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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「紅朱様っ、これ、これも押してもよろしいですか!?」

「いや……そりゃ構わねェけど」

「まあすごいですわ。灯りの色が綺麗なピンク色に……!」

「楽しいか? それ」

 回転ベッドの側にある、室内の設備を一括操作する制御パネルを覗き込んで、色々な機能を発動させては歓喜する日向子を、紅朱はいぶかしげに見つめる。

 日向子は笑って言った。

「わたくし『らぶほ』は初めてですの。
紅朱様はこういった施設をよくご利用なさるのですか?」

「は? お前なぁ……無邪気に答えにくい質問すんじゃねェよ……」

「はあ」

 日向子の間抜けなリアクションを受けて、紅朱は気になっていたことを尋ねた。

「……日向子、お前……ラブホって何するとこかマジでわかってるか?」












《第5章 今宵、囚われて -attachment-》【1】










「はい、存じておりますわ」

 日向子は自信満々に頷く。

「気心の知れた親しい男女が、歓談したり、遊戯に興じたりしながら過ごす場所でしょう?
以前、雪乃に聞きましたの」

「……」

「連れて行ってほしいと頼んだのですけれど、連れて行ってくれませんでしたのよ。
ダンスと一緒で、女性側から誘うのははしたないことなので、間違っても他の殿方を誘ったりしてもいけないとのことでしたから、わたくしはずっと我慢しておりましたの」

「……すげェな。雪乃って奴。嘘をつかずにこんだけ核心を避けた説明がとっさに出来るって……詐偽師の素質あんじゃねェか……?」

 ぶつぶつ呟く紅朱に、日向子はきょとんと首を傾ける。

「わたくし、間違っていますの?」

「いや、別に間違ってはないけどな」

「うふふ、わたくし紅朱様と『らぶほ』に来れてとても感激ですの」

 知らないとは恐ろしいこと……なにげにとんでもない発言をしているのだが、日向子には欠片も自覚がない。

 紅朱は頭でも痛いような顔をしていたが、

「……ま、いいか」

 あえてツッコミは入れない方針でいくようだ。

「とにかく、heliodorの出番ギリまでここにいるからな」

「まあ……よろしいんですの?」

「ああ。それが一番安全だからな。
それに今日のライブはまた袖から見ろ。俺の目が届くところから離れんな」

 睨みつけるような真剣な目で説き伏せられ、日向子はまた頷いたが、

「あの……何か、起きているのでしょうか?」

「お前は知らなくていい」

 とりつくしまもないとはこのことだった。

 いきなり見知らぬ男たちに拉致されかけて、そこを救われて、こんなところに逃げ込んで。

 一体何が起きているのだろう。

 紅朱は何か知っていそうなのに話すつもりがなさそうだ。

 ベッドのへりに足を組む格好で座った紅朱を、ベッドの上に正座で座る日向子はじっと見つめた。

 後ろの部分だけ長く長く伸ばした赤毛の先端のほうがシーツの上にたまっているのが目についた。

「紅朱様……」

「なんだよ」

「お願いがあるのですけれど」

「ん?」

「……少しだけ、紅朱様のおぐしに触らせて頂けませんこと?」

 予想だにしない請願に、紅朱は思わず日向子を凝視した。

「あ? なんで?」

「あまりにもお綺麗でいらっしゃるから……やはり、いけませんかしら」

「……まあ、ちょっとぐらいなら触ってもいいけど……」

「ありがとうございます! やはり紅朱様はおやさ……」

「お優しい、ゆーなっつってんだろ」

 日向子は、ベッドの上を膝立ちしてちょこちょこ移動し、紅朱の後ろに回った。

 深紅の光沢を放つ、絹糸のようなそれを指で一束すくう。

「本当にお綺麗……このように鮮やかな色に染めていらっしゃるのに、全くダメージがありませんのね」

「染めてるわけじゃねェよ。元々こういう色なんだ」

「え……?」

 あまりにも意外な言葉に、日向子は改めて紅朱の髪を指先で撫でて、見つめた。

 確かに染色して出せる色合いではないような気がする。

「ユーメラニン、とかって色素が普通の日本人よりかなり少ないらしい。父方の親族はみんなそういう傾向にはあるらしいが、俺ほどはっきり出た奴はいないって話だ」

 そういえばそのあまりに印象的な髪色に目を奪われがちだが、近くで見ると、紅朱は瞳の色も肌の色も、かなり薄い。
 
 こんなに美しい「赤」を生まれながらに授かったという紅朱は、日向子には何か神秘的にすら感じられた。

「素敵ですわね」

「だろ。俺も気に入ってる」

 言葉とは裏腹に、自らの髪先を手にとってもてあそぶ紅朱の瞳には、何か自嘲的な色がある。

「今でこそ、って感じだけどな」

「もしや……幼少の頃にはいじめなどをお受けになったり……」

「いや、その逆だった」

「逆?」

「俺は小学校時代、よその学校で西小のジャリアンって呼ばれてたらしいぜ」

「ジャリアン……あの、『のろ太のくせに生意気だぞー』のジャリアンですか?」

「ああ。まんま、ああいう小学生だった。
あいにく身体は大きいほうじゃなかったけどな……」

 日向子は、国民的アニメの大変メジャーな登場人物と紅朱のイメージを重ねて、思わず笑ってしまう。

「ガキ大将、でいらしましたのね?」

「そうだ。強さを示して上に立てばナメられない……堂々と胸を張っていれば、いっそ俺の赤い髪は、ハクをつけてくれたしな」

「……そうでしたか」

 日向子には今も紅朱は自分を強く見せるように演出しているように思えてならなかった。

 優しいと言われて怒るのも、それだけ自分を弱く見られているように感じるからなのかもしれない。

 深紅の髪を長くたらして、強い視線で他者を威嚇して。

 紅朱は武装している。

 いばらで覆った城のように、その柔らかな心を深く隠して。


「……お疲れにはなりませんか?」

「……え?」

 突拍子もない日向子の問掛けに、紅朱は眉を寄せた。

「いつも強い人でいるのは大変なことだと思いますわ」

「……別に俺は無理してそうしてるわけじゃねェよ」

「でも……」

 そうではない。

 そんなことはない。

 大切な人を失って、ギターが弾けなくなってしまうほど繊細な神経をしている筈なのに。

 紅朱はその大切な人にも弱さを見せなかったのだろうか……?

「例えば……例えば、玄鳥様の前でくらいはお心を休められてもよろしいのでは?」

「綾……?」

 紅朱はふっと乾いた笑いを浮かべた。

「俺が誰よりも自分を強く見せなきゃなんねェのは……あいつなんだよ」

「え? それは……」

「綾には、俺が最強、俺が一番、俺には絶対逆らうな……って刷り込んで育ててっからなぁ」

「刷り込み……ですか」

 日向子は、玄鳥が語っていた、紅朱に対する劣等意識とも呼べるような強迫観念を思い出した。

 いくら努力しても、兄には勝てないような気がするという玄鳥……それは、紅朱の刷り込みが成功しているということを意味するのだろうか。


「何故そのようなことを?」

「何故って……そりゃ、俺が『兄貴』で、綾は『弟』だからだ」

「そういうもの……ですか?」

「そういうもんだ」

 一人っ子で、しかも女である日向子には到底よくわからない感覚だった。

 それが果たして一般的な感覚かどうかも含めて理解し難い。

「……で、いつまで触ってんだよ」

「あ、申し訳ありません」

 日向子はずっと触ったままだった紅朱の髪から手を離した。

「……ありがとうございました。わたくし、紅朱様のおぐし、とても好きですわ」

「……そりゃどうも」

 目をそらしたのは、もしかして少し照れているからなのかもしれない。

「しっかし暇だなぁ……」

 それを裏付けるように話題を意図的に変えてくる。

「紅朱様、折角の『らぶほ』ですから、ご一緒に何か致しませんか?」

「……何か致しませんか、ってお前……」

 悪気ゼロの爆弾発言。

「はい。わたくしと遊んで頂けませんか?」

 連発。

「……どんだけ大胆なこと口走ってんだ、お前は」

 紅朱は呆れを通り越してついに吹き出した。

「お前みたいな女、初めてだよ」

 何故笑われているのかはわからなかったが、紅朱の笑顔につられて、日向子も笑っていた。

「……そうだな、暇だし……リハ兼ねてちょっと声出しとくか」

 紅朱は、備え付けのカラオケのリモコンに手を伸ばした。

「まあ紅朱様、お唄をお聞かせ頂けるのですか!?」

「何言ってんだ、一緒になんかしたい、っつったのお前だろ」

「はい?」

 紅朱はニヤッと笑って、ビニールのカバーを被ったマイクを二本手にし、一本を日向子に差し出した。

「デュエットしてやるよ。光栄だろ?」













「……まだ戻ってこんな、紅朱は」

 開演時間を過ぎ、とうとうオープニングアクトが始まった。

「フロアをざっと見たけど、お姉さんもまだ来てないみたい」

「……玄鳥、マジで二人がどこ行ったかわかんないワケ?」

 わけのわからないまま待ち惚けさせられて、heliodorの楽器隊は落ち着かない時を過ごしていた。

「わかりません」

 玄鳥は申し訳なさそうに首を横に振った。

「だけど、ちゃんと出番までには戻る筈です。
もう少し待ちましょう」













「……演奏停止」

「まだ2番がありますわ」

「……止めろ」

「はあ」

 日向子が言われるがまま演奏停止ボタンを押すと、紅朱はマイクを放り投げてベッドに倒れ込んだ。

「……日向子、喜べ。ジャリアンの称号はお前に譲ってやる」

 ぐったりした声で呟く紅朱に、日向子は目をしばたかせた。

「あの~?」

 乱れて顔を半分覆った赤毛の隙間から、紅朱は力なく日向子を睨んだ。

「おい、今のは唄か? 本気で唄ってこうなのか? そんなことがありえるのか??」

「わたくし……かなり真剣に唄いましたが」

「……お前、マジで音感ねェのな」

 溜め息まじりで評され、日向子は一瞬考えたあと、しゅんと下を向いた。

「……申し訳ありません。折角紅朱様がデュエットを申し込んで下さいましたのに……」

「いや……そりゃ別に謝るようなことでもねェけどさ。
流石にちょっとびびったな……」

 邪魔な髪を手でのけながら、紅朱はまたくくっと笑った。

「お前って奴は……とろいは、ミーハーだは、世間知らずだは、音痴だは……ありえねェ」

 よく人から指摘される欠点ベスト4を並べられ、ますますしゅんとうなだれる日向子だったが、紅朱はスプリングで反動をつけて起き上がると、言った。

「けどなんか……お前見てるとほっとするよな」

「え?」

「うちのメンバーが気ィ許すのもわからなくない……それが日向子の才能なのかもな」
















《つづく》
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