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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「日向子さんは、ライターさんなんですよね」

「はい。そうは言いましても、まだまだ駆け出しですけれど」

「ということは業界の人なわけですよね……」

「一応はそういうことになるかと思います」

「そうか……そうなのか……」

「あの~、どうかなさいましたか?」

「気にしないで、お姉さん。玄鳥は『やったー。これで兄貴に怒られずに、堂々と打ち上げに誘えるぞ』と思って少しニヤニヤしちゃっただけだから」

「はい??」


「ちょッ、ちょっと……痛ッ!!」









《序章 太陽の国へ -Let's go,Rock'n'Role lady-》【4】










「変なこと言わないでくれよ、日向子さんが気を悪くするだろ」

 玄鳥はいささか大袈裟な剣幕で万楼に詰め寄った。
 詰め寄られた万楼は一切動じる様子もない。

「天井に頭ぶつけるほど慌てることないのに。ボクだってお姉さんが打ち上げに来てくれたら嬉しいからね」

「打ち上げ……わたくしがお邪魔してよろしいのですか??」

「もちろん、俺も歓迎しますよ……その、参加するのheliodorのメンバーだけだから、遠慮しないで下さい。
うちはリーダーの兄貴がアルコールダメだし、万楼がまだ未成年なんで、他のバンドとはあんまり付き合いがなくて。場所もファミレスだったり、誰かの家だったり」

「有砂や蝉はちょっと不満そうだけどね」

 日向子は二人に向かってにっこりと微笑を返した。

「ありがとうございます。是非ご一緒させて下さい」



 終演後2時間近くが経過し、人気のほとんど無くなった搬入口で、作業を一通り終えた玄鳥と万楼、それに日向子は機材車(玄鳥が私有、提供しているミニバンである)に乗り込んで他のメンバーを待っているところだった。
 運転席に玄鳥、2列目のシートに日向子と万楼が少し間をおいて座っていて、ついさっきまで騒がしかった「出待ち」のファンが去った後は、祭の後の静けさだけが残っている。

 紅朱は有砂に車を出させて母親を宿泊するホテルまで送りに行っていて、蝉は他バンドの打ち上げに少し顔を出すということだったが……。

「蝉、逃げたね」

 万楼がぽつんと呟いた。

「うん……」


 複雑な表情で頷いた玄鳥を見やりながら、日向子は先刻の……終演直後の楽屋での出来事を思い出していた。












「……お前、やる気あんのかよ」

 低いところから発せられた声とともに、鋭い視線が蝉を射抜いていた。

「とても金が取れるプレイじゃなかった」

 腕を組んで壁に背をつけて立つ紅朱は、けして広くはない楽屋でありながら、彼の周囲だけぽっかり無人になるほどの迫力を有していた。

 日向子や、他のメンバーたちも楽屋の外に出て、入り口付近からそれを見守っていた。

「あれは……その……」

 椅子に座って、少しうつ向き加減なオレンジ頭の青年は、もごもごと口を開く。

「ちょっと……調子、悪かったってゆーか……アクシデントがあって……動揺、して……」

「本編はむしろ調子よかったじゃねェか……なんでアンコールだけあんなザマなんだよ」

「だから……アクシデントが……」

「だとしてもステージでは表に出すな。当たり前だろ?」

「うん……ごめん」


 あまりにも修羅場然とした雰囲気に、日向子は心配になってくる。

「お厳しい方ですのね。紅朱様」

「まあ、確かにリーダーはライブにこだわり持ってるから、よくダメ出ししてくるけどね……」

「今日の兄貴はいつもより機嫌悪いな」

「……恥をかかされたと感じとるんちゃうか? 母親がわざわざ見に来とったからな」

 冷静に分析する有砂のほうを他三人が思わず振り返ったのは、紅朱に負けず劣らず、彼の機嫌が悪そうだったからだ。

「……確かに蝉はミスを連発したかもしれへん。けど素人が気付くのはせいぜい1つか2つやろ。実際、絶賛やったやないか」

「まあ……確かに母さんは喜んでましたね。出来がどうとかは大して関係ないんでしょうけど……」

「そうですわね」

 日向子も玄鳥に同意する。

「ご自分のお子さんが、ご立派にステージに立っていらっしゃったら、それだけで無条件に感動なさるに違いませんもの」

 その時、万楼が苦笑して長い睫毛を少し伏せたこと。そして有砂が小さく舌打ちしたことに日向子は気付かなかった。


「もしや……蝉様はわたくしのような部外者が横で見ていたから、調子を崩されたのでは……」

 という不安が突如脳裏に浮かび、次の瞬間には、

「あの……!」

 修羅場空間に突入していたからだ。

「……!!」

 全員が声にならない叫びを上げた。

「なんだ、今取り込み中だから入ってくるな」

 紅朱の怒りの矛先は日向子のほうへベクトルを変えようとした。

「待った!」

 いきなり蝉が顔を上げた。

「おれが悪いよ。全部悪い……マジで、全部おれの責任だから。関係ない人には当たらないでよ」

 一瞬前までとは別人のようなキッパリした口調に、紅朱も微かにひるんだ。

「蝉……お前?」

 蝉は、日向子のほうをチラッと見やった。

「キミは、悪くない」

「蝉様……」

「ただあれが《heliodor》だって思わないで。ホントはもっとずっとカッコいいバンドだからさ」

 日向子は大きく首を縦にした。

「……はい。わたくし、もっとheliodorを知りたいと思いました。そして……たくさんの人に伝えなくてはと」

 日向子は、紅朱のすぐ側までゆっくり歩み寄り、真っ直ぐに彼を見つめた。

「取材を、させて下さい」

「……あんた、マスコミ関係か?」

「はい。わたくしは……」

 日向子は、昼間危うく奪われかけたバッグの中に手を突っ込んで、名刺ケースから名刺を引っ張り出した……つもりだったのだが。

「こういうものです」

「……17530」

「え?」


 読みあげられた数字に驚いて、自分が手にしているものを良く確かめる。

「あら、間違えましたわ。これは伯爵様のファンクラブの会員証でした」

「……耽溺同盟?」

「はい、耽溺同盟です」

「……へえ。あんた、あいつのファンなんだ」


「あ」

 日向子は今更思い出していた。
 美々から受けた重要なアドバイスを。


『あんたの高山獅貴命はわかってるけど、伯爵様ネタはheliodorのメンバーの前では言わないようにね』


「……そうでしたわ……」

『リーダーの紅朱がね……高山獅貴のアンチだから』

「……あの、わたくしは……」


『そう。ファンの間じゃ超有名な話。heliodorのメンバーは全員加入する時に高山獅貴の踏み絵踏まされた、とかってネットで通説になってるらしいよ』




「わたくし、踏めません!!」




 沈黙の後、最初に蝉が吹き出した。
 
「ヤバっ……ウケる、それ」

 楽屋の外からも笑い声が聞こえてくる。

 日向子は何が起きたかよくわからず、ただおろおろしながら紅朱を見つめていた。

 紅朱は一つ大きく息を吐いた。

「ネタに決まってんだろ」

「ネタ……?」

「未だに踏み絵説を信じてる奴がいたとは……」

 呆れ果てたような顔で目を半眼する。

 しかし、微かにではあるが紅朱も笑っていた。

「確かに俺は高山獅貴の野郎は大嫌いだが、別に他の奴が支持するのに口出したりしねェから」

「そう、なのですか……」

 日向子は胸を撫で下ろした。

「大体、うちの弟がそれのクリスタル会員だからな」


「クリスタル?」

「なんだ知らねェのか? ナンバーが2桁までの奴は会員証がクリスタルで出来てっから、俗にクリスタル会員って呼ばれてるらしい」

「……まあ」












「それにしても驚きましたわ、玄鳥様が伯爵様のファンでいらしたなんて……しかも、クリスタル会員様とは」

「99番なんで、滑り込みですけどね。持ち歩くと壊しそうで部屋に飾りっぱなしだし……そんなにいいものでも」

「玄鳥は獅貴マニアだから、部屋に遊びに行くと色んなものがあって楽しいよ」

「まあ、是非拝見したいですわ」

「えっ……あ……」

「……ご迷惑ですの?」

「気にしないで、お姉さん。玄鳥は自分の部屋に女の子を上げたことがないから慌てているだけなんだ」

「だ、だからッ、変なこと言うなよ」

「また頭ぶつけるよ」


 ライブ後特有の、身体は疲れているのに異様に興奮してハイテンションな状態になりながら、待ち惚け組の話は弾んでいた。


「わたくしの部屋にも、お客様はまだお招きしておりませんわ。時々父の遣いで雪乃は参りますけれど」

「執事さんか何かですか?」

「メイドさんじゃない?」

「いえ、雪乃はわたくしのお世話をしてくれてはいますけれど、使用人ではありませんのよ。
父に師事して勉強しておりますの。後継者候補として父が後見人になっていまして」

「師事、ですか……」

「お姉さんのお父さんって何やってる人??」

「それは……」


 真実を口にすべきか否か一瞬躊躇った。
 その瞬間、まるで狙いすましたように日向子の携帯が鳴った。

「まあ……噂をすれば、雪乃からですわ」















 日向子はまだ視界の隅にあるミニバンを名残惜しそうに振り返った。

「今すぐ迎えに来る……などと。お父様の命令は理不尽ですわ……」

 雪乃からの電話を切った日向子は玄鳥と万楼に、打ち上げに参加出来なくなった旨を伝えた。

 二人はとても残念そうだったが、日向子も心から残念で仕方がなかった。

 通りに向けて歩いていた日向子は、ふと向こうから歩いてくる人影を見て歩みを止めた。

「紅朱様……?」

 風でふわりと揺れる赤い髪は、夜の薄闇でもはっきりとわかる。

「あんたか」

 紅朱は日向子から数メートル離れたところまで歩いてきて、同じように立ち止まった。

「有砂様は……?」

「一応蝉を迎えに行かせた。ま、本当によその打ち上げに参加してんのかどうかは怪しいとこだけどな……」

「そうですの……」

「あんたはもう帰るのか? 打ち上げに誘われなかったのか?」

 日向子が事情を話すと、紅朱は「そうか」と呟くように言って、少し間をおいて尋ねた。

「あんた、お嬢様なんだろ? なんで雑誌記者になんかなろうと思った?」

 日向子は何の躊躇もなく即答した。

「伯爵様のお近付きになりたかったからです」

「……よくそんな不純な動機を堂々と言えるな」

「嘘をついても仕方がありませんわ。それに、今はそれだけではないですし」

 紅朱はフッと軽く笑みを浮かべた。

「まあ、正直なところは買ってやってもいいか」

「はい?」

「……一応、メンバーには取材に協力するように言っておいてやる。言われなくても協力しそうな奴もいるが……」

「まあ、ありがとうございます! では、改めてお渡しし損なった名刺を……」
 日向子はバッグを探りながら、紅朱までの数メートルの距離を走って近付こうとした。が。

「きゃ……!」

 残り1メートルの石畳を蹴った爪先が、石の割れ目に引っ掛かった。

「なっ」

 滑り落ちた名刺入れからこぼれた名刺が少し風に泳ぎながらぱらぱらと散らばる。

 そして。

 日向子の華奢な身体は紅朱の胸に飛び込み……そしてそのまま、勢い余って押し倒した。

「……」

「……」

 冷たい地べたに尻餅をついた紅朱、そしてその上に完全に乗っかった状態の日向子。

 日向子は状況の整理が追い付かず、きょとんとした顔のまま、

「これ、どうぞ」

 拾った名刺の一枚を差し出した。

「ん……ああ」

 紅朱も呆然としたまま、それを受け取った。

「森久保日向子、か」

 息がかかるほど近くで、あの美声が囁いた。

「色々大胆な奴だな」








 親愛なる伯爵様。
 日向子は今日、初めて殿方を押し倒してしまいました。

 ともあれ……素敵な夜でした。

 記念すべき、第一歩の夜です。








《第1章につづく》
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