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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「ここが万楼さんに使って頂くお部屋ですよ」

「ありがとう、いづみちゃん。いきなり来ちゃったのにこんなにいい部屋を使わせてもらっていいの?」

 黄色がかった明るい茶髪の前髪を黒いパッチン止めで止めた、いかにも快活そうな少女は、ちょっと顔を赤らめながら、

「遠慮しないでゆっくりしていって下さい……そのかわり」

「なに?」

「《Good bye,fairy tale》のアウトロのキメがちょっとうまくいかなくて悩んでるんです……よかったらアドバイスして頂けませんか?」

「うん、いいよ。ボクが教えなくても、いづみちゃんは上手だけどね」

「とんでもないです! わたしなんて全然……」

「これからまだまだうまくなると思うな。……それにしても月が明るいね? 今日は満月かな」

 万楼は窓辺に立って、閉めきられていたカーテンを少し引いた。

「……ぁ」

 途端に、まるで目眩のような感覚を受けて、足元がわずかにふらつく。

「万楼さん……?」

「ううん……なんでもない」

 窓の下には漆黒の水面が静かに広がっていた。
 少しだけ強い夜風に波を打つ、大きな湖。

「……ちょっと苦手なんだ。夜の海」







《第3章 林檎には罪を 口付けには罰を -impatience-》【3】








「アタシは、ゼン兄がここで暮らしてた頃のことは覚えてないんだけど」

 猫っ毛を耳の上でツインテールにした、ちょっとぽっちゃりした可愛らしい少女は楽しそうに「ゼン兄」を語る。

「アタシが赤ちゃんの時から可愛がってくれてたんだってうづ姉から聞かされてきたの。
ゼン兄は優しいし、面白いし、大好きなんだ」

 ベッドに腰かけて足をブラブラさせながら話すちづみを、日向子は微笑ましそうに見つめて、耳を傾けていた。

「子どもたちもみんな、蝉様をよく慕っていらっしゃいましたわね」

「うん。ゼン兄は『スノウ・ドーム』の誇りだから。みんなゼン兄の夢を応援してるよ。
特にうづ姉にとっては、ゼン兄は初恋の人だしね」

「……初恋……ですか」

 日向子の脳裏に、黒いコートを着た優雅な物腰の青年の姿がよぎった。

「初恋の人はいつになっても特別なものですわよね……」

 左手のブレスに触れる。

 日向子にはうづみの気持ちがよくわかるような気がした。
















「マジで助かったよ、うづみちゃん」

「任せて。ゼン兄の秘密は全力で守るから」

 『園長先生のお部屋』というプレートのついた小さい部屋の中で、幼馴染みの二人は温かいお茶を飲んでいた。

「釘宮のお嬢様ってああいう人だったんだ。もっとつんつんした嫌な女かと思っちゃった」

 冗談めかして笑ううづみに、蝉も笑った。

「お嬢様はいい子だよ。かなりズレたとこあるケド、芯は通ってるカンジっての?」

「ふーん……」

 うづみはカップから上る湯気で曇ってしまった眼鏡を外しながら呟いた。

「……だけど釘宮の人なら、私は好きになれない」

「うづみちゃん……」

「ゼン兄の夢を邪魔するものは好きになんかなれないの」

 口調はきっぱりした冷たいものだったが、その表情には蝉に向けられる限りない優しさがあった。

「心配しないで。必ず私がゼン兄を釘宮の呪縛から解き放ってあげる」

「うづみちゃん……おれはいいんだよ」

 蝉はうづみの頭にぽん、と手を乗せて諭すように言う。

「おれはゼッタイ釘宮の後継者になるよ。そうすれば『スノウ・ドーム』の経営なんて簡単に建て直せるんだから。
そのためにピアノを死ぬ気で練習して、釘宮高槻に気に入られるような人間を演じて、自分を売り込んで……ここまでやってきたんだからさ」

「だけど……ゼン兄には夢ができたじゃない」

 うづみはどこか泣きそうな顔だった。

「heliodorがゼン兄の夢でしょ? バンド活動は容認されてるっていったって、プロデビューまでは許してくれないだろう……って、ゼン兄言ったよね。
釘宮の後継になるために、夢をあきらめるなんて絶対ダメよ」

 その必死な言葉は蝉の心に規則正しく張られたピアノ線をはじく。

「……そうするだけの価値があるんだよ。おれにとって『スノウ・ドーム』は家族なんだから……」

 うづみは睫の長い瞳に涙を浮かべたまま、頭にのっかっていた蝉の手を取り、両手で包んだ。

「私だって蝉兄の夢を守るためならなんだってできる。……悪魔と契約することも」

「うづみちゃん……?」

「もうちょっとなの……もうちょっとでゼン兄を自由に出来るの。年が明ける頃にはきっと……」

「……うづみちゃん、キミは何を……」



 こんこん。



 ドアをノックする音が唐突に響いた。


「ちづみです。ゼン兄いる? 日向子さんがちょっと話したいんだって」


 蝉はふうっと息を吐いて、カップの残りを飲み干した。

「わかった、行くよ。日向子ちゃん今どこ?」

「えっとね……」

 ドアの向こうから返事が返るより早く、届いてきたのは囁くような柔らかなピアノの音色だった。


「……遊戯室みたいだね。ごめん、うづみちゃん。ちょっと行ってくる」

 すり抜けようとする蝉の手を、うづみは強くつかまえたまま、
 
「……今日は『釘宮漸』じゃないのに?」

 じっと目を見る。

 蝉は小さく笑う。

「『蝉』にとってもね、邪険にはできない子だからさ」

 すり抜けていく手を引き留めきれず、一人部屋に残されたうづみは、しばらく蝉の使っていたカップを見つめていた。

「……ゼン兄……」











 古くてちっぽけな、まるで玩具のようなピアノの前に座り、日向子は片手だけで「てのひらを太陽に」を弾いていた。

 たまたま音階をエンピツで書き込まれた、小さな子ども向けのの薄茶けた譜面がそこにあったからだ。


 単音の素朴な旋律が、まるでオルゴールのように響いていた。


 と。

 不意に後ろから伸びてきた手が、日向子に合わせて、シンプルな伴奏を奏で始めた。

 手を止めずに振り返ると、オレンジの髪の明るい笑顔の青年が立っていた。

 日向子は微笑を返した。

 それからしばらくの間、二人は言葉を交さずに連弾を続けていたが、そのうちに手は休めることなく日向子が口を開いた。

「……なんだか懐かしいですわ」

「え?」

「よく雪乃にもこうして遊んでもらっていました」

「……へえ」

「実はわたくしの父はピアニストですの。わたくしも物心ついた頃にはすでにピアノのレッスンを」

「……そうなんだ」

「けれど……わたくしには才能がないと、お父様はおっしゃいました」

 日向子はゆっくりと、鍵盤を辿るのをやめた。

「いくら努力しても、わたくしはピアニストとして大成はしないだろうと、お父様はおっしゃいました。
そしてわたくしよりずっと才能のある男の子をどこかから連れてきました……それが雪乃ですわ」

 同じように演奏を中断した蝉は、無言のまま日向子の昔語りを聞いていた。

「雪乃は、練習に励んでお父様の期待に完璧に答えながら、一方でわたくしにもとても優しくて。
母が急逝した時も、泣いているわたくしの側でずっとピアノを弾いていてくれましたの」

「そっかそっか……でもさ」

 タン、と1つ鍵盤を弾いて、蝉は言った。

「それってさ……実は日向子ちゃんに取り入るために下心があってやってたのかもよ」

「……え?」

「だってその人、どこの誰とも知れないような育ちなんでしょ。
いくら才能があるからって、日向子ちゃん家みたいな家にいたら孤立したり、中傷されることだってあったんじゃないの。
だからさ、自分の立場を守るために日向子ちゃんを手なずけて……」

「蝉様」

 珍しく少し怒ったような顔で日向子は蝉を振り返った。

「いくら蝉様でも、そのような物言いはお控え頂きたいです。
正式な養子縁組の手続きを踏んでいなかったとしても、わたくしにとっては雪乃は家族も同然なのですから」

「……」

 蝉は返す言葉を求めて視線を左右に動かしていたが、やがて目を伏せ、わずかに赤面しながらぽつりと呟いた。

「……変なこと言ってごめん」

「いいえ、わたくしこそぶしつけな態度をとってしまいまして申し訳ございません」

 日向子もとっさとはいえ、一瞬本気で蝉に怒りをぶつけてしまったことが恥ずかしくなって顔を赤くした。

「……家族か」

 蝉はしみじみとした口調で語り出した。

「おれさ……一家心中の生き残りなの」

「蝉様……」

「借金を苦にして車で崖に突っ込んで……父さんも母さんも、まだ赤んぼだった妹も即死だったのに、なんでかおれだけ軽傷で助かっちゃったみたい」

 不幸と幸運を重ね合わせたかのような蝉の過去に、日向子は胸が苦しくてたまらなくなった。

「成長して、そのへんの事情わかってからは意味もなく悩んだよ。どうしておれだけ生きてるんだろう、何の為に生きてるんだろう……って。
そんな時におれを救ってくれたのは、ココの園長センセ」

 蝉は懐かしそうに目を細めて、「てのひらを太陽に」の楽譜につづられたクセのあるドレミを見つめる。

「『漸が生きているのは、まだ漸にはやらなきゃいけないことがあるからなんだ。
誰かのために。何かのために。漸はまだまだ生きていかなくちゃいけないんだよ』
……って言ってくれて、『少しでもお前が生きていく上の楽しみになってくれれば』って、ここでおれにピアノ教えてくれた」

 愛しげに傷だらけのピアノを撫でる蝉。

「それがあったから今のおれがあるんだと思う……時々どうしようもなく苦しくなるけど、ピアノと出会えたことには感謝してるよ。マジで……」

 日向子は微笑して頷いた。
 本当にこの場所は、蝉にとっては原点そのものなのだ。

 生きることの意味を知り、ピアノを奏でる喜びを知り、たくさんの家族のような存在を得て。

「ここにいらっしゃらなければ有砂様とも出会っていらっしゃらないですものね」

「そーそー、そこ重要。なんせおれをバンドにハメてくれちゃったのはよっちんだからね」

「……あら、有砂様に取材させて頂いた時には、高校の時に蝉様から誘われて軽音部に入ったのがきっかけとおっしゃっていましたけれど……」

「確かに軽音部に引っ張り込んだのはおれだけど、その前……中学時代によっちんはもうドラムやってたからね。
たまたまよっちんのガッコの学祭に行く機会があって、そん時の演奏がめちゃめちゃカッコよかったもんだから、おれもどうしてもやりたくなっちゃったんだよね~」

「まあ……そうでしたの」

「まさかその頃は、ここまで本気でやることになるなんて思ってもなかったんだけどね~……」

 日向子には、蝉の辿ってきたけして安楽ではない道のりが、全てheliodorへと繋がっていたようで感慨深かった。

「蝉様の生きる意味は、heliodorのため……になったのですか?」

 蝉はそれを受けて、不意に苦笑に転じた。

「……どうなんだろ。まだよくわかんないんだ……おれ」












《つづく》
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