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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「前のバンド、あと2曲で終わるみたい」

 ステージ袖から舞い戻った万楼の報告に、heliodorメンバーは焦りを隠せなくなっていた。

「……ね、いくらなんでも遅いんじゃん? ど、どうするよ?」

「落ち着いて下さい」

 玄鳥は苦しげな表情を浮かべながらも全員を見渡し、告げた。

「もし出番になっても兄貴が来なかったら、ソロとインストで繋ぎましょう」

「繋ぐ……て、確実に来る保証がないやろ、いつまで繋げゆうんや」

 有砂にきっぱりと指摘されても、玄鳥は揺るぎない眼差しで、

「兄貴は必ず来ます」

 断言した。

「もし来なければ責任は全て、俺が持ちます」









《第5章 今宵、囚われて -attachment-》【2】









 その頃、当の日向子と紅朱には、誰一人予想だにしなかった落とし穴にどっぷり嵌って抜け出せなくなっていた。




「やべェな……」

 ようやく暗闇に目が慣れてきた。

「間に合わねェかもな……」

「メンバーの皆様にご連絡は?」

「した。繋がらねェ。今日のハコは地下だからな……圏外なんだろうよ」

 紅朱は舌打ちをして、ガスッと冷たい壁を殴った。

 日向子は、不安に胸を痛めながら、その背中に問掛ける。

「紅朱様、お寒いのでは?」

「ブランケット一枚しかねェだろ? お前が使ってていい」

 日向子は自身を包む、安っぽい色のブランケットをじっと見つめた。

 室内の温度はどんどん下がっている気がする。


 寒さと暗闇と静寂が支配する檻に今、二人はなすすべなく囚われている。

 フロントとの連絡、暖房からドアの開閉に到るまで全てを電気制御でコントロールするこの建物は、「停電」という予期せぬ事態にはあまりにも無力だった。

 外部からの音すら全てシャットダウンされた空間で、二人に許されたことは電気が復旧するか、助けが来るのをひたすら待つ以外にない。

「紅朱様……」

 日向子はブランケットの端をふわりと広げて、紅朱の肩に。

「いいって言ってんだろ」

「もう少しお近くにいらして頂けませんか? 二人で使いましょう」

「……悪い」

 紅朱は、日向子に身体を寄せた。
 隣合った腕がぶつかり合うほど近くに。

 日向子はそれに一瞬どきり、としながらも、お互いがはみ出さないようにブランケットでしっかりと包み込んだ。

 ベッドの上、ほとんど寄り添い合うような格好で、二人は解放を待っていた。

「……紅朱様」

「なんだ」

「……わたくしのためにこのようなことになってしまいましたのでしょう? 申し訳ありません……」

「お前……」

「謝っても許されることではありませんわね」

「違う。お前は何も悪くない……巻き込まれただけなんだ」

 紅朱はわずかに頭を垂れて、苛立ちを噛み締めるようにして言った。

「こんなことにまでなってだんまりしてても仕方ねェか……『D-union』を名乗る俺たちの私設ファンクラブが、お前を陥れようと狙ってんだ」

「わたくしを……狙って? どういうことですか?」

「……お前の編集部に嫌がらせのメールしたり、さっきの奴らも多分雇われてんだろうな……。
嫌がらせメールは、heliodorのライブ中だけ激減する……間違いなく、ファンの仕業だ」

 heliodorのファンに狙われている……嫌がらせを受けている……つきつけられた事実はあまりにも衝撃的で、呆然とする日向子の肩からするっとブランケットが滑り落ちた。

「それは……わたくしが、記者として未熟でいたらないからでしょうか……知らないうちに、大切なファンの皆様にご不快な思いをさせてしまっていたと……」

 暗い暗い闇の中、日向子の瞳はゆっくりと涙を浮かび上がらせる。

「……バカ野郎」

 紅朱はとっさに滑り落ちたブランケットを掴んで、それでもう一度日向子を包み、そのままブランケットごしに力いっぱいその身体を抱き締めた。

「お前は、お前が思うよりずっとよくやってるさ……俺が認める。
俺が言ってんだから、誰にも文句言わせるか」

「紅朱様……」

 たとえブランケットごしであっても、抱き締める腕の強さに、日向子は戸惑いを隠しきれなかった。

 それと同時に、真冬の日溜まりのような温かい気持ちがこんこんと湧き出してくる。

「もう大丈夫ですわ……離して下さい」

「泣き止んだら離してやるよ……俺は泣き顔見せられんのが嫌いだからな」

「……そう、申されましても、わたくし……」

 ぐすっとしゃくり上げると、腕の力が一層強くなった気がした。

「……そのように、優しくして頂くと、っ、止まらな……」

 紅朱はそれ以上は無言で、ブランケットの中で日向子が泣き止むのを待っていた。


 そしてしゃくり上げる声がようやく収まり始めた頃、ピンク色の世界が、闇を溶かしながらゆっくりと点滅しながら蘇っていった。











「紅朱、急げ!」

 ハコの出入口にいた対バン相手のメンバーが、くわえていた煙草を落としそうになりながら叫ぶ。

「何やってた? もう、20分以上楽器隊だけで繋いでんだぞ!!」

「そうか……!」

 短く受け答えて、紅朱は走り抜け、日向子もそれに続いた。

 走りながら紅朱は羽織っていた薄手のジャケットを脱ぎ去り、日向子に投げた。

「預かっててくれ」

「は、はい」

 それをなんとかキャッチした日向子は、ステージへまっしぐらに向かう紅朱の背中に向かって、一生懸命叫んだ。

「本当にありがとうございました!! 頑張って下さい! わたくし、ちゃんと見ていますから!」












「悪ィな、待たせた」

 深紅の疾風のように紅朱が駆け込んできた瞬間、オーディエンスは大いに沸いた。

 即興でセッションを続けていたメンバーたちも、それぞれに安堵の表情を浮かべた。

「……兄貴」

 誰よりもほっとしていたのは玄鳥だった。

 紅朱はマイクを掴むとメンバーたちを振り返り、早口で告げた。

「そのまま《spicy seven》だ」

 全員が目線で頷き、有砂がカウントを取る。

 極めて印象的な妖艶なベースラインとギターによるイントロが鳴り出すと、また歓声が上がる。

 すでにこの新曲は、heliodorの新たな代表曲として認知されてきている。

 客の目につかないよう気遣いながら袖に隠れるようにして見守る日向子も、笑って肩でリズムをとる。
 紅朱のジャケットを落とさないようにしっかり抱き締めながら。


《限りなく 凶悪な挑発
 手を挙げろ 錆色の悪魔》

 瞬間、全ての視線が紅朱に集まった。

《厚顔無恥の 憐れな群れは
 犬も食わない 卑怯者》

 歌詞が、違うのだ。

《脅迫は今宵 送信中
 降り注ぐ幾千のポイズン

 罪の意識が稀薄な君たち
 しっぽは見えてる 最終章

 罠は巧妙 手口は簡潔
 引き金は 悪意湧く「泉」
 叫んだ「粛清」

 狙いつける devil union

 その向日葵を手折るなら
 お前らに聞かせる唄はない》


 紅朱が、恐らくは即興のアドリブで唄うその詞の内容に、フロアがざわついていた。

 感想に突入すると、紅朱はまるでその視線で全員を焼き尽そうとするかのように、ステージからの景色を見渡した。

「親愛なるファンの皆さん……俺たちの向日葵を泣かせた奴はどいつですか?」

 口の端を歪めて、好戦的な笑みを浮かべる。

「……俺たちを敵に回したいならいつでもかかってこいよ」

 その言葉の意味がわからない者は皆不思議そうな顔で紅朱を見つめ、わかった者は紅朱から目をそらす。

「今俺の目を見れない奴は、とっとと帰れ。
俺たちを真っ直ぐ見つめてくれる、可愛い向日葵たちのためだけに、今夜は最高の唄を聞かせてやる」


 向日葵とは即ちファンである自分達だと解釈した人々は一斉に悲鳴と歓声を上げる。

 暗い顔をした一部のファンと、ステージの上に立つメンバーたちには無論わかっている。

 紅朱は「日向子」を狙う闇の集団に、今この場ではっきりと宣戦布告したのだ。

 「日向子」に牙を剥くことは、自分を……そしてheliodorを敵に回すことだと。













「流石は紅朱! キメるとこはびしぃっとキメてくれるじゃん☆」

 テンションの高い蝉をはじめ、楽屋のメンバーたちは皆一様に緊張感から解き放たれた、脱力した雰囲気だった。

「紅朱様、これを」

 ちょこちょこと歩み寄って、日向子は預かっていたジャケットを手渡す。

「……おお、サンキュ」

 紅朱はジャケットと引き替えに、日向子に微笑を返した。

 日向子もそれに、笑顔で答える。


 その様子を見ていた玄鳥は、無意識に目をそらした。

「ところで、お前ら……時間稼ぎさせて悪かったな」

 紅朱は何気無い口調で、メンバーたちに訪ねた。


「あれは誰の提案だ?」


「玄鳥だよ。玄鳥の指示でやったんだ」

 代表するように万楼が答える。

「玄鳥かっこよかったんだよ! リーダーが来なかったら責任は自分がとる……なんて言って」

「まあ、そうでしたの? 玄鳥様」

 感嘆する日向子に、玄鳥はいつもの照れ笑いをする。

「いや、俺はそんな……」


 しかし。その時。


「余計なことはするな」


 誰もが耳を疑う言葉を、紅朱が言い放った。


「リーダーでもないクセに……無謀な指示なんか出してんじゃねェよ」

「え……」

 玄鳥の笑顔は凍りつく。

「だって……」

「だって、じゃねェ。あの状況で俺が戻って来る保証があったか?
あんなリスク犯すくらいならとっとと頭でもなんでも下げて撤退すりゃよかったんだ」

「リーダー」

 たまりかねたように万楼が口を開いた。

「玄鳥、本当に頑張ってたんだよ。リーダーのこと信じて……必死に、リーダーの穴を埋めようとしてくれたんだ」

「……それが気に入らねェって言ってんだよ」

 紅朱は、数分前までとはまるで別人のような厳しい目付きで玄鳥を睨んだ。

「弟のくせに生意気なんだよ、お前。俺の穴を埋めようなんて、何様のつもりだ」

 玄鳥はその視線を受け止めて、静かに……本当に静かに、紅朱を睨み返した。

「……あんたこそ何様だよ」

 本当に玄鳥が発しているのかと疑ってしまうほど、低く重い、怒りに震える声音。

「……あんたはいつもそうだ。昔から、ずっと……」

「……玄鳥様っ」

 思わず制止しようとした日向子の肩を誰かが掴んだ。

 有砂だった。

 戸惑う日向子をよそに玄鳥は更に怒りの言葉をつむぐ。

「……いくら兄貴だからって、なんでも『弟のクセに』で片付けられたんじゃたまらないよ」

 怒りに身体を震わせたまま、玄鳥はすたすたと楽屋を出て行ってしまった。

 紅朱はそれを目で追い、苛立った様子で舌打ちする。

「今の、絶対リーダーが悪いからね」

 万楼は一瞬紅朱をあまり迫力のない目で睨んで、ぷいっとそっぽを向いて楽屋を出て行った。

「紅朱さぁ……マジで、変だよ。あんな言い方しちゃまず……うげ」

 言いにくそうにしどろもどろ話し掛けようとした蝉の衣装の首ねっこを、ぎゅっと有砂が引っ張る。

「……出るんや、アホ」

 蝉を強制連行して有砂が出て行ってしまうと、そこにはもう日向子と紅朱しかいなくなってしまった。

「紅朱様……」

 うつ向いている紅朱の顔は、赤い髪に隠されて見えない。

「……お前も俺のほうが間違ってると思ってんだろ?」

「……紅朱様も、紅朱様が間違っていると思っていらっしゃるのでは?」

「……間違ってるかどうかなんて関係ねェ……」

「紅朱様が『兄』で、玄鳥様が『弟』だから……?」
「そうだ」

「わたくしにはわかりません……何故そこに固執なさるのか」

 しばしの沈黙の後、紅朱はゆっくりと口を開いた。

「そうしてないと、不安なんだろうな……俺は」

 握り締めた拳は震えている。

「……俺は、綾の本当の兄貴じゃねェから」









《つづく》
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