振り返ると、日向子は一切臆することなく更にこう続けた。

「ご自分のお母様を『ババア』などとお呼びになってはいけませんわ。あまつさえくたばる、などとは冗談でもおっしゃらないほうがいいと、わたくしは思います」

「なんだよ……いきなり。あんた誰だ」

 相手も負けていなかった。

「なんでいきなり見ず知らずの奴に説教されなきゃなんねェんだ」

 普通の女子なら泣いても仕方がないくらいの勢いでにらんできた。

 だが幸か不幸か日向子は普通の女の子ではなかった。

「どうぞ、ご両親を大切になさって下さいね」

 にっこり微笑んで、ぺこりと頭を下げた。

「ではわたくしはこれで」

「は? ……おい」

「……あ、兄貴、とりあえずここ出たほうがいいよ。目立ち過ぎだから」

 完璧に唖然としている二人を残し、日向子は言いたいことだけ言ってくるりと踵を返し、またすたすたと美々の元へ戻って行った。

「日向子、あんた何やってるのよ」

 流石に呆れた顔の美々にも、一点の曇りもない笑みを向ける。

「一日一善ですわ」

「あ、そう……」

 もう早々にツッコむことを断念した美々は、会計を急いで済ませて立ち去ろうとしている兄弟を視線で追った。

「……なんか見覚えあるなぁ。あの二人……」










「……というような一日でしたのよ。雪乃(ユキノ)」

「左様でございますか……」

 高級住宅街を颯爽と滑る艶な黒塗りの超高級車の中に、あの笑顔がまた花開いていた。

「しかしお嬢様、そのように無闇やたらと無鉄砲な行動を取られては危険です。何かあってからでは遅いのですよ」

「まあ……本当に雪乃は心配症ですのね」

 日向子の話相手は、ほとんど表情を変えず、淡々とした慇懃な口調で受答えながらハンドルを握る、眼鏡をかけた黒いスーツの男だった。
 男は、バックミラーに映る、少しふくれた顔の美少女をちらりと見て、また前方に注意を向ける。

「私には、何があってもお嬢様をお守りする責任がありますので」

「そうは言っても、このように毎日送迎してもらっていては、全く独り暮らしの気分が出ませんわ……なんだかずっとお父様に監視されてるみたいですわね」

「……そう思って頂いても差し支えありません。それでお嬢様が自覚を持って下さるなら」

「まあ……雪乃ったら」

 日向子はふくれっ面を解除して、くすくす笑った。

「笑い事ではありません。お嬢様が所属されているマスコミ芸能、音楽業界にはとかく物騒な輩がはびこっているものと聞き及んでおりますゆえ。お嬢様におかれましては、今一度気を引き締めて頂きたく存じます」

「そんなものかしら」

「はい」

 日向子はぐっと伸びをして息を吐いた。

「……ねえ? 雪乃」

「はい」

「雪乃は、小さい頃からなんでもお父様の仰るように、命じられた通りになさってますわよね」

「はい……ご希望に沿える限りはそのように」

「でも何かを、自分の意思と力で、自由にしてみたいとは思ったことはありませんの?」

「……私は今も特に不自由だとは感じておりませんので、何ともお答えし難いですね」

「そう。わたくしはね、ずっと不自由を感じていましたわ。
けれど外で『森久保』と名乗るようになって、以前よりずっと自由な心持ちですのよ……。
『釘宮高槻(クギミヤ・タカツキ)』の令嬢だから、などと誰にも言われずに済みますもの」

 日向子は、バッグから取り出した、立派な革製のケースに収まった社員証を見つめた。
 それは『釘宮日向子』ではなく、『森久保日向子』の社員証だ。

 自由へのパスポート。

「わたくし、お父様に認めて頂くためにも今度のお仕事を、自分の力で絶対に成功させてみせますわ。雪乃も応援していて頂戴」

「……承知致しました」

 黒塗りの外車と遜色のない、超高級マンションの前で停車し、先に降りてドアを開けた雪乃に手を引かれ、 日向子はすとんと地に足をつけた。

「お嬢様、先日お伝えしましたように、申し訳ありませんが明日は私用の為お迎えにあがることができません」

「ええ、よろしくてよ」

「ご迷惑をおかけ致します。では、また明後日伺います」

「はい、ご機嫌よう」

 日向子は軽い会釈をして、マンションの中へと消えて行った。

 姿が見えなくなるまで見送った雪乃は、ひとつ溜め息をついて眼鏡を、外した。

「……あぁ、超しんどかった……」

 ぐったりしたように半眼して、短いダークブラウンの髪に指を突っ込む。

「でも……マジで結構、イタイとこ、ツッコんでくるんだよなぁ……あのコ」

 自嘲的な笑み。

「……ま、いいや。そろそろ着替えてリハ行かないとね」













「伯爵様、日向子は本日、また一歩伯爵様に近付くことが出来たような気が致します」

 若い女の子の独り暮らしにしては無駄に随分と広い3LDK。
 本人はもっと安くて小さい部屋がよかったのだが、父親が用意した部屋を使うというのが、独り暮らし許可の条件のひとつだったので仕方なかった。

 日向子が先月から暮らし始めたこの「城」には、ひとつひとつが、シンプルながら品の良い上質なインテリアや小物が並んでいたが、そんなものは目に入らなくなってしまうほど特徴的な要素があり、初めて入室した人間ならまずは間違いなくそこに驚くだろう。


 どの部屋にも決まって同じ人物のポスターが貼られている。

 中でも、グランドピアノが鎮座したピアノ室には、壁の半面を全て覆うほどの、タペストリータイプの特大ポスターが飾られていて、日向子は帰宅して最初にいつもこのポスターの前に立つのを日課にしていた。

「伯爵様……『高山獅貴(タカヤマ・シキ)』」


 冷たく冴えた眼差しで、ポスターの中からこちらを見つめる、どこか妖しげな微笑の男。
 それが彼女の敬愛して止まない伯爵様だった。
















《つづく》
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