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麻咲による乙女ゲー風(?)オリジナル小説ブログ

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「君のお父上……秀人くんには大きな借りがある」

 高槻が言った。

「彼がそう望むならば、娘を沢城家に嫁がせることに異存はない」

 誰もが耳を疑う言葉だった。

「……父に、借り……ですか?」

 さしもの有砂も驚きを露にしている。
 どうやら秀人は日向子の母、水無子と面識があった(本人曰く元カレ)らしいということは知っていたが、高槻とも関係していたとは思っていなかった。
 それは日向子も同じだった。

「……お父様……お話を、詳しくお聞かせ頂けませんこと?」








《第9章 嘘つきな彼等 -play-》【3】











 高槻の語る因縁は、日向子が誕生する以前にまで遡るものだった。

 看護婦だった水無子を見そめて婚約した高槻だったが、周囲の水無子に対する風当たりは相当なものだったという。

 水無子は高槻に恥をかかせまいと努力してはいたが、生まれ育ちの違いによる偏見もあいまって、社交の場でも明らかに浮き上がってしまい、陰でこそこそとさげすまれ、嘲笑されているような状況だった。

 そんな折に、気鋭の若手デザイナーとして名を上げつつあった秀人との出会いがあったのだという。

 秀人は水無子の美しさを絶賛し、自ら水無子の装飾品やドレスのプロデュースを買って出た。

「……最初は他人の婚約者に下心を持って近付き、色目を使うけしからん輩と思ったものだが」

 高槻の言葉に、若者たちは皆内心「それは実際その通りだったに違いない」と思ったが、それを口に出来る空気ではなかった。

「秀人くんが、自身の新しいブランド名を水無子の名前から取って名付けたこともあり、周囲の評価は随分と暖かいものになっていった」

 沢城秀人のブランド……「SIXS(シックス)」。

 それは六月生まれであることに由来する「水無子」という名前から発想されたものだった。

 秀人の実子で、そのブランドとかつて専属モデル契約を結んでいた有砂でさえも知らなかった事実だった。

 「元カレ」は冗談にしても、実際水無子と秀人は因縁浅からぬ関係であったと知り、日向子も心底驚いていた。

 高槻はさらに続ける。

「しかし秀人くんとは十年以上前に絶縁状態となっていた。
ある出来事から、交流を続けると迷惑がかかるから、と向こうから連絡を絶ったためだ」

 ある出来事……恐らくは、沢城家の双子の悲劇のことだろう。

 マスコミにセンセーショナルに書き立てられる渦中の一家と懇意と知れれば巻き込まれかねない。

「私は当時も彼への借りを返すために尽力したいと考えていたが、協力出来たことといえば、彼の家族のために完全にマスコミをシャットダウンできる隠れ家を紹介したことくらいだ」

 漸と有砂は同時にはっとしていた。

 少し遅れて日向子も思いいたった。

「スノウ・ドーム……?」

 有砂をスノウ・ドームに入所させるよう手引きしたのは高槻だったのだ。

 少年たちの出会いはただの偶然ではなかった。














「よう。ご立派やな。見違えたで」

「……」

 夕刻、漸が一人になるのを見計らって、有砂はその背中に声をかけた。

 漸は自室のドアにかけた手を戻し、ゆっくりと振り返った。

「……何故、あんな嘘を?」

 睨むような眼差しで問う。

「……嘘?」

「お嬢様と、付き合っているなんて……」

「嘘やないで」

 有砂は薄く笑い、即座に切り返す。

「お嬢とはもう、随分深い仲やし」

「……まさか」

「証明をお望みなん?」

 チャリ、と軽く金属がこすれる音を立て、有砂はポケットから小さな鍵を引っ張り出した。

 鍵には、漸にも見覚えのある月の形をしたキーホルダーがついている。

 高山獅貴のファンクラブ限定ライブのグッズだと……聞かされている。

「それは……彼女の部屋の」

「合鍵。もうほとんど同棲みたいなもんやから」

 意表をつく小道具を提示されて、漸は思わずうろたえていた。

「っ……」

「そんなに驚くこともないやろう? お嬢かてガキと違うんやで……あいつ、脱がせてみたら案外ええ身体つきしとるしな」

「お前……!」

「別に、遊びで抱いてるわけちゃうんやからええやろ。親御さんにも結婚の了承得たしな」

 漸は一瞬沸騰しかけたある種の感情を必死に沈静化させようとするように唇を噛んだ。

「それなら……お前は、お前のしたいようにすればいい。
しかしどうする? いくら恩人の子だと言っても、先生はバンドマンとの結婚はお許しにはならない」

 言い放つ漸に、有砂はあっさりと答える。

「バンド……? もちろん、辞めるで」

「な……?」

「オレは釘宮家に婿入りして事業のいくつかを任せてもらうつもりや……お前が引き継ぐ筈のな。
バンドなんて続けるより、ずっと安定したええ暮らしが出来るやろうな」

「黙れ……っ」

 漸は、恐らく考えるよりも先に有砂の襟首に掴みかかっていた。
 掴みかかられた有砂は、苦痛に顔を歪めながらも余裕の笑みを絶やさない。

「……なんで怒るんや? ジブンかて目的のためにバンド捨てたんやろ?」

「っ」

 ひるんだ漸の手を掴んで、引き離す。

「この手はもうクラシック以外弾かへんのやろ? お嬢のためにハンドル握るこもない……」

 有砂の淡々とした言葉は、1つ1つ鋭い針となって漸に突き刺さる。

「……正直、このまんまひねり潰したいくらい腹立っとんねんで」

 漸は深く息を吐き出すと、突き刺さった針を振り払おうとするかのように、鼻先に笑みを浮かべる。

「……成程、そうやって動揺を誘う魂胆なわけか。
悪いけど、無駄だよ」

 冷たい声音で告げながら、有砂の手をふりほどく。

「お前が言う通り。おれは自分の目的のために何もかもを切り捨てた。
どうせならば釘宮家の全てを手に入れる……そのためにはお嬢様には他家に嫁いでもらうほうが都合がいい。
……お前がお嬢様とどんな関係でも別に構わない。
だけど、おれの邪魔はするな」

 鋭い視線を残して、漸は自室の中へと消えて行った。

 残された有砂はしばらく閉ざされたドアを見つめていたが、不意に、小さく笑った。

「……ホンマに、難儀な男や」










 ドアを背にした漸は立ち尽くしたまま、額に手を押し当て、うつ向いていた。

「……何もかも予定通りにはいかないもんだな」


 吐き捨てるように呟いて、フラフラと窓際の机に歩み寄る。

 書きかけの譜面が散らばった机の上には、シンプルな木製の写真立てで飾られたセピア色の写真がある。

 古い小さなピアノの前で撮った、父と慕う人との写真。

 ピアノという生き甲斐を与えてくれた人。

「だけど……ためらいなんて、もう許されない……」









 書架で半分隠れた窓から西日がさしこんでいる。

 日向子がこの釘宮家の一階奥の書庫に足を踏み入れるのは、学生時代以来だったが、常に整頓されて綺麗に埃を払われているのは相変わらずだ。

 探し物を見つけるのも簡単だった。

 表紙がビロードで飾られた古いアルバム。

 日向子がこの世に誕生する前の写真を集めたアルバムだ。

 在りし日の母・水無子、まだ今よりはずっと穏やかな雰囲気の高槻、フサフサした黒髪の小原。

 そして、有砂と見間違えてしまいそうな秀人の写真もそこにはあった。

 更には……伯爵・高山獅貴の姿を収めたものも。

 秀人が高山獅貴と同じデザインのコートを着ていたのは、両者の間に交流があった……あるいは現在進行形で交流があるという可能性を示唆している。

 世界は広いようで本当に狭いものなのだと、実感せざるをえない。

「それにしても……どうして有砂様はあのような……」

 嘘をついたのだろうか?

 後で理由を問いつめた日向子に、有砂は真面目な顔をして囁いた。

「悪いが、しばらく、オレの嘘に付き合うてくれ。……どう転んでもお嬢を不幸にはせんから」

 すぐには理由を話すつもりがないらしい。

 12月の夕暮れはあまりにも短く、気が付けば窓の外は漆黒の闇だった。

 時の流れが速い。

 一日があっという間に終わってしまう。

 流されるように。

 追い立てられるように。


 アルバムを元の場所にしまって書庫を出ると、微かだがピアノの音が聞こえてきた。

 屋敷の中で日向子以外にピアノを奏でる人間は二人しかいない。

 高槻は午後から出掛けたまままだ戻らない。ということは……。

「雪乃の部屋……」

 久々に聞く、彼の弾くピアノの音色。

 本当に久々の筈なのだが……何故か、あまりそんな気がしない。

 もっと最近、どこかでこの音を聞いた気がするのは何故だろうか。

 それにしても今日の旋律は、せつない響きだ。

 心の内側に何を秘めたらこんなふうにせつない音が鳴るのだろう。

 二度も冷たく日向子を突き放した人……それでも……。

 日向子は小走りで書庫の中に舞い戻った。

 暗い部屋に灯りをつけて、先程と同じ書架の前に立ち、年月日とシリアルナンバーのついた背表紙を人指し指でたどり、何冊かをまとめて引っ張り出す。

 それは、日向子が雪乃と呼んできた人物がこの屋敷に来てからの記録。

 写真好きだった水無子が亡くなってからはぐっと枚数が減ったが、かわって小原が折りを見て撮ってくれたものが残っている。

 幼い頃から、彼はあまり笑顔で写っていない。
 いかにもな作り笑いを除いては、いつもはりつめたような真面目な顔で写っている。

 あまりに無邪気だった少女時代の日向子にはわからなかったが、彼のような出自の人間が釘宮家の一員として生きるためには、大変な苦労があったのかもしれない。

 かつて蝉から「雪乃は保身のために日向子に取り入ろうとしたのかもしれない」と言われた時には怒って「そんなことはない」と否定した。

 だが実際は、そうだったのかもしれない。

 日向子の知らないところで彼は苦悩し、自分を偽り、戦ってきたのかもしれない。

「わたくしは……雪乃のこと、本当は何も……何も、わかっていないのかもしれない……」

 こわばった顔の彼の横で、日向子はリラックスしきった眩しい笑顔や、少し甘えたような幼い顔、時には泣き顔や寝顔……さらけ出して写っている。

 だが「雪乃」という少年の素顔を、日向子は知らない気がした。

「……家族ごっこ……だったのかもしれない」


 けれどそれでも、長方形に区切られて並んだ思い出の数々は、愛しく、尊い。その「家族ごっこ」は日向子にはかけがえのない日々だった。

 秀人の別段善意ではなかったのだろうちょっとした気まぐれに、高槻が深く感謝しているように……相手の気持ちがどこか別にあっても、それで救われる人がいる。

 本当に大切なのは自分が相手をどう思っているか……かつて蝉から教わった大切なことをもう一度思い出す。

 日向子はぎゅっとアルバムを抱き締めて、目を閉じた。













「雪乃」

 絶えず鍵盤の奏でる音が漏れ聞こえる部屋のドアをノックした。

 ピアノの音が、止まる。

「……部屋から出て来なくてもいいから。聞いていて」

 少しだけ声をはって、ドアの向こうにしっかり届くように、日向子は言った。

「ごめんなさい」

 あふれる感情で声が震えないように、必死に堪える。

「ずっとずっと、家族ごっこしてしまってごめんなさい。
もう遅いかもしれないけれど、わたくしは……あなたと本当の家族になりたいです。
それが叶わないとしても」

 拒絶されてもいい。

 ただ伝えよう。

 伝えなければきっと後悔する。


「ずっと側にいてくれて、ありがとう。
幾つもの思い出の中にあなたがいてくれることが、わたくしの幸いです」


















 沈黙した白と黒の世界へ音もなく雫が落ちる。

「ねえ……なんで……キミは……おれを楽にしてくれないの……?」











《つづく》
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