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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「……えげつな」

 吐息まじりにぽつりと呟いた有砂に、蝉は浮かない顔のまま視線だけを向けた。

「……なんとでもどーぞ。どうせ完っ全に計算ミスだし……」

 すぐ近くで、鼻唄を唄いながらギターをチューニングしているおめでたい青年を見やって、深く嘆息する。

「なんでこうなるかな~……」

「邪魔するつもりが、裏目に出たか。……ジブンの立場もまあ、わからんこともないけどな……せめて、もう少し手段は考えたらどうや?」

「……手段なんか選んでる暇なんてないから」


 視線を落とすと、そこには規則的に並んだ黒鍵と白鍵がある。

 蝉が最も愛し、最も疎む世界がそこにある。


「……おれは『釘宮漸』でいるためなら、なんでもするよ」









《第1章 人魚の足跡 -missing-》【2】










「あのさ」

 玄鳥は思いきり目を半眼した。

「なんで、いるの?」

「暇だったのと、それと腹減ったから」

 玄鳥が座っているテーブルの向かいには、日向子がお行儀よく座ってにこにこしている。

 そして、玄鳥の隣には自分とよく似た顔をした男がちゃっかり座っている。

「なんだ? 俺がいたらまずい話でもする気だったのか?」

「いや、そんなことは別にないけど……兄貴が一緒に来るとは思わなかったから」

 奥歯に物が挟まったようにもごもご話す玄鳥が、何かを隠していることは明白だったが、紅朱はあえて問いつめることなく、

「まあ、とりあえず食おう。俺はマジで腹減った」

 と促した。

「あのさ」

 玄鳥が再び水を差すように口を開く。

「なんで、杉屋なの?」

「俺が食いたかったからと、あとそいつが乗り気だったから」

「わたくし、杉屋さんでお食事するのは生まれて初めてですのよ!」

 日向子は目の前に置かれた、牛丼(並)を覗き込みながら何故かはしゃいでいる。

「牛丼は杉屋に限るからな。絶対気に入るぞ、日向子」

 牛丼(特)に七味をかけながら、何の気なしに語る紅朱の言葉に、玄鳥は思いっきりギョクの割り方をしくじった。

「おい、カラ入ってるぞ?」

「カラなんかどうでもいいよ。な、なんで兄貴、日向子さんのこと呼び捨てにしてるんだよ!」

「あ? 悪かったか?」

 紅朱は日向子に話を振った。日向子は笑って、

「呼び捨てで結構ですわ。よろしければ玄鳥様もそうなさって下さい」

「えっ……ひ、ひな……こ……」

 玄鳥は溜め息をついて首を左右して、

「……さん、でいいです。俺は」

 早々に諦めた。

 箸で丁寧に、混入したカラを選り分けながらもう一度深く溜め息をつく。

「……ま、いいか……嬉しそうだし」

 上品は箸運びで牛肉と玉葱とごはんと紅しょうがを口に運び、頬をほころばせる日向子を見ていると、自然と玄鳥の表情も緩んだ。

「おいしゅうございますわ。紅朱様はよくこれをお召しに?」

「そうだな……俺は滅多に自炊しねェからな」

「実家から送ってきた野菜とかすぐ腐らせたり、カビ生やしたりするからな。兄貴は」

「まあ、それはもったいないですわ……」

 日向子は、やはりあくまで上品な仕草でみそ汁を口にしてから、

「わたくしが毎日三度のお食事を作って差し上げられたらよろしいのですけれど」

 何気無くとんでもないことを口走ったので、

「げほっ」

 お約束通り玄鳥はむせ返った。

「そうか、そうなりゃ楽でいいな」

 そして案の定、紅朱は全く動じない。

「……けど、食生活ったら一番問題なのは万楼だな」

「万楼様ですか?」

「ああ、あいつはすごいぞ。冷蔵庫ん中、ジュースと菓子と菓子作りの材料しかねェから」

「……確かにあれはひどい」

 なんとか気道を確保した玄鳥も話に加わる。

「自炊するって言うから得意料理は何かって聞いたら、アップルパイと、チョコレートケーキと、フィナンシェと、マドレーヌと……って延々とお菓子列挙したからな……」

「主食が菓子なんだよな、あいつは」

 普通ならとても信じ難い話ではあったが、先日のあのスウィーツだらけのテーブルを思い出せば、日向子にも納得できた。

「それは……いくらなんでも……お体に障るのでは?」

「ですよね……俺もそう思います。どうも昔からそうらしいんですけど。お菓子の栄養分だけで、よくあそこまで背が伸びたな……」

 玄鳥が半分独り言のように呟いた瞬間、無言のままおもむろに箸を置いた紅朱が、再び七味の容器に手を伸ばすと、外蓋を外してフィルターの無くなったそれを玄鳥の食べかけの牛丼の上で引っくり返した。

「うわっ……何するんだよ兄貴!」

「ふん」

 まるで火事場のように真っ赤になった丼の凄まじいビジュアルに、目を白黒する玄鳥をよそに、紅朱は何食わぬ顔で空になった七味の器を元に戻した。

 玄鳥は自分が言った言葉のどの部分が原因でこうなったのか、経験上よくわかっていたが、口にしたら薮蛇になりかねないということも経験上よくわかっていた。

「なんてことを……これじゃもう食べられないじゃないか」

「まあ……それはもったいないですわ。わたくしが頂いても?」


「え?」


 思わず綺麗にハモる兄弟。
 日向子は半分も中身の残っていない玄鳥の丼を自分のほうに引き寄せた。

「お、おい」

「日向子さん……!?」

 うろたえる二人をよそに、日向子は溶岩石のようなそれを箸でゆっくり口に運んだ。

 そして。

「まあ……これはまた違った味わいで、とてもおいしいですわ」

 と感嘆の声を上げた。

「嘘だろ……」

「本当に……?」

 度肝を抜かれる二人に日向子はにっこり笑う。

「本当においしいですわよ。ほら、お一口どうですか?」

 日向子は箸で、もはや食べ物とは思えないその物体をたっぷりとって、それを玄鳥に差し向けた。

「え?」

 いわゆる「あーん、して♪」のシチュエーションである。
 しかも割箸は日向子が使っていたもの。
 玄鳥は、日向子の邪念の一片もない微笑みと、七味の塊を交互に見る。

 玄鳥の胸は激しく動悸していた。

「い、言われてみればおいしそうに見えてきたかも……」

「おい、綾!? しっかりしろ。冷静に考えろ! 早まるなよ!!」

 そもそものことの発端であるにも関わらず、必死に止めようとする兄の叫びは……残念ながら弟には届かなかった。

「俺……頂きます……!!」






 そしてその直後、玄鳥は一声も発するいとまもなく、全速力でトイレに走って行った。






「綾……あいつ、いつからあんな冒険野郎になったんだ??」

「……まあ、おかしいですわね、こんなにおいしいですのに」

 少ししゅんとしながら、もくもくと七味まみれの牛丼を食べ続ける、味覚音痴の疑いのある日向子を、紅朱はしばらく半分引き気味で見守っていたが、

「意外だ」

 ふと呟いた。

「お嬢様は他人が箸つけたもんなんて、絶対食わないと思ってたんだが……」

 日向子は箸を止めた。紅朱を見やって、言った。

「……わたくし、はしたないことをしてしまったのでしょうか?」

「いや」

 紅朱は微笑する。

「そういうお嬢様がいたっていいと思う……お前は本当に、面白い奴だな」

 日向子は少し安心したように頷いた。

「父ならおそらく叱ると思いますわ。けれどわたくし、幼少の頃に、けして食べ物は無駄にしてはいけないと母に教えられましたの」

「へえ……そりゃ立派なおふくろさんだな」

「……ええ。自慢の母です。随分前に亡くなりましたけれど」

「……そうか」

 紅朱は熱いお茶をすすりながら、微かに目を伏せた。

「……でもそんなふうに母親とのいい思い出があるなら、お前は結構幸せだな」

「紅朱様と玄鳥様のお母様も素敵な方ですわね」

 紅朱は苦笑する。

「ああ。優しい母親に、真面目な父親、出来すぎ君な弟……確かに、俺にはもったいないくらいいい家族だと思う……」

 顔を合わせると乱暴な口調でそっけなく振る舞う紅朱が、ふと垣間見せた本当の気持ち。

 日向子は単純になんだか嬉しかった。

 紅朱の言葉の裏には単純ではない思いがあったのだが、それはまだ気付ける筈もないことだった。

「そういえば先程玄鳥様を、綾、とお呼びでしたわね? 玄鳥様の本名は綾様とおっしゃるのですか?」

「ああ、言ってなかったか。浅川綾だ。女みたいな名前だろ?」

 少し意地悪く笑う紅朱だったが、

「では紅朱様は?」

 と尋ねられ、それを打ち消した。

「……き」

 ボソッと告げたものの、日向子には全く聞き取れない。

「はい?」

「……錦(ニシキ)」

 認識出来る程度に、少しはっきりした口調で言い直した後、間髪入れず、

「でも俺は紅朱だ! この名前では呼ぶな。絶対にな!!」

 語気を荒げて言い放った。


 と。


「なッ」

 紅朱は言葉を失った。

 突然、日向子の両目がうるうると揺れて、ハラハラと涙の滴が溢れ始めたのだ。

 無色透明な涙の滴は音もなく、とめどなく、とめどなく、頬を伝い落ちる。

「なッ、なんで泣いてんだよ……!? そんなにキツイ言い方したか!? おい!!」

 日向子は黙ったまましくしく泣いている。

「黙ってちゃわけわかんないだろ!? どうしろってんだ、日向子! おい!!」

 そしてそんなタイミングで、


「……兄貴、一体何したんだよ!!」

 玄鳥が戻って来てしまった。

「別になんにもしてねェよ!」

「じゃあなんで日向子さんは泣いてるんだよ!」

「んなもん俺が知りてェよ……っ!」

 日向子はハンカチで涙を拭いながら、言い合いする二人の前でぽつんと呟いた。





「……か、からいです……わ」





 かくして日向子の味覚音痴容疑は完璧に晴れた。
 日向子はただ、恐ろしく反応が鈍いだけだった。













「料理……?」

 思いもよらなかった言葉に、万楼はいぶかしげに反芻した。

「はい、ご一緒にお料理をしながらインタビューをさせて頂こうと思うのですが、いかがでしょうか? 万楼様」

 三日後に予定している再取材に際しての、日向子の出した提案は、当然のように先日の浅川兄弟との会食からヒントを得たものだった。

 驚いていた万楼もやがて納得した様子で頷いた。

「うん、いいよ。なんだか楽しそうだね、二人で何をつくろうか? カスタードのミルクレープとか、巨峰のババロアなんてどう?」

 日向子は首をゆっくり横にした。

「いいえ、今回はわたくし、万楼様とカレーライスを作ろうと思いますの」

「……カレーライス??」

「はい、カレーライスです。栄養たっぷり、具だくさんのカレーを作りましょう?」


















《つづく》
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