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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「そういえば……話ってなんだったの?」

 部屋の前まで日向子を送り終えたところで、蝉はようやくそれを思い出した。
 忘れていたのは日向子も同じで、

「まあ、そういえばそうでしたわ」

 とかなり間抜けなリアクションをしつつ、切り出した。

「蝉様のお名前のことです」

「名前?」

「本当のお名前も、芸名もどちらも《ゼン》様ですわよね。何故《蝉(セミ)》という字をお当てになったのですか?」

 蝉は少し考えるような顔をした後で、こう答えた。

「セミ好きだからかなぁ」

「はあ」

「セミのオスって身体ん中空っぽなの知ってる? だからあんなふうに鳴き声が響くんだよ……なんかすごいじゃん?
まるで鳴くためだけに生まれてきたみたいでさ。
その潔さに、おれはちょっと憧れてんの。
なんせ中途半端な人間だからね」

 自虐的に言いながら笑う蝉を、日向子は不思議そうにじっと見つめる。

「《中途半端》……」










《第3章 林檎には罪を 口付けには罰を -impatience-》【4】









 蝉に「おやすみなさいませ」を言って部屋に入った日向子は、ベッドに腰かけてぼんやりしていた。

 《中途半端》

 蝉が繰り返し、自分を非難するその言葉。

 もしかして蝉の「家出」はそれを誰かに指摘されたからではないのか?

 恐らくはずっと蝉自身が感じていたことなのだろうが、それを改めて思い知るようなことがあったのかもしれない。

 《中途半端》という言葉から、日向子はなんとなく昼間万楼に言われた《ニュートラル》という言葉を思い出していた。

 メンバーに対して徹底してニュートラル……それは5人に対する日向子の気持ちが《中途半端》だということだろうか?

 日向子はそうは思いたくなかった。


 日向子はそうしてずっと思索に耽っていたが、やがて時計の針が22時を回った時。


 こんこん。


 ノックの音が思考を現実に引き戻した。


「ちづみです」

「ちづみさん……?」


 こんな遅い時間なのにまだ帰宅していなかったのかと驚きながら、日向子はドアに急ぎ足で歩み寄り、開けた。

 ツインテールの愛らしい少女がにこにこしながら立っていた。

 手にはお茶とお皿が乗ったお盆を持っている。

「ねえ、りんごを剥いたの。お茶をしながらお話しない?」

「こんな時間ですのに……?」

「家は近いから平気よ。アタシ、雑誌記者の仕事に興味があるんだ。だから日向子さんに話を聞いてみたかったの。
ね、いいでしょ??」

 とびかかる勢いで訴えられて、少し驚きつつも、日向子は微笑して頷いた。

「では、少しだけ」

「やったー、ありがとう」

 お盆を落としてしまうのではないかというテンションで喜びながら、ちづみは部屋の中へすべり込む。

 そんなちづみの様子を微笑ましく思いながら、日向子は再びベッドに座り、ちづみもその横に座った。

 少しだけ歪だがうさぎ型に切られたみずみずしいりんごを、日向子はちづみに感謝の言葉を言って口にした。

「とてもおいしいですわ」

「そう、よかった」

「……それで、わたくしは何からお話すればよろしいかしら」

 ちづみは持ってきた紅茶を飲みながら、一度深く息を吐いて、切り出す。

「うづ姉は白雪姫なの」

「え?」

 あまりにも脈絡のない言葉に日向子はちづみを凝視した。

 ちづみは真面目な顔で日向子を見つめ返す。

「ここでたくさんの小人たちのために頑張ってる白雪姫なんだよ。
そしてゼン兄は王子様だから……いつか必ずうづ姉を迎えに来るの」

 声音は先程までと打って変わって切迫した、別人のようなそれになっている。

「……さっき遊戯室で、日向子さんとゼン兄が楽しそうにピアノ弾いたり、話したりするの……うづ姉見てて……泣いてたから……だから」

「ちづみさん……?」

「……うづ姉のゼン兄、盗らないで。ここから帰ったら、もうゼン兄と会わないでよ」

 予想もしない懇願に日向子は戸惑いながらも、

「ちづみさん……わたくしの今の仕事はheliodorの記事を書くことですの。蝉様に会わない、というお約束はできませんわ」

 なるべく優しい口調で説得を試みる。
 しかしちづみは激しく首を左右した。

「だめ! ゼン兄に近付かないで!!」

 カシャンと紅茶のカップがカーペットに転がって、茶色い染みが広がる。

 ちづみは走って窓辺に駆け寄ると、カーテンを一気に引いて、窓を全開にした。

「会わないって約束しないと、アタシ、飛び降りちゃうから!!」

 窓枠を掴んで、よじ上るちづみを見て、日向子は血相を変えて駆け寄った。

「ちづみさん、いけません! 降りて下さい!」













「変だなあ……ちづみったらどこ行っちゃったのかなぁ」

「いつもなら、そろそろ帰る時間なんだよね?」

「はい。明日月曜だから学校だし……」

 いづみと万楼はちづみの姿を探して、スノウ・ドームの敷地内を、明るい月に照らされながら歩いていた。

「それにしても、遅くまで指導してもらっちゃってすいませんでした」

「ううん。いづみちゃんは熱心だし、飲み込みが早いから。ボクも教え甲斐あったし、楽しかった」

 いづみはまたはにかんだ表情を浮かべて「えへへ」と笑った。

「よかったらまたここに遊びに来て下さい、他のメンバーの皆さんにも是非heliometerの演奏、聞いてほしいですし」

「うん。きっとこの次は全員で……」

 「遊びにくるよ」と言おうとした万楼の声は、途切れてしまった。

 すぐ近くから響いてきた、二種類の悲鳴と、大きな水音によって。

「……なに?」

「裏庭の……湖のほうみたい」

 二人はただならぬ気配を察して、走り出した。

 裏庭といえば、来客用の部屋の並びから見渡せる、あの場所のことだった。

 暗い水をたたえた大きな湖。

 やがてそれが目の前に現れると、万楼は息苦しいような感覚に襲われていた。

「いづ姉!!」

「ちづみ!?」


 三階に位置する窓からちづみが身を乗り出している。

「いづ姉っ……日向子さんが落ちちゃったのっ……!!」

 泣きながら叫ぶ声に、二人は湖に広がる大きな波紋を見た。

「お姉さん……!!」

 万楼は湖に慌てて駆け寄ろうとした。

 しかし、駆け寄ろうとしただけで、足は一歩も前に進んでいなかった。

「……あ……っ」

 黒い、水面。
 騒ぐ、波。

 果てしない深い闇のようなそれを見つめるだけで、万楼の足はすくんで動かない。
 それどころかまともに声を出すことすら、難しくなっていた。

 汗が吹き出し、呼吸が乱れ、手足の先が冷たくなっていく。

「おね……っ……さん……ごめ……ボク……っ……」

「万楼さん!?」

 おびえたようにしゃがみこんでしまった万楼に、いづみはうろたえる。

「万楼さん!? 大丈夫ですか……??」

 名前を呼ぶ声は届いていなかった。

 万楼は地面に崩れるように座り込み、頭を抱えこむ。

「……ごめん……ごめん……ボクが……離したから……ごめん……ごめんね……万楼……」

 まるで何かに取り憑かれたかのようにぶつぶつ呟いている言葉は、意味不明なものだった。

 完全な錯乱状態のようだ。


「ど……どうしよう……」

 万楼の混乱や、ちづみの動揺がそのまま流れ込んだかのように、いづみもまた冷静な判断力を失いつつあった。

 ただ、少しずつ静かになる湖の波紋を凝視して立ち尽くすばかりだった。


 その時。


「どうしたのっ!!」


 ちづみが立っている窓辺……つまりは日向子の部屋に、蝉が駆け込んできた。

 ちづみは泣きわめきながら蝉に取りすがる。

「ごめんなさいゼン兄っ……アタシは、そんなつもりじゃなかったのっ……日向子さんが落ちちゃうなんて……!!」

「ちづみちゃん、大丈夫だから。落ち着いて。うづみちゃんに知らせてきて」

 蝉はちづみを安心させるようにその頭を撫でてやりながらそう告げて、

「日向子ちゃん!!」

 何のためらいもなく窓枠を掴んで、蹴り上げ、そのまま宙に身を投げ出した。

 暗く深い湖へと、蝉はダイブした。















 衝撃を感じた瞬間に、日向子の意識はほとんど四散していた。

 痛い、も、冷たい、も、怖い、も感じることはなく、ただただ「沈んでいく」感覚だけは何故か理解できていた。

 このまま「沈んでいく」と帰ってこれないこともわかっているのだが、どうすることもできなかった。


 だが不意に。
 「沈んでいく」感覚は終わりを告げた。

 誰かが確かに日向子の身体を捕まえていた。

 しっかりと抱き締めて、上へ上へと。

 やがて日向子は水音らしきものを耳にした気がした。

 それとほとんど同時に、

「……日向子ちゃんっ!? 日向子ちゃん!!」

 必死に名前を呼ぶ声が聞こえる気がしたが、返事をすることができない。

 苦しい。

「……日向子ちゃん! 日向子ちゃん! ひな……」

 再び意識が遠のいて、そして、やがてまたふわりと舞い戻る。

 2、3度咳き込むともう、苦しくはなくなった。

 朦朧としていたが、日向子はゆっくりと目を開ける。

 驚くほど近くに、誰かの顔があった。
 ピンボケの視界では輪郭も定まらない。

 けれど日向子はなぜかその人物にはっきりとこう呼び掛けた。

「ゆ……き……の?」

「……日向子ちゃん?」

「……雪、乃……」

 こんなところにいるはずがなく、雪乃が自分を「日向子ちゃん」などと呼んだことがないのはわかっているのだが、日向子には何故かそれが雪乃にしか思えなかった。

「……雪乃……ありが……とう」

 一生懸命笑みを作って、ろくに力のこもらない腕を伸ばした。
 その手はしっかりと握りしめられ、一拍おいて、

「……お気をしっかり、お嬢様……もう心配はございません」

 確かに日向子のよく知っている、冷静な声が語りかけてきた。

 心の底から日向子を安心させる、大切な家族の声。

 やがて少しずつ視界がはっきりしてきた。
 眼鏡こそかけていなかったが、それはやはり雪乃のようだった。

「……よかった……雪乃がきてくれて……」

 日向子が呟くと、雪乃は真剣な顔で見つめながら、握り締める手により一層力を込めた。

「ご安心下さい……いついかなる時でも、どのような危険があろうとも、この私がお嬢様をお守り致します」

 日向子は力を振り絞って、その手を握り返した。

「雪乃……」

 雪乃はそっと、日向子の手を引き寄せ、その甲に唇を、落とした。

「私に守らせて下さい……あなたは私の……かけがえないのお方ですから」

 もう一度、雪乃へ微笑みかけて、日向子はゆっくりと意識をフェードアウトしていった。








「……何? どーしたの? おれの顔じっと見て」

 ベッドに横になり、毛布をかけられた日向子は、半分だけ毛布から顔を出して、水さしを取り替える蝉を見ていた。

「あの……わたくしを助けて下さったのは、蝉様……でしたのよね?」

「おんなじ質問七回目だよ? 日向子ちゃん」

「申し訳ありません……助けて頂いて本当にありがとうございます」

「どーいたしまして☆ ま、ゆっくり休んでね」

 蝉は明るい笑顔を残して部屋を出て行った。

 日向子は毛布から手を出して、じっと見た。

 強く握られた圧迫感も……唇の感触も、リアルに思い出すことができるのに。

「あれは……夢……?」


 問掛けに答える者は誰もいなかった。












《つづく》
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